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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第42話 早苗の記憶
しおりを挟む少年時代の元木は、早苗と同じ塾に通っていた。もう、十年以上も前のことである。
「その汚らしい“モノ"をしまいたまえ……」
ガキ大将の露出した下半身を見て、嘲笑いながら元木少年は言った。余裕ある態度である。
「元木、てめぇ……」
ズボンを履きながら、ガキ大将は凄んだ。続けて……
「優等生ってヤツは、どいつもこいつもヘドが出るぜ」
と言った。少年時代の元木は塾でトップの成績を誇っていた。早苗より上である。
「僕には勝てないよ」
と、元木少年。キザな雰囲気は、今と変わらない。
「言ってくれるじゃねぇか……」
ぺっ、と唾を吐き、ガキ大将が言った。互いの距離は四、五歩分ほど。簡単に縮まる。
元木は子供のころから、ひょろリと背が高かった。だが、ガキ大将のほうは上背にプラスして横幅がある。喧嘩無敗の戦績は、この体格が作り出したものと言って良い。現在、小学生であるが、中学生に見えるくらいである。
ガキ大将のほうから仕掛けた。両手を広げて飛びかかったのである。テレビで良く見る覆面プロレスラーを真似たフライングボディアタックだ。巨体を活かした重量級の攻撃は、大半の相手を地面に沈められる。そこからマウントポジションをとり、ボコボコにするのが、彼の常套手段なのだ。
“どんっ……!"
鈍い音がした。なぜか、仕掛けたガキ大将のほうが吹っ飛んだ。
「てめぇ……」
起き上がったガキ大将はもう一度、同じ攻撃を繰り出した。
“どんっ……!"
結果は同じ。彼は、またも吹っ飛んだ。
「どんな“手品"を使いやがった?」
擦りむいた肘を気にしながら、ガキ大将は立ち上がり言った。攻撃が当たる直前、元木の体の前に“光の壁"があらわれたのである。それに吹き飛ばされたのだ。
「うおおおおおおおおおッ!」
雄叫びをあげながら、ガキ大将は元木の顔面にパンチを繰り出した。今まで、何人もの敵を仕留めてきた必殺の鉄拳が空気を切り裂き、唸る。危うし、元木少年。
「ぎゃああああああああッ!」
だが、悲鳴をあげたのはガキ大将のほうだった。元木が発生させた光の壁を思いっきり殴ったのである。どうやら、子供のころから障壁を展開するB型の超常能力に目覚めていたようだ。
痛みに拳をおさえ、うずくまるガキ大将の顔に元木は蹴りを入れた。巨体は簡単にダウンした。
「おい……」
そして、元木はガキ大将の髪をひっつかみ、こう言った。
「もし、“このこと"をバラしたら……殺すよ?」
と。
「ひ、ひいいぃー、わ、わかりました」
泣きながらガキ大将は言った。
「じゃあ、さっさと帰って勉強したまえ」
元木が手を離すと、ガキ大将は猛ダッシュで逃げ出した。この“約束"は果たされた。報復を怖れた彼は元木の能力を口外しなかったのである。もし、誰かに話していたら、超常能力開発機構からスカウトされていた可能性が高い。そうしたら、元木には、もっと違った人生があったはずである。
「大丈夫かい?」
ふたりだけが残された工場内に元木少年の声が響く。服を手渡した。
「あ、ありがとう」
受け取った早苗は素早くそれを着た。
「君は、同じ塾の友村早苗さんだね」
「あたしを知っているの?」
「“ライバル"だからね。これからも切磋琢磨していこう」
元木少年は笑顔で言った。生前の早苗もまた、この日の出来事を語ることはなかった。
早苗の話を、久美子は黙って聞いていた。いや、元々が無口な女ではある。
「彼は、あたしのすべて……レイプされそうになったとき、助けてくれたんだもの……」
少し遠い目をしているようにも見える。実際に遠い昔のことを思い出しているのかもしれない。
「本当は“同級生"だったのよ……でも、そのあとすぐ、あたしは死んじゃったから、こんな姿のまま……元木先生は素敵な大人になったわね」
「素敵?女たちを騙して、金をせびるような男がか?」
久美子は言った。早苗の昔話から察するに、同じ異能力を持つバロンが元木であることは間違いないだろう。そしてヤツは、違法薬物ストロング・エンジェルの売人でもある。
「あなたは、“本当の彼"を知らないのよ……」
と、早苗。本当の彼とは?やはり、助けられたことへの恩義は相当、強いものなのかもしれない。そして、そのとき感じた恋心もまた……
猫にそっくりな少女退魔士、向遥が調達した資料によると早苗は五年生のとき交通事故で死んだとあった。その時点での年齢のまま、幽霊となったのだろう。二度と年を重ねることはないということである。
「元木に、味方するか?」
久美子は訊ねた。
「そうね……あなたが彼に敵対するのならば、そうなるわね。あたしには、あなたに勝てるほどの力はないけれど、例え刺し違えてでも……」
早苗は答えた。もし、彼女がバロンに取り憑いているのなら、既に二度、戦っていることになる。一度目は神霊ジャーナリスト、花ノ宮奈津子を助けたとき。二度目は、ホステス、富井高子との薬物取引現場をおさえたときだ。
「あなたは、只者ではないようね。発する“気"が常人とは異なるわ。正の方向へ強く向いている」
と言う早苗の感覚は正しい。久美子のような加算性気質者、つまり宗教的能力者とは、そういう存在である。正の力を放出することで人外に対抗するのが退魔士なのだ。
目の前の少女が幽霊の正体と判明した以上、バーニング・ゼミナールでの調査活動は佳境を迎えたと言って良い。あとは、バロンに加担せぬよう説得することが久美子の仕事である。ストロング・エンジェルの密売人であるヤツを追う仕事は、違法薬物取引掃討班の役目だ。
「じゃあ、あたし、そろそろ行きますね」
早苗は歩きだした。
「早苗君……」
久美子は声をかけた。
「バロン……いや、元木への加勢をやめたまえ。さもなくば、私と君は、また戦うことになる」
その台詞を聞き、早苗は振り向いた。そして、きょとん、とした顔で、こう答えたのである。
「なんのこと?あたしは、あなたと戦ったことなんてないわよ」
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