“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第43話 宣戦布告

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「なんのこと?あたしは、あなたと戦ったことなんてないわよ」 


 と、早苗。首をひねっている。 


「とぼけるのか?」 


 とは、久美子。その目つきは鋭く、そして美しい。 


「とぼけちゃいないわよ。あなたのような“常人離れ"した気の持ち主と戦うような力は、あたしにはないわ。もちろん、“そういうタイプ"の幽霊もいるとは聞いてるけど、あたしは違うわ」 


 どこで聞いたのだろうか?などと久美子は思ってしまった。やはり、“霊界"か。あちらにも、こちらと同じような世界が広がっていると思うとおかしいが、笑える状況ではない。いや、滅多に笑うことなどない女である。 


 だが、冷静に考えてみれば、嘘をつく理由などない。元木と敵対する久美子に対し、早苗は、さきほど宣戦を布告した。 


 “そうね……あなたが彼に敵対するのならば、そうなるわね。あたしには、あなたに勝てるほどの力はないけれど、例え刺し違えてでも……" 


 そんなことを言っていた彼女に、とぼける必要性などあるだろうか? 


 ちょうど、ふたりが立つ側面から音が鳴り、“なにか"がやって来た。久美子は早苗を抱きかかえ、そのまま飛んだ。 


 ばしゃっ、という音とともに、地面に穴をあけたものは“水"だった。手加減された水圧で放たれたらしく、先日ほどの威力は見られない。ならば、威嚇か? 


『みごとね……』 


 声がした。ふたりの視線の先にいるのは、あの日、久美子と戦った幽霊だった。顔を隠すほどに長い髪。ちいさな身体にプリント柄の子供服を着け、その周囲がぼんやりと発光している。早苗同様に足がある。ジーンズにスニーカー履きだ。なんと、幽霊は“二人"いたのだ。早苗は嘘をついてなどいなかった。 


 愛刀、花切丸を持たない久美子は首にぶら下げている十字架に左手を当てた。宗教的能力者たちが正の気をこめたそれは、持つ者の意思ひとつで“返り魔"の力を発揮する。目の前の敵が負の気におかされた人外の存在ならば、攻撃することも可能だ。距離は、およそ十五歩分。射程圏内である。 


『バロンから、手をひいてちょうだい』 


 と、幽霊が言った。やはり、関係があるようだ。久美子の勘は当たりだった。 


「目的は?」 


 普段、滅多に開かない唇から発せられる声は高く、そして、澄んでいる。久美子は訊いた。 


 幽霊は、人差し指をこちらに向けた。その周囲が渦を巻き、次の瞬間、発生した水が光線の如く飛んだ。 


 久美子の美しいロングヘアが数本なびき、切れて散った。彼女の背後にある桜の木に当たった水が飛沫く。美しい退魔士は、微動だにしなかった。 


『いい目をしてるのね』 


 手を下げて、幽霊は言った。命中させる気はなかったようだ。そして、久美子にも見えてはいた。ただし、次はわからない。 


『あのとき、言ったわよね?再戦の機会があるかもって……』 


 神霊ジャーナリスト、花ノ宮奈津子の助けに入ったときのことである。 


『バロンを追うのならば、そうなるわ』 


 幽霊は語る。それは逃れられぬ運命か。


「私が追っているのは、バロンではなく君だ」 


 答える久美子。人外の存在が“こちら側"に現れるとき、目的を持っていることがある。今後、戦うことになるのかどうかは、その内容による。 


「私と戦ったとき、バロンは今の君の力と同じものを使った。奴に取り憑いているのか?」 


 それは薬物取引現場でバロンと交戦したときのことだ。薩国警備……超常能力実行局の倉敏子によると、その二つ目の異能力は超常能力とは異なるものだという。ならば、取り憑いている可能性が考えられる。 


『こちらの手の内をあかすとおもうの?』 


 幽霊が言った。その声は、やはり子供のものである。たしかに、“彼女"が真相を語る必要などない。お互い、敵同士だ。 


『やはり、戦うことになるようね……』 


 まさに宣戦布告。発光している身体が徐々に空間に溶け込んでいく。幽霊は、その中に消えてゆく。


『避けられないとは、思っていたけどね……』 


 と、言い残して。久美子と早苗だけが、この場に残された。 


「今の子……」 


 早苗が言った。 


「なにか、“良からぬもの"を溜めこんでいるわ……」 


 それが何なのか?久美子には、つきとめる義務がある。幽霊調査こそが、彼女の目的だった。 










 バーニング・ゼミナールの事務員、裏山松子は一人暮らしである。一介の学習塾従業員にしては良い部屋を借りており、中はきちんと片付いている。独身生活が長い彼女だが、ここに住み始めて、まだ日は浅い。最近、引っ越してきたばかりであった。 


 居間と分けられた寝室のベッドの中にいる松子は裸であった。眠っているわけではなく、意識はある。ただ、横になっているだけだった。しばしの休息である。時刻は深夜一時半。バーニング・ゼミナールの従業員は昼から出社なので、まだ寝る時間ではない。平日でも夜更かしをするものだ。 


 寝室の扉が開いた。腰にバスタオル一枚を巻き、現れたのはハンサム講師、元木憲剛である。細身の長身だが筋肉質であり、引き締まった体をしている。 


「先に浴びさせてもらいましたよ」 


 元木が言った。情事のあとのセリフだった。頷く松子。ふたりは肉体関係の仲だった。 










 三十代の松子は元木よりも随分、年上である。見た目は地味な感じであり、特に人目をひくようなタイプではない。女性の選択肢に恵まれていそうな元木との仲が続いている理由は、彼女の身体にあった。いろんな意味で、“良い"のである。 


 初めて松子を抱いたとき、服を脱がした元木は内心で感動した。平凡でダサいベージュのブラジャーの中に意外なほど肉感的で見事な胸が詰まっていたのだ。決して色白なほうではないが、そんな欠点を忘れさせてくれるほどに形と大きさが良かった。彼は夢中になり、むしゃぶりついた。それほどの逸品だったのだ。 


 年上と付き合うのは初めてではなかった。だが、その“良さ"を改めて知った。適度に脂がのり、歳相応にだらしないユルさを持つその身体には新鮮な果実ではなく、濃いチーズのような味わいがある。溺れるほど癖になったのだ。


 女として円熟期を迎えつつある松子も若い元木に対し、懸命な“奉仕"で応えた。口も手も、そして豊満な胸も、年下の男を喜ばせるために駆使したのである。舐めて擦って、挟んでやった。逃さないために執念がこもった三十路女の性技を惜しむことなく繰り出したのだ。


 絶倫の元木は一度ベッドを共にすると、必ず二度、三度、それ以上と求めた。松子のほうも、生まれつき性的体力に恵まれていたようで、苦にはならなかった。要求されればいつでも、そして、いつまでも身体を提供した。


 “元木君、聞いて。聞いて頂戴……"


 ある日、元木の全身をねっとりと舐めながら、松子は言った。


 “なんです……?"


 いやらしい舌での愛撫を受けながら、元木は訊いた。そそり立つ男性器は松子の粘っこい唾液にまみれ、光っていた。


 “避妊、しなくてもいいわ"


 “なんで?"


 “わたし、妊娠なんてしないのよ……"


 それを聞き、元木は狂喜した。なんのためらいもなく、中に出せるからだ。










「松子さんは、浴びないんですか?」


 バスタオル一枚の元木は横たわる松子の前に立ち、訊いた。


「ええ、少ししたら、浴びるわ」


 と、松子。


「そうですか」


 元木はそう言い、ベッドに腰掛けた。体からシャワーの匂いが発散している。そして、彼はこう続けた。


「例の“計画"、いよいよ実行の時が来ましたね」
 
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