126 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第45話 “人"としての希望
しおりを挟むいつの間にそこにいたのか?久美子は気付かなかった。気配を感じさせない早苗。さすが“幽霊"といったところか。
「随分と、妙な空気ねぇ……」
と、早苗。
「感じるのか?」
久美子は訊いた。
「まぁ、人間じゃなくなったころから、そういう“敏感さ"は身に付いたわ」
と、語る早苗が笑った。既に“死人"である彼女。それでも勤勉さは失っていないようだ。ここで真面目に勉強をする姿を見ればわかる。
「なぜ幽霊になった今でも、勉学に励むのだ?」
久美子は訊いた。それは疑問に思っていたことである。
「しなきゃいけないことだからするのよ。子供は勉強こそが本分なのよ」
早苗は答えた。
“生きてもいないくせに"
などと久美子は言わない。人間だったころの習慣や考え方というものは死後も変わらないものなのかもしれない。幽霊が住まう世界に教養が必要か否かは知らないが、生前と同じような行動をとる姿を想像すると、少し面白いものではある。
「君はなぜ、総理大臣になりたいのだ?」
久美子の質問は続く。その台詞は過去形ではない。今となっては、決して叶わぬ夢であっても……
「前にも言ったでしょ?この腐った世の中を正すためよ」
と、早苗。
「あたしが生きていたころのお母さんは苦労したわ。お父さんが早くに死んだから、あたしを育てるため、いくつも仕事を掛け持ちして、朝から晩まで働いて……」
「それが理由か?」
「そうよ。手当てを貰っても苦しかったことに変わりはないわ。払うべき税金も医療費だってかかるもの。でもね、お金のことだけじゃないのよ」
早苗は一瞬、天井を見上げた。ひょっとしたら、涙を堪えているのかもしれない。
「同級生たちはみんな、よそよそしくなったわ。“あの子と遊んじゃいけません"って親に言われたのよ。お母さん、いつも夜、遅かったから……」
水商売と間違われたのか、と久美子は思った。不憫な目に遭ってきたことは事実のようだ。早苗にかける慰めの言葉など思いつくような女ではない。だから、黙って聞いていた。
「お母さんとあたしを置いて逝ってしまったお父さんのことは恨んだわ。でも、お母さんは今でも友村姓を名乗っているのね。再婚でもしたらいいのに、なぜかしら……」
“まだ、愛しているのではないか?"
久美子は、そう考えた。だが、口に出すような女でもない。
幽霊となった今でも、早苗は父親には会えていないのだろうか?久美子は、いろいろと想像してみた。誰しもが幽霊になれるわけではないのかもしれない。人間として生まれ変わる者もいるのかもしれない。人外の存在に脅かされているこの世の中であっても、死んだ人間がゆきつく先など誰も知らない。死人に口などないからだ。
「寂しい思いをしたわ。お母さんと何度も喧嘩した。でも、今は育ててくれたことに感謝しているし、先に死んでしまって申し訳ないとも思っているわ……」
語る早苗の目は赤かった。
「だから、あたしは総理大臣になって、母子家庭が住みやすい法律を作るわ。そう、思ったのよ」
もはや実現できぬ夢であることは、わかっているはずである。それでも、なぜか、そのために勉強は続けている。人であったころの希望は、人でなくなったあとも変わらず持ち続けるものなのかもしれない。良く言えばロマンティックであり、悪く言えばどうしようもない。久美子は、そう思った。
結局、早苗自身、叶わない夢であることはわかっているのだろう。だが、それでも、かつての自分を捨てられないのだ。久美子の考えは、最終的にその結論で落ち着いた。否定することは出来ないし、否定する資格もない。そもそも、悪いことだとは決めつけられない。
「ところで、隼人くんって何者?彼も、あなたと同じで“気の力"が常人をはるかに上回っているわ。いや、正確に言えば、あなたとは違う性質のようだけど?」
早苗が訊いてきた。宗教的能力者と超常能力者、共に“気"を駆使する異能者ではあるが、彼女が言うとおり異能学上の性質は異なる。発現する効果自体が全く違う。
教室のドアが開いた。中から隼人が出てきた。
「いやー、なんか空気重いから出てきちゃったよ」
ポリポリと頭をかきながら彼は言った。
「あれ!早苗ちゃん、目が赤いよ。勉強のしすぎで寝不足なんじゃない?」
「まったく……」
早苗は鼻をすすり、溜息をついた。
「掲示版、見たでしょ?テストがあるのよ。呑気にかまえている場合じゃないわ」
「まいったなぁ、抜き打ちテストなんて絶対ヒキョーだよね」
「抜き打ちだからこそ、普段の勉強の成果が試されるわ」
「うーん、たしかに」
ふたりの子供のやりとりを久美子は黙って聞いていた。何事もおきなければ微笑ましい光景だが、何事かがおきそうな気配なのが現実である。
「まぁ、あたしは日頃から勉強しているから大丈夫だけど、あなたはどうなの、隼人くん?」
と、早苗。目がつりあがっている。
「フッ、フッフッフ……」
対する隼人は、不敵に笑った。彼はジャンパーのポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「こないだ、“学校"で行われたテストの結果だよ」
隼人が言う“学校"とは、奈美坂精神病院のことであろう。当然のことだが、身分は隠しているようだ。久美子は、横から覗きこんだ。算数の答案だった。
(ほう……!)
そして、まあまあ感心した。隼人にしては良い点数である。
「早苗ちゃんの指導のおかげだよ、感謝感謝」
得意満面。隼人が言った。
「どれ、見せてみなさい」
早苗は答案を受け取り、見た。そして、くるくるとそれを丸めた。
“ぱこん……!"
「いてっ」
「まだまだね」
「き、厳しいなぁ……」
「この程度の問題で、この点数では無条件に褒めることは出来ないわ」
そう言いながらも、早苗は隼人の柔らかい髪を撫でた。
「でも、努力は認めるわ。頑張りなさい」
「うん……」
隼人は少し顔を赤くして喜んだ。背丈は早苗のほうがやや高い。
「さぁ、重い空気なんかに負けず、勉強勉強」
早苗は隼人の細い手を引っ張った。
「わ、待って待って、コケるよ」
「ほら、さっさと行くわよ」
教室に入ろうと歩きだしたふたりを見て、久美子は思った。早苗が幽霊でなければ、とても良い友人関係だったにちがいない、と……
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
合成師
あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる