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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第47話 元木という男
しおりを挟む「おう、おまえら、元気か?」
元木が言った。普段、バーニング・ゼミナールで見せるキザな笑顔ではない。優しい表情である。どちらの顔も端正なものだが、こちらのほうが人には好かれそうである。
「つか、遊んでばっかいないで、勉強しろ、勉強」
と、彼は言った。
「ちゃんと勉強もしてるよ。一日三時間は机に向かってらぁ」
孤児たちを代表し、坊主頭の男の子が答えた。
「そうか、そりゃあいいこった。勉強しねぇと、俺みたいな立派な大人になれんからな」
「ところで元木兄ちゃん、その中身は何?」
元木が両手にさげている買い物袋を指さしながら、野球帽を被った男の子が訊いた。
「お菓子だよ」
「なんだ、おもちゃじゃないのか」
「俺の安月給じゃ、超合金やゲームは買ってやれないんだよ。つか、勉強の邪魔だろ?」
「ちぇっ、しけてんなぁ」
と、言いながらも男の子たちは元木から袋をひったくり、建物の中へと走っていった。
「元木兄ちゃん……」
ひとり残った可愛い女の子が恥ずかしそうに言った。もじもじしている。
「どうした?」
「これ……」
彼女は元木に一枚の紙切れを手渡した。
「おっ、百点の答案か!やったじゃねぇか」
「うん……」
元木はご褒美に、リボンがついた女の子の頭を撫でてやった。女たちを騙し、金を巻きあげていた男の姿にはとても見えない。気さくな好青年といった風だ。
「えへへ……」
褒められた女の子は嬉しそうである。照れているのだろう。少し顔が赤い。
「その調子で頑張れよ」
優しそうな笑顔で元木が言った。次に、建物から初老の男が出て来た。
「憲剛君……」
声をかけてきた。その男は浅黒く日焼けしており、よれよれの長袖ポロシャツとスラックスを身に着けていた。やさしさハウスの施設長、中村である。
「園長先生、ご無沙汰してます」
元木は姿勢をただし、深々と頭を下げた。
宇宿町は、鹿児島市の郊外である。住宅が多く、近年は大型の店舗も建ち並ぶようになったが、やさしさハウスがある山手のほうは、のどかなままだった。このあたりはバスも車も通るが、家はまばらである。
その、やさしさハウスは、この地に建って数十年が経つ。何もかもが古ぼけたボロい施設であり、それは元木が子供のころから変わらない。幼少期の彼はここで育った。
二十数年前の早朝、門の前で中村はベビー籠に入れられ、置き去りにされた赤ん坊を発見した。身勝手な親でも愛情はあったのだろう。何重にも敷かれた毛布の中にくるまれたその赤ん坊こそが、この世に生を受けたばかりの元木だった。彼もまた、孤児だったのだ。
「園長先生、これを……」
庭がよく見える事務室には、二杯分のインスタントコーヒーの香りが漂っている。元木は、テーブルの上に分厚い封筒を差し出した。中身は金である。
「いつも、すまない……すまないね……」
中村は申し訳なさそうに言った。次に
「だが、無理をしているのではないかね?」
と、続けた。
「たいした額ではありませんので……」
元木は、コーヒーをひと口すすり、そう答えた。彼は小学生のころ、里子に出され、のちに養子となった。が、養父母から無心したものではない。女たちから巻きあげた金と、違法薬物ストロング・エンジェルの密売で得た収入である。
「僕が今、生きていられるのは園長先生が拾ってくれたおかげです」
という元木のセリフは本音だった。恩に着せようなどという気はない。
「しかし、塾の先生なんて、そんなに儲からないのだろう?」
と、中村。
「知らないんですか?世の中、受験ブームですよ。出来高プラスで、わりとリッチな生活です」
とは、元木。これは半分、嘘である。講師業で得られる給料は低いものではないが、“リッチ"というほどでもない。
「だから、遠慮なく使ってください」
元木は言った。
やさしさハウスの経営は、見た目通り苦しい。国からの援助が出てはいるが、それでも立ち行かないのが現実である。最近は、大型で清潔なマンションのような養護施設が、あちこちに建てられ、余計に人気がなくなった。従業員を雇う余裕もなく、中村は妻と二人できりもりしていた。365日、休みはない状況だ。
その上、設備が老朽化していることが問題となっていた。安全性の観点から、養護施設の認可が取り消された場合、中村夫妻も、そして子供たちも、路頭に迷うことになる。行政の立ち入り監査は既に数度、行なわれ、指摘を受けている。このままでは、やさしさハウスの存続自体が見込まれない。
元木は、ここを援助するため金を稼いでいた、というわけである。女たちに貢がせ、廃人を生み出す薬物を売りさばきながら。実の親に捨てられた彼にとっては、このやさしさハウスこそが“生家"であり、故郷だった。行動が不当であっても、理由が正当ならば許されるのか?勿論、敵対している久美子は、そんな風には思わないだろう。だが、少しは見る目が変わるものだろうか?
「まぁ、改装費用には遠く及びませんが……」
サラサラヘアーをかきながら元木。今日、彼が持って来た金で、当分はしのげるはずである。
「すまない……」
中村は深々と頭を下げた。たまにしか会わなくなったせいか、物心ついた頃からの仲である元木の目には随分、年をとったように映る。禿げてはいないが、白髪だらけである。
「母ちゃん先生は?」
元木は話題を変えた。中村の妻のことである。
「今日は、“遅番"だよ。憲剛君が来ると知っていたら、喜んだだろうに……」
と、中村。休みがとれない状況であるため、シフトの調整で勤務時間と体調を管理していた。これが春休みに入ると、子供たちが一日中いることになるので余計に忙しくなる。たまに自分の息子や娘が手伝いに来てくれるが、給料が払えないため、ボランティア状態である。
「ところで、園長先生……」
元木は、今日の“本題"を切り出した。
「僕、塾を辞めようかと思っているんです……」
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