“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
128 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第47話 元木という男

しおりを挟む
 

「おう、おまえら、元気か?」


 元木が言った。普段、バーニング・ゼミナールで見せるキザな笑顔ではない。優しい表情である。どちらの顔も端正なものだが、こちらのほうが人には好かれそうである。


「つか、遊んでばっかいないで、勉強しろ、勉強」


 と、彼は言った。


「ちゃんと勉強もしてるよ。一日三時間は机に向かってらぁ」


 孤児たちを代表し、坊主頭の男の子が答えた。 


「そうか、そりゃあいいこった。勉強しねぇと、俺みたいな立派な大人になれんからな」 

「ところで元木兄ちゃん、その中身は何?」 


 元木が両手にさげている買い物袋を指さしながら、野球帽を被った男の子が訊いた。 


「お菓子だよ」 

「なんだ、おもちゃじゃないのか」 

「俺の安月給じゃ、超合金やゲームは買ってやれないんだよ。つか、勉強の邪魔だろ?」 

「ちぇっ、しけてんなぁ」 


 と、言いながらも男の子たちは元木から袋をひったくり、建物の中へと走っていった。 


「元木兄ちゃん……」 


 ひとり残った可愛い女の子が恥ずかしそうに言った。もじもじしている。 


「どうした?」 

「これ……」 


 彼女は元木に一枚の紙切れを手渡した。 


「おっ、百点の答案か!やったじゃねぇか」 

「うん……」 


 元木はご褒美に、リボンがついた女の子の頭を撫でてやった。女たちを騙し、金を巻きあげていた男の姿にはとても見えない。気さくな好青年といった風だ。 


「えへへ……」 


 褒められた女の子は嬉しそうである。照れているのだろう。少し顔が赤い。 


「その調子で頑張れよ」 


 優しそうな笑顔で元木が言った。次に、建物から初老の男が出て来た。 


「憲剛君……」 


 声をかけてきた。その男は浅黒く日焼けしており、よれよれの長袖ポロシャツとスラックスを身に着けていた。やさしさハウスの施設長、中村なかむらである。 


「園長先生、ご無沙汰してます」 


 元木は姿勢をただし、深々と頭を下げた。 










 宇宿町は、鹿児島市の郊外である。住宅が多く、近年は大型の店舗も建ち並ぶようになったが、やさしさハウスがある山手のほうは、のどかなままだった。このあたりはバスも車も通るが、家はまばらである。 


 その、やさしさハウスは、この地に建って数十年が経つ。何もかもが古ぼけたボロい施設であり、それは元木が子供のころから変わらない。幼少期の彼はここで育った。 


 二十数年前の早朝、門の前で中村はベビー籠に入れられ、置き去りにされた赤ん坊を発見した。身勝手な親でも愛情はあったのだろう。何重にも敷かれた毛布の中にくるまれたその赤ん坊こそが、この世に生を受けたばかりの元木だった。彼もまた、孤児だったのだ。 


「園長先生、これを……」 


 庭がよく見える事務室には、二杯分のインスタントコーヒーの香りが漂っている。元木は、テーブルの上に分厚い封筒を差し出した。中身は金である。 


「いつも、すまない……すまないね……」 


 中村は申し訳なさそうに言った。次に 


「だが、無理をしているのではないかね?」 


 と、続けた。 


「たいした額ではありませんので……」 


 元木は、コーヒーをひと口すすり、そう答えた。彼は小学生のころ、里子に出され、のちに養子となった。が、養父母から無心したものではない。女たちから巻きあげた金と、違法薬物ストロング・エンジェルの密売で得た収入である。 


「僕が今、生きていられるのは園長先生が拾ってくれたおかげです」 


 という元木のセリフは本音だった。恩に着せようなどという気はない。 


「しかし、塾の先生なんて、そんなに儲からないのだろう?」 


 と、中村。 


「知らないんですか?世の中、受験ブームですよ。出来高プラスで、わりとリッチな生活です」 


 とは、元木。これは半分、嘘である。講師業で得られる給料は低いものではないが、“リッチ"というほどでもない。 


「だから、遠慮なく使ってください」 


 元木は言った。 


 やさしさハウスの経営は、見た目通り苦しい。国からの援助が出てはいるが、それでも立ち行かないのが現実である。最近は、大型で清潔なマンションのような養護施設が、あちこちに建てられ、余計に人気がなくなった。従業員を雇う余裕もなく、中村は妻と二人できりもりしていた。365日、休みはない状況だ。 


 その上、設備が老朽化していることが問題となっていた。安全性の観点から、養護施設の認可が取り消された場合、中村夫妻も、そして子供たちも、路頭に迷うことになる。行政の立ち入り監査は既に数度、行なわれ、指摘を受けている。このままでは、やさしさハウスの存続自体が見込まれない。


 元木は、ここを援助するため金を稼いでいた、というわけである。女たちに貢がせ、廃人を生み出す薬物を売りさばきながら。実の親に捨てられた彼にとっては、このやさしさハウスこそが“生家"であり、故郷だった。行動が不当であっても、理由が正当ならば許されるのか?勿論、敵対している久美子は、そんな風には思わないだろう。だが、少しは見る目が変わるものだろうか?


「まぁ、改装費用には遠く及びませんが……」


 サラサラヘアーをかきながら元木。今日、彼が持って来た金で、当分はしのげるはずである。


「すまない……」


 中村は深々と頭を下げた。たまにしか会わなくなったせいか、物心ついた頃からの仲である元木の目には随分、年をとったように映る。禿げてはいないが、白髪だらけである。


「母ちゃん先生は?」


 元木は話題を変えた。中村の妻のことである。


「今日は、“遅番"だよ。憲剛君が来ると知っていたら、喜んだだろうに……」


 と、中村。休みがとれない状況であるため、シフトの調整で勤務時間と体調を管理していた。これが春休みに入ると、子供たちが一日中いることになるので余計に忙しくなる。たまに自分の息子や娘が手伝いに来てくれるが、給料が払えないため、ボランティア状態である。


「ところで、園長先生……」


 元木は、今日の“本題"を切り出した。


「僕、塾を辞めようかと思っているんです……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...