“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
136 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第55話 一対二

しおりを挟む
 
 幽霊の指先から“水"が放たれた。このとき、久美子の意識がバロンにのみ向いていたなら、命中していただろう。彼女もまた、身を低くしてかわし、そのまま左手の鞘を振った。 


「かわしたか……」 


 と、バロン。右手の大ナイフで、攻撃を受け止め、言った。今、互いに片膝をついた状態で、鍔迫りあったまま静止している。続けて久美子は右手の雷光を突き入れたが、バロンは飛び退いた。距離が離れる。久美子も敵に正面を向けたまま後退した。 


 再度、幽霊の手から水が飛んだ。これを跳躍して避けるも、またもバロンが突進してきた。二本の手から繰り出されるナイフ攻撃を退いてかわしながら、久美子は幽霊にも気を使わなければならない。一対二の不利は大きい。何撃目かの後、彼女は後ろを向き、走り出した。すぐそこが、廊下の曲がり角だった。 


『にがさないわ、あの女……』 


 幽霊が言った。バロンも頷き、後を追った。 










「うーん、どうするか……?」 


 そのころ、教室に閉じ込められている隼人は、まだ、悩んでいた。実は、すぐ外で久美子とバロンが戦っているのだが、廊下を仕切っている窓がどす黒く変色しているので見えない。音も聞こえなかった。それも、“なんらか"の力であろう。 


 彼は、着ているジャンパーの懐に手を入れた。 


「あんまり、使いたくないんだけどなぁ……“効く"かどうかも、わかんないし……」 


 ぶつぶつと、ひとりごとを言った。だが、室内の子供たちが意識を失っている光景を見ると、ぐずぐずしてもいられない。このままでは、被害者が出てしまう。 


「よし、決めた!」 


 隼人が、“それ"を抜こうとした、そのとき…… 


 “がちゃっ……!" 


 びくともしないはずのドアが音をたて、開いたのである。 


「隼人くん、早く出て……急いで!」 


 声がした。首を傾げながら、入り口へ向かうと、ひとりの少女が立っていた。 


「早苗ちゃん……?」 


 さすがの隼人も驚いた。人外の力で閉ざされていたはずのドアを開けてくれたのは、友村早苗だったのである。 


「君は、何故……?」 


 隼人は訊いた。負の気に包まれた建物内で意識を保っていられることに疑問を感じた。早苗もまた、“幽霊"であることを彼は知らない。 


「事情はいいから、早くなさい!天宮先生がピンチなのよ!」 


 と、早苗。肩で息をしていた。開かずのドアを開けるために、“力"を使ったのかもしれない。 


「おっと、そうだ……行かなきゃ……!」 


 と、走り出そうとした隼人の手を、早苗は掴んだ。 


「どうしたの……?」 


 と、訊いた少年の華奢な体を、少女は抱きしめた。 


「隼人くん……あなたは、死んじゃダメよ。まだまだ、たくさん勉強して、人の役に立つ大人になりなさい……」 


 隼人の背を、ぽんぽんと軽く叩きながら、早苗は言った。背は、彼女のほうが少し高い。 


「なぜ、そんなことを言うのさ?おかしいよ、お別れみたいじゃないか」 


 隼人は言った。 


「そうね、おかしいわね……」 


 と、早苗は笑った。 


「さあ、早く行きなさい。あなたには、やるべきことがあるのよ……」 










 一階の廊下も電気が消えているため、真っ暗闇の中である。バロンと幽霊は、久美子を追って、ここにやって来た。 


「逃げ足だけは早いな……」 


 建物内に響きわたるような声で、バロンは言った。挑発しているのだろうか。 


「だが、限界があるぜ。ここは、建物の中だ」 


 それも挑発か?無論、この男の言うとおりである。狭い塾内で、移動出来る箇所は限られる。出入口は“封鎖"しているので、外に出ることは不可能だ。 


『さがさなきゃ……あの女、ころさなきゃ……』 


 少女の声で物騒なことを幽霊が言った。隠れる場所などないはずだ。トイレがあるが、外に繋がる窓も“力"で閉ざしてある。そこに居れば、かえって袋のネズミだ。 


 廊下脇に、従業員用の小さな給湯室がある。人が二、三人ほどしか入れない狭いスペースだ。バロンは、そこの気配を伺うようにした。久美子はいない。 


「天井にでも、はりついてやがんのか……?」 


 彼は笑いながら言った。念のため上を向いてみるが、らしき影はない。建物という有限の空間であるが、人ひとりを探そうとすると、やけに広く感じるものである。 


 適当な間隔で、廊下に数脚、並んでいる長机は、建物内を有効活用するために置かれた物である。壁にぴったりとくっつけてあり、畳まれていない状態でパイプ椅子の座面が下に押しこまれている。子供たちがここに座り、弁当やジュースを広げている姿は、バーニング・ゼミナールではよく見られる光景だ。バロンは、その下を覗いてみた。そのとき、前方が光った。 


『きゃああああああああッ……!』 


 悲鳴をあげたのは幽霊である。彼女は自分の両肩を抱きかかえるようにして、その場にうずくまった。五メートルほど先の長机の下からあらわれた久美子は、そのまま、御神刀、雷光でバロンに斬りつけた。 


 だが、その刃が届くことはなかった。バロンは超常能力を発動させたのである。“B型"と呼ばれるそれは“障壁展開能力"。久美子の攻撃は光の壁に阻まれた。 


 応戦したバロンが右手の大ナイフを逆水平に払った。かわした久美子は、どうにか間合いをとった。 


「いい攻め方だったぜ……」 


 と、バロン。仮面の奥にある目がくらんでいるのか、追撃はなかった。不意討ちを嫌う久美子が、自分の主義を曲げてまで敢行した奇襲だったが、失敗した。狭い空間での一対二の勝負とは、それほどまでに不利なものである。 


『ころしてやる……ころしてやる……』 


 幽霊が言った。その表情は長い髪に隠れ見えないが、怒っていることは事実のようだ。さきほどの光は御神刀、雷光を通して発揮された久美子の“返り魔"の力だったが、“一撃"というわけにはいかなかった。かなり力の強い人外だ。 


 バロン一人ならば、対処も可能である。だが、幽霊がサポートにまわっている現状、意識を剣戟だけに向けるわけにはいかない。そこが大幅に不利な戦況を作り出していた。 


「終わりだぜ、天宮久美子……」 


 バロンは、両手のナイフを構えた。 


『バロン……わたしの力、つかって……』 


 幽霊が言った。彼女がバロンの肩に触れると、奇妙な現象が始まった。次第にその小さな体が吸い込まれてゆく。 


(融合……同化……) 


 久美子は、そんな言葉を思いついた。バロンの中に幽霊が入り込んだのだ。 


「こっちには、こういう“戦法"もあるんだよ」 


 こちら側に大ナイフを向け、バロンが言った。すると、切っ先の周辺が渦を巻いた。 


「ほらよ!」 


 と言う掛け声一閃。刹那、渦が長尺の水刃となり鞭の如くしなった。久美子は、飛び退いて、なんとかかわす。 


「いつまで、もつかな?」 


 と、バロン。何度もナイフを振り回す。久美子は退がりながら射程距離外に逃れようとするも、しなるので見切りにくい。 


 数撃目が久美子の胸をかすった。ロングコートの中に着ているブラウスが裂け、中から黒いブラジャーが露出した。 


「いいねぇ……色っぽいぜ。いつも、そんなエロい下着で男を誘ってんのかよ?」 


 バロンは下品な笑い声をたてた。以前、戦ったときに彼が、多重変異型気力者……いわゆる“デュアル"に見えた理由はこれだった。幽霊は他者に取り憑くことで、放水の異能力を“貸す"ことができるようである。 


「切り刻んでやるぜ……服を全部剥いて、素ッ裸にしてやる……てめぇみてえな、すました女が恥ずかしがる姿を見たいぜ」 


 言ってバロンが腕を振り上げた。


(最悪でも、相討ちをとらねば……)


 久美子は、そう考えた。死は何度も覚悟してきた。退魔の道を、歩み始めたときから……


 彼女は御神刀、雷光を片手正眼の位置に構えた。もう一度、返り魔の力を使う気である。人外に取り憑かれている今のバロンならば、それで一時的に動きを止められるかもしれない。もし、敵が耐えきれたなら、刺し違える気だった。そのとき……


「久美子さん、伏せてッ!」 


 声がした。反射的に身を低くした久美子の数メートル背後からである。銃を構えた隼人とバロンの目が合った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...