“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

文字の大きさ
142 / 146
第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第61話 早苗という少女

しおりを挟む
 

『我、汝に、“神"の力の一端を授け……』 


 その声、現世現実のものなのか? 


『汝、我の力を顕在せし肉体を持ち……』 


 その台詞、何を意味するのか? 


(誰……?) 


 久美子は問うた。 


『我、神にして汝の夫……』 


(知らないわ……) 


『その淫蕩な身体が知っておろう……』 


 それは、かつて受けた陵辱のことをさすのか?ならば、その声の正体は…… 


『目醒めよ…』 


 久美子の目が、妖しく光った。すると、彼女の身体を貪っていた青白い手どもが塵の如く消し飛んだ。 


『目醒めよ……おまえは……我が愛しき“妻"……』 


 解放され、地に降りた久美子の姿は黒い下着の上からロングコートを羽織っているだけである。ブラウスもズボンも失った。足首にかかっていたパンティを上げ、股間を隠すも、エロティックな様子に変わりはない。 


『その姿、まさに、美しく淫蕩……』 


 “声"は笑った。 










「ま、また……イクぜ……」 


 天井から生えているバロンが言った。まだ、幽霊に精を搾り取られているのか。 


「ひ、ヒヒヒぃ……」 


 彼はおかしな声をあげている。下半身と結合している部分は、いまだなにやらうごめいているように見える。その奥底で、どのような愛撫が行われているのか? 


 バロンの上体がのけぞった。また、精を放ったのである。 


「いい、いいぜ……最高のセックスだ……」 


 仮面の奥でバロンはそう言った。そして、まだ、結合部の“うごめき"は止まない。 


「お、おい……また、かよ……」 


 という彼の言葉を無視するかのように“交合"は続く。 


「や、やめろよ……もう、出ねえよ……」 


 というバロンの声は次第に弱々しくなってゆく。絶倫を誇る男ですら、限界を迎えているのか。 


「ひはあああッ……!」 


 そして、また射精した。だが、まだ、終わらない。 


「やめろ、やめろぉ……」 


 というバロンの言葉に構わず、またも“交合"が始まった。幽霊はもっと吸い取る気なのだ。それが、彼女の力の源なのだろう。 


『バロン……もっと、もっと出して……』 


 どこからか、幽霊の声がした。 


「出ねえ……もう出ねえよ……」 


 バロンは死にそうな声で答えた。精力尽きた中で、さらに我慢できない“放出"を強制される。それは大変な苦痛なのかもしれない。 


 次は何も言わず、バロンは体を震えさせた。また放ったのだ。もはや、声をあげる気力すらないのか? 


 見ると、一時的におとなしくなっていた壁の手たちがまた、増えはじめた。動きが活性化している。精を吸った効果なのかもしれない。 


 久美子はロングコートの裏地に仕込んである紫色の細長い絹袋を取り出した。美しい唇で封を解くと、中から柄があらわれた。鍔のない日本刀……彼女の愛刀、花切丸はなきりまるである。 










 花切丸は、退魔連合会鹿児島支部が鹿児島市のとある企業に作らせた久美子専用の業物である。計算された重量配分のもとに設計されており、ある程度片手で扱えるほどに軽量でありながら、殺傷力を高めている。 


 バロンを斬る。そう、久美子は決めた。この状況では、負の気の発生源となっている子供たちの命も危ない。望まずとも幽霊に精を送り続けるヤツを断つしかない。 


「待って!」 


 その前に両手を広げ、立ちはだかる少女。それは、もうひとりの幽霊……早苗だった。 


「彼を……元木先生を斬る気なのでしょう?それは嫌……!」 


 嗚呼……幽霊の彼女は知っている。バロンの正体を……そして、かつてレイプされそうになったときに助けてくれた元木を愛しているのだ。肉体が少女のままであろうとも……ヤツが違法薬物の取り引きに手を染め、女たちから金を巻き上げる外道であろうとも…… 


「ああっ……!」 


 早苗が悲鳴をあげた。壁から伸びる一本の青白い手に左腕をつかまれたのである。そして、そのまま引きずりこまれてゆく。なんと、壁が人ひとりを飲み込むほどの口を開けているではないか。久美子は咄嗟に彼女の右手をつかんだ。 


「離して、天宮先生……あなたまで、巻き込まれるわ」 


 と、言う早苗を引っ張る青白い手は、壁に開いた暗い大口の中から伸びているものである。その先に何があるのか?天国であろうと地獄であろうと、死者がゆきつく先に違いない。 


「離して……離して……わたしは、既に“死人"よ。元々、“そこ"から来た身よ……」 


 早苗が言った。 


「君は……」 


 久美子は滅多に語らぬ重い口を開いた。早苗の腕を離さぬまま…… 


「君は、総理大臣になるのが夢なのだろう?腐った世の中を正すのが目標なのだろう?それを、捨てる気か……?」 


 なぜ、そんなことを言ったのか?生者でなく死者であるこの早苗の夢など叶うはずもない。バーニング・ゼミナールの塾生として勉学に勤しむ彼女の姿を、かつての自分の姿と重ねて見ていた。不器用なりに努力を続けていた、少女のころの自分の姿と…… 


「夢を持ち続けるからこそ、人は“生きて"ゆけるのだ。捨てることなどない……」 


 その久美子の言葉。諦めずにいること……それは生きている証か?なりたいものがあること……それは人である理由か?


「馬鹿ね……馬鹿よ……」 


 と、早苗は笑った。死んでいる幽霊は流す涙など持たないのかもしれない。それでも心は通じたか。彼女は懸命に久美子の手を握った。


 だが、ここで悲劇がおこった。早苗を引っ張る手の力が強まったのだ。久美子は耐えきれず、ふたりの手は離れた。


「ありがとう……」


 とだけ言い残し、早苗は大口の中へと消えた。間髪入れず、久美子の周囲に数本の青白い手が伸びる。


 彼女は愛刀、花切丸でそれらを斬り払い、バロンのほうを見た。まだ、精を吸い取られているのかもしれない。既に意識はないようである。


(斬る……!)


 久美子は跳躍した。狙いは天井から生えているバロンである。斬らねば、幽霊の力は増幅し、ヤツ自身も苦しみ続けることとなる。


『我が妻よ……』


 またも脳内に、あの声が響く。


『汝に授けた力、解放せよ……おまえは我が妻……人という愚かな存在に、たった一度の悦楽を……』


 その声を理解する余裕などあったろうか?次の瞬間、久美子の剣はバロンの体を刺し貫いていた。










 元木は狭い部屋にいた。中は薄明るいが、どこから差し込む光なのかはわからない。


(ここは……?)


 彼は周囲を見回した。隅っこにベッドがある。地に足がついているが、ふわふわと浮いているような気もする。空気は、やや冷たい。肌寒いくらいである。


「“現実"じゃねぇな……」


 呟いた。ならば、なんなのか?意識の世界か?それとも幻想か?


「そうよ……ここは、現実と“そうでない世界"の境界……」


 背後で声がした。振り返ると、そこにいたのは修道服を着たシスターだった。


「そして、憐れな人間にかける“情"の部屋……」


 久美子は、そう言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...