血と蜜の絆

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告白と対立

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事件からさらに数週間が過ぎ、千尋の心は限界を迎えていた。
学校に復帰したものの、授業中も視線がぼんやりと遠くをさまよい、柳沼の声が耳に入ってこない日が増えた。

警察の聴取は終わったが、時折刑事から連絡が入り、

「何か思い出したら連絡して」

と優しく言われるたび、千尋の体が震えた。
血の夢は毎夜続き、ぐちゃぐちゃになった死体、内臓のねっとりした感触、返り血の温かさが肌に残る。
シャワーを浴びても、匂いが消えない気がした。

柳沼に会うたび、体が拒否反応を示す。
優しいキスを求められても、押し返すように離れてしまう。

千尋は一人で耐えきれなくなっていた。
別人格の囁きが、頭の中で強くなる。

『私が守るから…誰も近づけさせない…
 あいつも…邪魔よ…』

千尋は怖かった。
柳沼を失いたくないのに、別人格の嫉妬が柳沼を「脅威」と見なし始めているのを感じた。

「このままじゃ、先生を…傷つけるかも…」

千尋は決意した。
柳沼にすべてを話す。
一人で抱え込めば、壊れてしまう。
柳沼なら、信じてくれる。
あの優しい目で、受け止めてくれるはず。

放課後、保健室。
いつもの部屋だが、今は重苦しい空気が満ちていた。
柳沼は千尋を心配そうに見つめ、椅子を勧めた。

「最近、ますます元気がないね。
 警察の件? それとも…僕のせいか?
 僕の事、嫌いになった?」

千尋は立ったまま、唇を噛み、震える声で切り出した。

「先生…聞いてほしいことがあるの…
 私の中に…もう一人の、私がいるの…
 あの事件の時…犯されている最中…
 私が心の中で叫んだ瞬間…彼女が出てきて…
 ナイフで刺して…殺したの…
 血が噴き出して、体に飛び散って…内臓がこぼれて…
 私、奥で見ていただけなのに…怖くて、止められなくて…
 彼女は、私を守ってくれた…
 でも、今は…先生のこと、嫉妬して…許さないって…
 私、先生が大好きなのに…体が、拒否しちゃうの…助けて…先生…私、どうしたらいいの…?」

千尋の声は、嗚咽に変わった。
涙が溢れ、膝がガクガク震えた。
柳沼は顔を青ざめさせ、立ち上がった。

「千尋…そんな…信じられないけど…
 君の目、嘘ついてない…
 解離…?
 待って、落ち着いて。
 僕がいるよ。一緒に、専門家に――」

肩に手を置いたその瞬間。
千尋の体が、びくりと硬直した。
涙で濡れた瞳が、一瞬で冷たく鋭く変わる。
姿勢がまっすぐに伸び、声のトーンが低く、抑揚なく響く。
主人格は奥深くに押し込まれ、別人格が完全に主導権を握った。

 『柳沼雄大…あなたが、この子を泣かせてるのね。
 優しい言葉で、甘いキスで、体を重ねて…
 この子を、弱くしてる。
 私から、引き離そうとしてる。
 あの事件の時、私が出てきて守った。
 血を浴びて、浄化して…
 この子の悲鳴が、私を呼び覚ました。
 あなたも、同じよ。
 この子に近づく男は、みんな裏切る。
 嫉妬? それ以上だわ。
 あなたは、この子の身体を汚してる。
 私の存在を、脅かしてる。
 この子は、私のもの。
 あなたに、触れさせる権利はない。』

柳沼は後ずさり、壁に背を押しつけた。
恐怖が胸を締めつけるが、愛がそれを上回る。

「…君か…この子の、もう一人の…
 話そう。君の気持ち、聞くよ。
 この子を守りたいんだ。君も、同じだろ?一緒に、幸せに――」

『幸せ? あなたが言う幸せは、この子を壊すだけ。
 あなたに抱かれるたび、この子は私を必要としなくなる。
 過去の男たちみたいに、いつか去っていくんでしょ?傷つけて。
 私だけが、本当に守れる。
 血を流して、証明したのに…
 あなたが、この子に触れるの、見てるだけで…胸が焼ける…
 次は、あなたの番よ。
 この部屋で、ナイフを握って…あなたの血を、浴びせて…
 この子を、永遠に私たちのものにする。』

千尋は奥で、必死に叫ぶ。

(先生…ごめんね…! 彼女、怒ってる…
 逃げて…私、止められない…
 私、先生を巻き込んで…
 壊れちゃう…)

柳沼は汗を浮かべ、声を震わせず、必死に言った。

「…脅しなんかじゃない。君の痛み、わかるよ。
 この子から、過去のこと、聞いた。
 家族の崩壊、失恋の傷…君が、守ってくれたんだな。
 でも、殺すのは違う。
 この子は、普通に生きる権利がある。
 僕と一緒に、笑う権利が。
 君も、この子の一部だろ?
 一緒に、解決しよう…」

別人格の瞳が、わずかに揺らぐ。
だが、冷たく笑う。

『解決? あなたを消せば、解決するわ。』

千尋の体が、再び震え始めた。
対立は、深まるばかり。
柳沼の愛と別人格の嫉妬が、千尋の心を引き裂いていた。
保健室の空気が凍りつくように重くなった。
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