アキとハル(番外編)

くろ

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シュウとアキ

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 北山修平、高校三年。
 顔が整っていてスタイルも良い。運動能力も申し分なく学力は常にトップ。
 絵に描いたような爆モテ男子だが、実際にモテている実感はない。
 つるんでいる友達は田中春太。フルネームを漢字で書くと絶妙にダサいから普段はハルと呼んでいる。
 俺がモテない理由を聞くと「性格に難あり」と言ってくるような失礼なやつ。小さい頃から一緒で一時期は一緒に暮らしてたこともある。
 俺はこいつの幸せを願っている。






 ***





「お世話になります」と深々と頭を下げてやってきたハルを今でも思い出す。
 一日で自分の世界のほとんどを奪われたハル。ほんわかとしていてうちの母親より全然優しいお母さん、無口だけど学校の行事にはしっかり参加するお父さん、いつもハルを笑顔にさせる犬のアキ。ハルを創るにあたりどれも欠けてはいけない大切なもの。それを全て奪われた。
 周りの大人たちはハルを哀れんだ。でもただ可哀想だと言うだけ。これからハルがどうなろうとどうでも良いみたいな他人事の会話。俺はこういう大人には絶対にならないと誓った。
 嫌な大人ばかりだったけど、唯一、俺の母さんは違った。ハルと一緒に住まないかと提案してくれた。小さい頃に父親と離婚して、一人で俺を育ててくれた母さんは、怒りっぽいけどハッキリしていて男気がある。俺とハルは毎日くだらないことをしては怒られ、面白いことがあった日は三人でゲラゲラと笑った。

 あいつが夢に出てくるようになったのは、その頃からだった。

 何もない真っ白な部屋で丸くなっている黄色っぽい毛並みの大きい犬。ハルが飼っていたアキだと気付くのには時間がかかった。近付くと片目を開けてジロリと睨むだけという愛想の無い犬に見覚えが無かったからだ。ハルと一緒にいたときのアキはいつでも尻尾をぶんぶん振り回して、ハルの頬を舐め、後ろから抱きつき、腹を出して撫でろと注文していた。あの時のアキと夢の中で見るアキとは随分性格に違いがあるように思えた。この夢を見始めてから一週間くらいが経った頃、痺れを切らしたのかアキがこちらにゆっくりと近づいて俺の手を鼻先でつついた。現実と大差ない感覚に思わず声を上げた。
「う、わぁ!」
『うるさい』
 触られた驚きよりも喋った驚きが上回って声が詰まる。人間って本気でびっくりすると息が止まるってどうやら本当らしい。ただ俺はこれが夢の中だってわかっている。実際の犬が喋りだしたわけではない。これが夢じゃなかったら恐らく俺の息は止まったまま、そのまま心臓も止まっていたかもしれない。
「あ、あのー」
『なんだ』
「やっぱ会話成り立つんすね」
『何を今更。最初に言っておくが俺はお前を昔から知ってる。が、嫌いだ』
「は?なんなの急に」
 なんとなく犬の幽霊だなんて崇高な存在なのかと思ったが丁寧に扱おうという思いは一瞬で崩れ去った。初手から失礼な奴は俺も好きじゃない。
『俺はハルが大好きだ』
「でしょうね」
『不本意なかたちでハルと離れ離れになってしまった』
「あぁー、このたびは」
『そういうのはいいから聞け』
 なんでこんなに偉そうなんだこの犬は。早く目覚めてこいつの存在を忘れてしまいたい。
『ハル、最近全然笑わないだろ』
「大切なもん失ったらすぐには難しいんじゃねぇの」
 言うとアキは目を開けてからわざとらしい瞬きを二つした。
『お前に頼みがある』
「お断りします」
『まだ言ってないだろ』
「聞いたとしても意思は変わらん」
 小さく長い溜息が聞こえたと思ったら、アキはそっぽを向いて歩き出した。
『ならまた明日ここで』


 目が覚めると見慣れた天井、隣に行儀よく毛布に包まれているハル、やけにリアルに残っているアキの鼻の感触。思わず手を見つめ確認したけれど、今まで見ていたアレがなんなのかはわからなかった。
 そしてその日の夜、アキは宣言通り夢の中に現れた。

『俺がお前を嫌いなのは、ハルが俺に構ってくれなくなるからだ』
「知らねぇよ」
『でもだからこそ、お前にしか頼めないことなんだ』

 次の日の夜も、その次の日の夜も、アキは夢の中で同じようなことを繰り返した。

『今日こそ約束してもらうからな』
「まじしつけーな、あんた」
『…もうお前しかいないからな』
 尻尾がゆらりと下がり、アキが呟く。
『ハルのオカーサンとオトーサンも死んでしまった。そっちの世でハルが拠り所にしてるのはお前とアイコサンだけだろう』
「アキ…」
『俺はハルには誰よりも幸せになって欲しいんだ。これからどんなに幸せな出来事が訪れたとしても人生の採算が合わないだろう』
「俺にハルを幸せにしろって言ってんの」
『そうじゃない。近くで見守って欲しい。ハルの幸せを見届けて欲しい。これからもハルの拠り所でいて欲しい』
「……なにそれ」
『俺が約束して欲しいのは、ハルの幸せだ』
 アキは地面にくっつくくらいに鼻先を下げて俺の前で懇願した。犬に頭を下げられたのは初めてだな、とどうでもいいことを考えた。それからハルの幸せ。アキと一緒に広場を走り回るハル。俺の母さんの仕事が終わるまで一緒に居てくれたハル。両親が離婚した時なにも言わず隣で両手を握ってくれたハル。
「そんなの、お前に約束しなくてもそのつもりなんだけど」
 アキと向き合ってハッキリ伝える。アキは一瞬驚いたように瞬きをしたけどすぐに満足そうに笑った。

『じゃあ、頼んだぞ』

 そう言ってアキは歩き出した。ここんとこ毎晩見たシーンではあるけれど、なんとなくもう見れないような気がして思わず引き留めた。
「おい、また来るのか」
『もう用は済んだ』
「ハルには会っていかないのか」
『…会ったら離れたくなくなるから』
 そう言いながら下がっていく尻尾と動く四つの足が、トボトボとアキの感情をわかりやすく表していて、胸が苦しくなった。
「いつかそっち行ったらお前を探すよ」
『すぐには来るなよ』
 アキともう一つ約束を交わし、目が覚めた。
 いつもの天井、すやすや眠るハル、苦しいままの胸。夢と現実に間で、まだ頭に残っているアキの背中に誓う。

 俺がハルの幸せを守る。そっちで見てろよ。

 それから今に至るまで、アキとの約束を忘れたことはない。高校卒業間近で突然現れたアキと出会うまで、ハルの幸せを守り続けた。これからはアキがハルを幸せにする。もし万が一にも泣かすような事があれば、俺は迷わず殴り込みに行くだろう。

 たとえ犬とした約束でもきっちりと守り切る男、それが北山修平なのだ。



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