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しおりを挟む次に生まれ変わるときは、猫になりたい。
中学生の頃に飼ってた犬が死んでから、ずっと思っていることだった。
青々と太陽に向かってアピールしていた葉っぱたちが紅くなって、風に吹かれて地面を染め始めた頃、家から一番近い神社の賽銭箱の隣に置かれたダンボールに、アキはいた。おそらくここに置いて行った人の中途半端な優しさであろうクタクタになったタオルに包まれて震えているアキをそっと拾い上げて、家に持ち帰った。よく漫画やドラマで聞いたことがあったから、お決まりのフレーズとして言われると思っていた「返してきなさい」と言うセリフを、両親は口にしなかった。
「名前、どうするの?」
「・・・いいの?」
父親は何も言わずに俺の頭をわしゃわしゃと乱し、母親はもう一度名前を聞いてきた。秋に出会ったからアキにする。と言うと、二人は一瞬止まって、それから笑った。
「さすが親子、思考回路がおんなじね」
その時初めて自分が春生まれの春太なのだと気が付いた。
***
「ハル、遅刻するぞ」
通いなれた道をぼんやり歩いていると、前から声がした。
「俺が遅刻するならシュウもするだろ」
「俺は大丈夫。あそこに自転車を隠している」
小さい頃によく来た神社の中にある大きな木の横に緑色のクロスバイクが置かれている。隠しているとは言い難く、バイトで貯めたお金で買った自転車を自慢したくてわざわざ俺を待っていたのだろうと理解した。北山修平とは、そういう男なのだ。
二人で神社の中に入り、嬉しそうに鍵を外すシュウを眺める。クロスバイクは二人乗りが出来るようにはなっておらず、自慢するだけしたらきっと先に行ってしまうだろう。まだピカピカの愛車を見せびらかすようにサドルを一撫でしてから満面の笑みでシュウが手を上げる。
「じゃ、遅刻すんなよ」
足を上げて自転車を跨ごうとするシュウを軽く蹴飛ばして静止する。
「遅刻するときは一緒だろ」
なんでだよ、と大きい声で騒いでいるが理由は簡単。シュウと一緒だと怒られないからだ。
明るく染まった髪に、ネクタイをしないまま第二ボタンまで開けているシャツはズボンに納まっていることなど見たことがない。初めてシュウを見た人は彼をチャラいやんちゃな高校生と思うだろう。しかし先生にとって厄介なことに、こいつは頭が良い。放課後はバイトに忙しいせいで授業中はほとんどの時間で寝ているし、テスト前だからと勉強に励んだりもしない。なのに貼り出される順位はいつも上位を陣取っている。そして入学から三年経った今でも、上位の座を誰かに譲ったことは一度もない。俺はこいつの、「元々の出来が違うんだ」と自分のこめかみを人差し指でトントンしながら笑ったりするところはうざったくて嫌いだ。幼稚園からの付き合いじゃなければ、ここまで一緒にいたりはしなかっただろう。
「おい、あれ」
シュウが何かを見つけ、俺に顎で合図を出す。視線の先を確認すると、少し離れた場所にある拝殿の賽銭箱から、横向きに人の足が生えていた。賽銭箱に隠れて身体はほとんど見えないが、深緑のチェックのズボンは今まさに俺とシュウが履いているものと同じように見える。
「うちのやつだよな」
二人でそろそろと賽銭箱に近づいて確認すると、馴染みのある制服にも拘らず見たことのない男がスヤスヤと眠っていた。
ふんわりとした茶色の髪の毛を優しい風で揺らしながら、既に見頃を終えて落ちだした紅い葉っぱを布団代わりにするように全身を縮こまらせて寝息を立てている。閉じた目から生えている睫毛は力強く伸びていて、むにゃむにゃと動かす唇は薄めなのに口角が上がっているせいで存在感がある。口の端がキラキラと光っている。涎だ。
「…誰だよ」
「さぁ」
関わらない方が良いだろう、とお互い目だけで会話をし、ゆっくりとその場を離れようとした時「ぐしゅん」と可愛くないくしゃみが聞こえた。またシュウと目が合って、今度は意見が食い違う。
ーハル起こしてやれよ。
ー何で俺が。
ーお前の方がまだ近いだろ。
ー嫌だめんどくさい。
ー風邪引いちまったら可哀そうだろ。
シュウが少しだけ離れたところで、手をしっしと振っている。こいつのこういうところも嫌いだ。
小さく溜息をついて、眠っている男に近づいた。緩めの加減で足のあたりを履いているローファーで小突くと、穏やかそうだった寝顔が気怠そうに歪む。歪むだけで目を開けないことに苛立ち、今度は強めに肩を揺すった。半強制的に身体を動かされた男は、視界に薄っすらと入ってくる朝の光を鬱陶しそうに手で遮り、ゆっくりと覚醒した。まだここがどこなのか、どうして起こされたのか理解ができていないのか、半分眠っている目で辺りを見渡している。
「あのー、遅刻しますよ」
上から声を掛けると、ぼんやりとこっちを見ていた男の目が突然ぱちくりと見開いた。
「…ハル?」
「え?」
「お前、ハルじゃないか?」
今の今まで眠っていたとは思えないほどに大きな声で名前を呼ばれて困惑する。様子を窺っていたシュウも俺と同じような顔をしている。こちらの動揺なんてお構いなしに、眠りから完全に目覚めた男が立ち上がり、勢いのままに俺を抱きしめた。
「会いたかったよ、ハル!」
俺はこの男が誰なのか、知らない。
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