アキとハル(完結)

くろ

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 男は自分のことを、アキと名乗った。
 俺は出来る限りの記憶の引き出しを開けてみたけれど、アキという名前の男の欠片が仕舞われていることはなかった。




 ***




「え、お前ら知り合いなの?」
「知らない」
「うっそ!ひどい!」
「確かに見たことない顔だよな」
「いきなり抱きついてくるような奴が知り合いなわけない」
「スキンシップじゃん!」
「どうする?」
「無視する」
「一緒に学校行こうよ」
 二人の会話の間に無理矢理捻じ込むように入ってくる。ギャンギャンと煩い。
 シュウが自転車を押してきて、俺はそこに並んで神社の出口へ向かう。アキという怪しい男は慌てて賽銭箱の横に戻ってゴソゴソと動いている。鞄でもあるのだろう、今のうちに出来るだけ離れておこうと判断し、早歩きで進む。
「ま、待って」
 さっきの元気な声とは違う、小さくて情けない声色に思わず振り返ってしまうと、男が大きめのダンボールを抱えてこちらに走ってきた。
「なんだよその箱」
「荷物。昨日こっちに着いたから」
「なんで持ち歩いてんだよ」
「いやぁそれがさ、家がなくって」
 了承も得ずに自転車のサドルにダンボールを置いたもんだから、シュウがめちゃくちゃに嫌な顔をしている。俺はこいつが言っていることが理解出来ずにもう一度聞いた。
「お前、今なんて言った?」
「お前じゃなくてアキって呼んで」
「…アキ、家ないの?」
 名前で呼ぶとあからさまに表情を緩め、そう、ない!と嬉しそうにダンボールをぽんと叩いた。

 この時点で三人の遅刻は確定したので急ぐことを諦めて、学校への道のりを並んで歩く。シュウは、モデルかと思われるほどスタイルがいい。俺だって背が低いわけではないはずなのに、5センチ高いシュウの隣を歩くとどうにも霞んでしまう。決して俺のスタイルが悪いわけではない、はず。そして更にその隣を歩くアキのスタイルもめちゃくちゃに良い。神社に寝転がっているときは縮こまっていたせいで気付かなかったけれど、シュウと身長も大して変わらない気がする。そういえば先程正面から抱きつかれた時も、アキの身体にすっぽりと埋まってしまったかもしれない。思い出して情けなくなってしまい、二人の間に入って歩くのは控えておこう、とさりげなくシュウの自転車を挟んで歩いた。
 アキは俺たちの町に昨日から一人で越してきて、今日から高校に編入する予定らしい。いざ一人暮らしをする家に着くともう既に人が住んでいて、大家に問い詰めると手続きミスだと頭を下げられた。どうしたもんかと辺りをうろついているうちにあそこの神社で眠ってしまったと笑っている。
「笑い事かよ」
「ウケるよね」
「いや全然」
 シュウと俺とでツッコミを入れてもさほど気にした様子もなく、アキは馬鹿なんだと確信した。
「今日はどうすんの」
「どうしよっかな~。とりあえず学校でいいネタ出来たよな」
「馬鹿なんだな」
 やはり幼馴染。シュウと意見があってホッとする。あまりにもあっけらかんとしているせいで俺の感覚がおかしいのかと少し不安だったのだけれど、おかしいのはアキの頭の方だった。良かった良かった、と心で呟いて意識を「今晩の飯について」に切り替える。シュウとアキが何やら会話をしているが、学校に着いて先生に事情を説明してしまえば万事解決。こいつと関わることなんて無くなるのだ。何を食べようかとぼんやり考えていると、シュウが話しかけてきた。
「ハル、いいのか?」
「え、うん…?」
「ハル、いいの?!」
 キラキラと目を輝かせているアキを見て、とっさに同意したことを後悔した。どうやら二人は今晩の飯ではなく今晩の寝床の話をしていたらしい。
「嫌だ」
「今いいって言ったじゃん」
「話聞いてなかったもん」
「もんじゃねーよかわいこぶんな」
「知らない奴家に入れたくねぇだろ」
「だから知らなくないんだってば~」
 いいじゃんお前だって一人暮らしなんだし、とシュウに言われてほんの少しだけ気分が下がる。シュウの言葉に他意がないことは今までの経験上わかっているし、三年も前のことだ。逆に気を遣われていると感じるときの方が煩わしい。
 三年前、両親が死んだ。飼っていた犬の具合が悪そうだと、二人で動物病院に行く途中にトラックに突っ込まれた。俺は学校帰りにシュウに漫画を借りるべく寄り道をしていた。トラックの運転手は無事だったけど両親も犬も帰ってこなかった。乗用車も大破。俺の日常はこの先どんなに祈っても戻ってこないのだ、とまだ中学生だった俺は早々に人生を諦めた。それでも三年経った今でもこうして生きているのは、シュウとシュウの母親のおかげだと思っている。両親に俺を引き取って育ててくれるような親しい親戚はおらず、天涯孤独とはこういうことかと途方に暮れているときに、うちで暮らそうと手をひいてくれたのが二人だった。愛子さんは一人でシュウを育てていて、いつも仕事で忙しそうにしているのに俺たちこどもと過ごす時間でも手を抜かない、とにかくパワフルな女性だった。シュウと、間に血の繋がりが一ミリも存在しない俺とを、分け隔てなく育て、叱り、愛情を注いでくれた。俺の母親は事故で死んでしまったけれど、愛子さんも間違いなく自分を育ててくれた母親なのだと感謝している。だからこそ、育ち盛りの男子学生を二人も育てることは申し訳なさでいっぱいになった。夜中に帰ってきて机に突っ伏して仮眠、こども達が起きるよりも先に弁当の準備、送り出した後にまた出勤の準備をする。掃除や洗濯を手伝ったところで愛子さんの負担が軽減されているとは思えず、高校入学のタイミングで一人暮らしを申し出た。元々、両親と暮らしていたマンションは売らずに残してくれていて、シュウの家から遠くないのでそこに戻りたいと言うと、最初難色を示していた愛子さんも渋々了承してくれた。バイトはシュウと同じファミレスでしている。シュウはホールで俺が厨房。賄いで夕飯を済ませているし暮らしに困ったりもなく生活できているので、最近は愛子さんもすっかり安心していて以前のように溌剌と、自分の時間を楽しめたりもしている。
「いいじゃん一晩くらい」
「じゃあシュウんち行けよ」
「えー俺ハルの家がいい」
「だから俺はお前知らないって、」
 お断りをしようと掲げた手を、アキがぎゅ、と握る。いつの間にか距離を詰めて来ていたアキに驚き一瞬息が止まった。両手で大事そうに俺の手を包み、懇願するように目を瞑り、指に顔を近づける。

「思い出してくれるまで、離れない」

 触れるか触れないかの距離で囁かれ、指が吐息で熱くなる。長めの睫毛がパチリと動き、じっとりと見つめてくる顔が、無駄に整っていて忌々しい。
「わ、わかった。わかったから離れろ」
「やった!ハル大好き!」
 強く握られた手を振りほどくようにぶんぶん動かすと、パッと解放された手が風に当たってひんやりとした。
 俺はアキが誰なのか、思い出さなくてはいけない。でなければ一生付きまとわれる。
 直感が働いて首筋がぞくりと粟立った。






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