アキとハル(完結)

くろ

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 アキについてわかったことと言えば、あんだけ馴れ馴れしくしてきたのに学年は一つ下の後輩だったこと。頭はそれほど良くないこと。バタークッキーが好きなこと。それから、どうやら本気で俺のことを好きなこと。




 ***





 神社で出会ってしまったあの日、学校に着くと三人揃って先生に怒られた。シュウがいるからごまかせるかと思っていたけれど、一限目まるまる間に合わなかったのは初めてで、しかもアキは編入初日で色々な手続きが必要だったのだ。俺とシュウは速やかに教室に行くように言われ、アキは引っ張られるように職員室に連行されていた。
「ハル~!下駄箱で待ってるから~!」
 初対面の大人に物怖じもせずにこちらに手を振っている。俺は聞こえなかったし見えなかったふりをして足早に教室に戻った。


「あいつおもしれーな」
「もう関わりたくない」
「無理だろ、もう」
 くっくっく、と悪魔みたいな笑い方をするシュウの足を蹴飛ばして、唐揚げを頬張る。昼休みになると俺たちが遅刻してきたことなど忘れ去られ、友達に茶化されたりシュウに気に入られたい女子たちが話のきっかけにしてくることもなくなった。一人暮らしを始めたときに愛子さんから、せめて毎日お弁当作らせて、と優しすぎる条件をつけられ、俺はほぼ毎日シュウが持ってくる母親の手作り弁当を食べている。
 窓を全開にしていると涼しい風が入ってきて、少し肌寒い。閉めてしまおうと立ち上がり窓際に向かうと、校庭で遊んでるアキを見つけた。登校初日だというのに既にクラスに馴染んでいるようで、みんなでサッカーをしている。すげぇな、と見ていると後ろにシュウが立っていた。
「うわ、あいつもう友達出来たのかよ」
「あれはもはや才能だな」
「羨ましい?」
「いや全く」
 ピシャリと言い放つとシュウがゲラゲラ笑って、それを見たクラスの女子がかわいーとか言って笑ってる。おーい、とシュウが手を振ると、声に気付いたアキが振り返った。
「あ!ハルだ~!」
 両手でぶんぶん手を振って、なんならジャンプもしてこちらにアピールしている。
「俺が呼んだのにひでぇ奴」
 俺が呼んだわけじゃないのに大きい声で呼ばれて面倒くさい。あんなコミュ力のぶっ飛んだ陽キャと知り合いだなんて周りに知られたくないと思っているのは本当なのに、いつまでも俺に手を振り続けているアキが必死で、なんだか面白いとさえ思っている自分もいる。小さく手を上げて応えると、満足したように笑ってまたボールを追いかけて走る。
「…犬みたいだな」
 呟いた一言が、あまりにも的を射ていてシュウと二人で笑った。

 放課後、下駄箱まで行くとアキがいた。
 俺を見つけた途端、表情が明るくなり、パタパタと走ってくる。ないはずの尻尾が見えた気がして、ニヤリとすると、アキがきょとんとした。
「ハルって笑うんだ」
「なんだよ当たり前だろ」
「そっか、笑うよね」
 そのあとアキが、笑うとかわいいね、って柔らかい表情で言い放つから、慌てて表情を戻した。こいつのペースに巻き込まれるべきではない。
「あれ?修平は?」
「シュウはバイト」
「ふーん」
 自分で聞いといてさほど興味はないのか、ゴソゴソと鞄の中に手を突っ込んで個包装されている大福を取り出した。
「はい」
「なにこれ」
「お世話になるから、プレゼント」
「…なんで」
 なんで大福なのか、聞こうとしたけど出来なかった。たまたま購買にあったからかもしれない。だけどこの大福は俺の大好物で、昔からよく食べているものだ。もしかして、本当は昔一緒に遊んだことがあるのかもしれない。家の近くに大きな公園があって、こども達はだいたい学校帰りにそこに寄り、好きなように遊ぶ。同じ学校じゃなくても、年齢が違くても、男でも女でも。自己紹介する時間がもったいないというほどに、その日集まったメンバーで鬼ごっこだのかくれんぼだのをして夕暮れ時まで全力で遊ぶ。
 もしその中にアキが居たのだとしたら、一方的に覚えられていても不思議ではない。俺とシュウは、愛子さんの仕事が終わるまで毎日のようにその公園で遊んでいた。お母さんが夕飯よって俺を迎えにきても、シュウが一人で愛子さんを待つことが嫌で帰りたがらなかったのだ。
「お前さ、シュウのことは知らないの?」
 小さい頃の俺を知っているということは、必然的にシュウのことも知っているはずだ。
「修平?いやぁ、はじめましてじゃないかな?」
 なんとなく嘘はついていないように見えたので、またわからなくなってしまった。一緒にいたはずのシュウを覚えていないとなると、本当にどこで出会っているのだろう。考え込んでいると、アキが頬を突いた。
「無理に思い出さなくてもいいよ。難しい顔も好きだけど、ハルは笑った顔が一番いい」
 靴を履いて、出発!と俺の手をひく。
「俺はハルを笑顔にするために戻ってきたんだ」
「は?」
「だから笑って、ハル」
 繋がった手がぐいっと引き寄せられて、アキの顔が近くなる。ね?と覗き込まれるように念押しされて、耳がじりじりと熱くなっていく。
「……近い」
 速くなる心臓の音を誤魔化すように力任せに頭突きをして、うずくまるアキを置いて先を行く。このまま同じ家に帰るのが少し怖くなって、こんな展開になってしまった元凶を全部全部シュウのせいにして心の中で呪った。振り返ると朝と同じようにダンボールを抱えて走ってくるアキがいた。


「おじゃまします」
「どうぞ」
 家にあげると、アキは楽しそうに周りをきょろきょろ見回した。特に面白いものも見られて困るようなものもうちには用意がない。やがて一通りリビングを見たアキが、写真立ての前で止まる。中学の頃に撮った家族写真。父親と母親に挟まれるように俺、俺の前に行儀よくお座りをしている犬のアキ。写真の中の俺は幸せそうに笑っていて、家族全員を亡くした直後の俺はそれがものすごく滑稽に思えてこの写真を見るのも嫌で引き出しにしまったままだったけど、またこの家に住むと決めたときに改めて飾った。隣の写真立てには高校入学の時の家族写真。俺とシュウと愛子さん。学校の校門前で撮ったかなりベタなものだけど、様子を見に来てくれる愛子さんが喜ぶから置いている。どちらの写真も俺の大切な家族写真なのだ。
「適当に座れよ」
「うん」
 躊躇いなくアキが座ったソファーは、いつも愛犬のアキが寝転がっていた特等席だった。爪や涎でボロボロだけどアキがいた証だと思うと変えられなくてそのままにしていた。
「なんでわざわざそんなボロいソファー座んだよ」
「んー?ここからならキッチンもテレビも見れるかなって」
 言われてハッとした。キッチンに立っている母親、テレビを見てる父親、リビングテーブルで宿題をする俺。アキが好んで寝ていた特等席からは、家族全員が見えていたのだ。もう今更確認なんて取れやしないけれど、もしそういう理由で特等席を使っていたのだとしたら、なんて愛おしいのだろう。舌をぺろんと出して眠るアキを思い出して目を細めた。
 夕飯はコンビニで適当に買って食べて、風呂も順番に済ませた。布団はよくシュウが泊まりにくるから用意があって、なんの問題もなく眠るつもりだった。なのにアキはなかなか布団に入ろうとせず、布団の上で正座をして気まずそうに膝の上においた拳をぎゅっと握りしめている。
「…寝ないの?」
「あの~、ハルにお願いがあって」
「なに」
「出来れば一ヶ月、ここにお世話になりたい、です」
「はぁ?!」
「俺が住む予定だった家の大家さんが、一ヶ月待ってもらえれば空きが出るからって言ってくれて、他の部屋探すよりハルと一緒にいれたらいいなって」
「自分勝手すぎんだろ」
「そうなんだけど、俺、なるべくハルと居たいから」
 瞳を揺らして申し訳なさそうに、それでも自分の意見はハッキリ言う。俺が断れば諦めてくれるのだろうが、俺に自分の事を思い出して欲しいというアキに、少しの後ろめたさもある。それでも一ヶ月も同じだなんて、正直だるすぎる。
「お願いハル、だめ?」
「光熱費は」
「半分だす。食費も気にしなくていい」
「家事は」
「料理は苦手だけど、掃除は得意」
 俺は料理は好きな方だけど掃除は嫌いだ。片付かないのが嫌だからものを増やさない。ずいずいと手をついて迫ってくるアキが俺の目の前まできて、今日何度目かの手を握られた。俺をおいてくれるなら何でもするよ、と手の甲にキスをして、俺を取り扱い注意のワレモノに触るみたいに抱き締めた。
「ハルと一緒に居たいよ」
 そう言って改めて目の前で頭を下げて懇願した。
 なんで。
 なんでこんな俺のこと。
「と、とりあえず今日はもう寝るぞ」
「……うん、わかった」
 お互いにおやすみと言い合ってそれぞれ布団に入った。

 夢を見た。アキが出てくる夢は久しぶりだった。アキは尻尾をぱたぱたと振って真正面から俺に飛び込んできて、頬を舐めた。生きてた頃にしてくれていたスキンシップは夢の中で鮮明に甦る。肩に置かれた手はいつの間にか犬のものから人間の腕に変わっていて、「アキ?」と呼びかけるとアキの全部が人間の姿に変わった。茶色の髪の毛、大きめの掌、伏し目になると際立つ睫毛。驚きのままに飛び起きると、夢の中で俺の腕の中にいたアキが隣でスヤスヤと寝息を立てていた。










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