アキとハル(完結)

くろ

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 アキがうちに転がり込んできてから一週間が経った。
 自由気ままな一人暮らしとは違って、誰かと二人で暮らすなんて息が詰まりそうだと思ってた。なのにアキとの一週間は、大きな問題もなく、むしろ居心地が良いとさえ感じる。アキは一体、何者なのだろう。




 ***



「ハルってさ、生まれ変わったら何になりたい?」
「何だよ急に」
 朝ごはんのトーストを頬張りながら脈絡もなくアキが聞いてきた。今朝はツナとチーズを乗せて焼いたトーストにトマトとヨーグルトが並んでる。アキが用意をしてくれた同じメニューを食べながら返事をすると、口をモグモグと動かしながらアキが続ける。
「なんとなく。知りたいなって」
「…猫」
「ねこ?」
「飼ってた犬が死んだときに思った。次は猫になろうって」
「犬じゃなくて?」
「誰かに遊んでもらったり尻尾振ってアピールするなんて俺には無理。構ってほしい時だけ近づいて、そうじゃない時は放っておいて欲しい」
「ハルらしいね」
「それで、猫になったらアキのお腹を枕にして寝たり背中に乗ってラクに散歩とかしたいって思った」
「…おれ?」
 無意識に名前を公表してしまい、少し気まずい空気になる。別に何かある訳じゃないのに、ややこしくなってしまう気がして言うタイミングを逃していたのだ。
「飼ってた犬。アキっていうんだよ」
「なんだ、俺の事かと思った」
「お前におんぶしてもらって散歩するわけねぇだろ」
「ハルが望むならするけど」
 あまりにサラッと返すから、冗談なのか本気なのか判別がつかない。冗談ならそれなりに返さないとだし本気ならお断りしなければいけない。だけど俺はそのどちらもしなかった。アキの口から出た言葉は一切の含みがない。俺が望めばするのだろう。望んでないからしないだけ。真っ直ぐに耳に入ってきて心地が良い。
「あ、今日はバイトだから」
「りょーかい。待ってるね」
「先に寝ていいけど」
「俺が待ちたいから」
「じゃあせめて先風呂入ってて。帰ったらすぐ入りたいから」
「わかった…ふふ」
「…なんだよ」
 話が進む度に少しずつ顔を緩めていたアキが、とうとう我慢出来ずに笑みをこぼした。なんとなく言いたいことはわからなくもない。

「新婚みたいだね」

 目の前で頬杖をついてニンマリするアキに強めのデコピンをして席を立つ。食べ終わった皿を二人分片付けて、シンクに置くと、後ろからアキが腕捲りをしながらくっつくようについてきた。
「俺も手伝うよ」
「いいよ、用意したのお前だろ」
「一緒にやれば早く終わるし、それに」
「新婚ぽいってか」
「えへへ」
 隣で洗い終わった皿を受け取ろうと手を出してスタンバイするアキの尻に蹴りを入れて一人で作業を進める。尻をさすりながらアキがごめんと縋ってくる。
「もうニヤニヤしないから!手伝わせて!」
「必死かよ」
 ん、と泡を流した皿を出すと嬉しそうに受け取って、大事そうに拭きあげている。また尻尾が見えた気がして、アキにバレないように笑った。


 夜。バイトを終えて帰ると、宣言通り風呂を終えたアキが待っていた。
 おかえりなさい、と声を掛けながらニヤニヤしてて、今朝の事を思い出しているんだろうなとわかったけれどいちいち突っ込むのをやめた。
「お風呂まだあったかいよ」
「おう、ありがと」
 言いながらやっぱりどうしても会話がそうなってしまう事に耐え切れず、今度は俺が吹き出してしまった。新婚かよと自らツッコミを入れて風呂場に向かうと後ろから腕を引っ張られた。そのまま伸びてきたアキの腕の中に収まってしまい、突然の事に驚いて動けないでいると小さな溜息が降ってきた。
「新婚ごっこ楽しいね」
「う、うるせぇ離せよ」
「ちょっとだけ」
 首筋に息があたって熱くなる。アキはゆっくりとした動きで呼吸をしている。
「っ…嗅ぐなよ」
「ハルの匂いする」
 最悪。バイト帰りの男の汗の匂いなんて好き好んで誰が嗅ぐんだよ。振りほどこうにも熱くなった身体は言うことを聞いてくれない。頭から爪先まで巡った熱がやがて顔に集中する。小さく震えた指でどうにか腕を掴むと、アキがパッと身体を離した。
「ごめん、風呂冷めちゃうね」
 今度は背中を押して俺を風呂場まで歩かせる。扉の前まで着くと「じゃあごゆっくり」と一方的に言って寝室に戻って行った。
 直後、閉まった扉にもたれかかってずるずるとしゃがむ。背中も首筋も腕も、アキが触れていたところ全部が熱い。
 ちくしょう。なんなんだよ、あいつ。最悪。
「最悪」
 小さく呟く。急に抱き締めてくるあいつも、それが嫌じゃないと思ってる自分も。全部最悪。
 思考を吹き飛ばすように頭を振って誤魔化した。


「…良かった」
 風呂から出て、アキが既に布団に入っていることを確認してホッと溜息をついた。今、こいつとどんな顔で話したらいいのかわからない。起こさないようにそーっと隣の布団に潜り込み、なんとなくアキに背を向けて目を閉じる。
 俺はアキが好きなのだろうか。本当は考えたくもない。俺の初恋は小学生のときで、肩くらいまで伸びた髪の毛にカチューシャをつけたかわいい女の子だった。公園の隅にあるベンチに座って、他のこどもたちが走り回っているのを楽しそうにニコニコしながら眺めていた。
「一緒に遊ばないの?」
「走ると先生に怒られちゃう」
「先生?」
「もうすぐ手術だから」
 小さい手で自分の胸をギュッと握ったので、心臓の病気なのかなとこどもながらに解釈した。その日から一週間ほどで彼女がベンチに座っていることはなくなった。彼女がいる間の一週間は、色んな話をした。手術のために祖母の家に来ていること。今は出来ないけれど本当は走るのが大好きなこと。みんなが楽しそうで羨ましいと寂しそうに微笑む彼女も、本当は手術が怖いと呟く彼女も、抱き締めたくなるほどキレイだった。小学生の俺に出来ることなんて何もなくて、ただ彼女の両手を自分の両手で包み込み、目を閉じて祈ることしか出来なかった。
 彼女に対する気持ちは小学生ながらに恋だと確信していた。じゃあアキに対してはどうだろう。自分に好意を真っ直ぐに伝えてくるところ、裏表がなく接しやすいところ、一緒に居て居心地がいいと感じるところ。いいなと思うところはたくさんある。だけど、男だ。好きだと言われたり抱き締められたりすることで脳みそが勘違いをしてるんじゃないか。吊り橋効果みたいに、ドキドキさせられてるから好きになろうとしているのだ。
 うん、きっとそう。
 もう一度目をギュッと瞑って振り払うように頭で呟く。

 好きじゃない、好きじゃない。これは恋じゃない。

 隣から聞こえる規則正しい寝息を聞きながら、ただひたすらに唱えた。

 好きじゃない、好きじゃない。これは恋じゃーーーー。




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