アキとハル(完結)

くろ

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 アキと出会って二週間、俺はすっかりアキといることに慣れてしまった。





 ***



「ハル、今日は帰っていいって」
「え?」
 ホールのカウンターからシュウが顔を出した。出来ることがなくなって先輩から皿洗いを任されていた俺は泡だらけの手だけシンクから出ないように気をつけて身体をカウンターに近づけた。
「ひどくなる前に帰れって」
 言いながら親指で後ろを指す。つられるままに見ると外が真っ暗だった。天気予報で言ってはいたが想像以上の曇天で、このままだとやっぱり雷雨になるだろう、と店長が学生から順番に帰らせているようだ。俺らも店長に帰るように指示されて、ラッキーという気持ちと稼ぎたかった気持ちと半分で持ち帰った。
 外に出ると不安定な雲が重くのしかかってくるような感覚になった。どこか遠くの方でゴロゴロと雷の音が聞こえたと思ってから雨が降り出すまで数分。家につく頃には予報通りの激しい雷雨になっていた。傘をさしていても濡れてしまうほどの煩わしい雨にシュウと二人でワーワー言いながら家を目指す。なんとか家まで辿り着き玄関に入るとアキが走って出迎えてくれた。
 と、思った瞬間抱き締められた。
「わ、なにすんだよ」
 アキは何も言わずに俺をぎゅうぎゅうに抱き締める。
「ちょっと、俺濡れてるから。タオル持ってきて」
 肩を叩きながら指示を出すと、アキはハッと我に返り俺を離してすぐ脱衣室に走っていった。バタバタとタオルを持って戻ってきたアキはなんだか顔色が良くない。頭を拭いてくれてるアキの顔を覗き込んで聞く。
「なんか具合悪い?」
「え?ううん大丈夫」
 本当に?と聞こうとした瞬間、雷が本領発揮して大きな音を轟かせた。
「う、わぁ!」
 雷よりも耳元で叫ぶアキに驚いて身体がビクリと反応する。また大きな身体に抱きつかれてタオルで前が見えなくなった。
「もしかして雷怖いの」
「…ん」
 視界を遮るタオルを外そうと動かした手をアキが掴んで阻止をする。力を込めてもそれより強い力でタオルを動かすまいと止めてくる。
「もしかして恥ずかしいの」
「…」
 何も返さないことのは肯定してるようなものだ。肩を震わせて笑ってしまうと諦めたようにアキが大袈裟に溜息をついた。ずるりとタオルが外れて開けた視界に現れたのは拗ねたように不貞腐れているアキの赤い顔だった。ぎゅ、と胸が縛り付けられたように小さく悲鳴をあげて目が離せなくなる。
「…見るな」
 タオルは床に落ちているはずなのに視界が塞がれる。アキの大きい手だと気づくのに数秒かかり、どう反応すればいいのかわからなくて更に動けないまま時間が過ぎていく。温かくて少し湿っているアキの手に僅かに力が加わって、アキがゆっくり動いている気配がする。目が塞がれている分他の感度が上がっていく。アキの足が一歩こちらに近づく音がする。目を覆っていない方の手が俺の手に触れる。入ってすぐなのか目の前から馴染みのあるシャンプーの匂いがする。無意識に目以外の全部でアキの輪郭を探ろうとして全身に緊張が走る。
「あ、き?」
 見えてないのに気配でアキが近くにあるのがわかる。ハル、と囁いた声が思っていたよりも短い距離で聞こえて、きっと視界が塞がれていなければ耐えられないほど近付いていることがわかった。

 それこそ、キスしてしまいそうなほど。

 待て待て待て。脳をフル回転させて信号を送っているのに身体が全く動かない。指ひとつ動かすことも、声を出すことも出来ずに真っ暗にされた視界の中でアキの全部を感じ取ろうと全身が粟立つ。濡れたシャツが冷たい。なにの身体は熱を持って茹だっている。見えていないけど恐らく唇が触れるまで数センチ。動け、動けーー。

 バリバリバリ!と近くで地を這うような雷が鳴った。
「ぎゃあ!!!!」
 アキの悲鳴と共に視界が開ける。急に明るくなったせいでいつもより照明が眩しい。慣れてから確認すると、両手を耳に当てて小さくしゃがみこんでいるアキがいた。
「…大丈夫かよ」
「だいじょばない」
「ったく、しょうがねぇな」
 無理矢理立ち上がらせて手首を掴んで部屋に入れる。アキは親に怒られたこどものように背中を丸めて申し訳無さそうに連れられるままに後ろからついてくる。
「とりあえず風呂、入りたいんだけど」
「そうだよね。風邪引いちゃうもんね」
「別に風呂場の前で待っててもいいけど」
「えっ」
「扉越しに話してやるって言ってんの」
 アキは雷がひどくなる前にシャワーで済ませていたらしく、お風呂にお湯は張られていなかった。蛇口を捻って温かい湯が落ちてくるのを確認するためしゃがんでいると、隣にアキが同じように座った。じゃあじゃあと流れ出てくる湯を眺めながら、二人でなんでもない話をした。バイト先の面白い先輩の話、今クラスで流行ってるゲーム、シュウの直してほしいところ。とにかく色々話しているとアキは段々と元気を取り戻し、一緒に入る?などふざけたことも言えるくらいになっていた。
 やがて完全にお湯が溜まって準備ができると、アキは少し寂しそうに風呂場を出て行った。
「背中流そうか?」
「いらねぇよ」
「じゃあ頭洗おうか?」
「そこで待て」
「…はぁい」
 脱衣所を指さすとアキは黙って扉の前で座り込んだ。

 俺が風呂を出る頃には雷雨は完全に過ぎ去っていた。アキはケロッとしていて、さっきまでのビビり具合が幻だったのではないかと疑ってしまうほどに元気を取り戻していた。
「ハル、髪乾かしたげる」
 ドライヤーを持ちながらリビングのソファでニコニコしている。俺は何も言わずにアキの前に座り込んでスマホを開いた。ぶおぉとドライヤーが音を鳴らして風が吹く。アキの長い指が優しく髪を梳く。雷雨が去ったあとはその前より余計に時間が穏やかに感じる。自然と出た欠伸がアキにも移って、乾いた髪を確認するように撫でた手が温かくってまどろんでしまう。
「布団いく?」
「んー」
 アキはドライヤーを片付けてから俺を立ち上がらせた。手を引かれて寝室に入ると、真正面からアキに抱きしめられた。
「そばに居てくれてありがとうね」
「おおげさ」
「ううん、大袈裟じゃないよ。大切な人の隣に居れるんだから」
「…」
 もう一度ぎゅうとされて、苦しくなった。力が強いからじゃない。アキの心臓の音を感じるから。アキが生きてここに居てくれてるから。
 両親と犬と、家族を一気に亡くしてから今日まで、自分が生きてようが死んでしまおうがどうでも良かった。シュウと愛子さんのおかげで自分で死ぬという選択肢こそなかったものの、明日隕石が落ちて地球が滅亡しますと言われても、はいそうですか、と学校帰りにバイトに行って飯を食って風呂に入って眠っただろう。世界や人生が嫌なわけではない。ただ興味がなかった。
 だけど、今の俺にはアキがいる。
 アキが誰であろうと何であろうと、一緒に過ごしているこの二週間が、自分にとって居心地が良くどこか懐かしさすら感じていることは理解している。
「俺、ずっと昔からアキを知ってる気がする」
「そうだよ。知ってるよ」
 身体が離れ、両手で両手を包まれた。顔を近づけて祈るように俺の指にキスをする。

 このおまじないを、俺は知っている。






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