アキとハル(完結)

くろ

文字の大きさ
7 / 12

しおりを挟む




 アキが来てから三週間。俺はアキが何者なのか段々とわかってきた気がする。
 だけどそれはとても嬉しくてとても苦しい。わからないまま一緒にいたい。






 ***



 もしかして、と思うきっかけは夢だった。同じような夢を何度も見る。
 昔飼っていた犬のアキが、人間のアキに変化していく夢。あくまでも夢だから現実ではありえないことだってわかっている。それでもそう思わずにはいられない。

 アキとアキは、似過ぎている。

「俺はハルを笑顔にするために戻ってきたんだ」とアキは言った。何を言っているのかさっぱりわからなかったけれど、戻ってきたという事は前にも居たという事。俺の知ってるアキは、あの賽銭箱の隣でタオルにくるまって震えていたアキだけだ。
「ハルってさ、生まれ変わったら何になりたい?」と聞いてきたアキを思い出す。
 ―――生まれ変わったら。
 高校生にもなって何を言ってるのか、どんだけ頭がおかしいこと思っているのかわかっている。笑われるのが確実だから誰にも相談なんかできない。



 日曜日、シュウが遊びにくると言っていた。寒くも暑くもない気候で、シュウがくるまでリビングでだらだらと過ごしている。アキと一緒に住んでいることは知っていて、様子を見にきたいと言っていたけど予定が合わず、二人の生活が始まってから三週間が経とうとしていた。ソファに座ってスマホをいじっていると、アキが膝に無理矢理に頭を乗せてきた。
「ちょいと失礼」
「重てぇな」
 ごろんと横になってソファから飛び出ないように膝を丸めている。その姿はやっぱりアキと被る。アキも俺の膝で眠るのが好きだった。まさに今目の前で眠ろうとしているアキと同じ茶色と黄色が混じったような毛を揺らして頭を撫でろとぐりぐりしてきた。
 思い出してしまったら、同じように撫でてしまいたくなる。スマホ画面を見ながらほとんど無意識に片手でアキの髪を梳いた。アキは驚く様子もなく、満足そうに黙って髪の毛を撫でられている。ゆったりとした時間が流れる中でぼんやりと転生について考える。
 家族がいなくなってすぐの頃、自分が死んだあとのことをよく考えた。鼻か口か、わからないけれど魂みたいなものがスルリと抜けて、空っぽになった身体を後にして新しい容れ物を探す。人間なのか動物なのか、自然のものなのかわからないけれど、そうやってまた別の人生を歩むなんてことあり得るのだろうか。これは生きてる側の都合のいい願望だけど、もしそうなってくれれば、悲しくない。一度に失った家族がどこかでカタチを変えて生きているんだと考えていれば、少しでも不幸から逃れられる気がした。
 だからもし、もし本当にこのアキが、あのアキなのだとしたら、俺のために生まれ変わってここに居てくれるのだとしたら、それは死ぬほど幸せなことだ。俺とアキの兄弟とも親友とも言い難く何にも代えられない絆が、こうして二人を繋いでくれているだなんて、奇跡みたいな幸せだ。膝に乗っているアキのふわふわ頭の重さが心地よくて、上下する肩の動きに合わせてゆっくり呼吸し目を閉じた。



「え、お前らそーゆー関係?」
 いつの間にか来ていたシュウがリビングの扉を開けて発した一言目。
「修平、いらっしゃい!」
「俺の家だばかやろう」
 声に気づいて起き上がったアキがシュウのもとへ走る。二人は波長が合うのか学校でもよく話しているのを見かける。シュウの問いかけには真面目に答えるつもりはない。ほぼ冗談だと声色でわかるし、万が一俺たちが付き合っていてもシュウは動じないだろう。いや、付き合うなんてことはないけれど。
 ほいと渡された袋には炭酸や緑茶といった飲み物が入っていた。お礼を言って受け取ってからシュウ専用のコップに炭酸を注いだ。アキのコップにも同じものを入れて、自分のコップには緑茶を入れた。飲みたいと思っている飲み物がドンピシャで入っていたので用意したのは恐らく愛子さんだろう。
「休日に膝枕で昼寝だなんて見る人が見たら勘違いされるぞ」
「見る人が見ないからいいんだよ」
「俺ハルにくっついてるとすぐ眠くなんだよな」
「あーこいつ体温たけぇもんな」
「どおりでいつも眠いわけだ」
 学校にいるときと特に変わらない会話を済ませ、テレビゲームをしたり動画を見たり各自スマホをいじったり、俺とシュウは受験生だから勉強するべきなんだろうけれど、そういう必要なことは友達がいないときにするべきだ。友達と一緒のときは、無意味なことばかりして過ごしたい。

「なぁ、なんか腹減ってきた」
「コンビニ行くか」
「だる」
 ジャンケンで一人が買い出しに行くことになった。こういうときアキは負けやすい。案の定おやつの買い出しはアキに決定し、ゴロゴロとラグに転がったまま見送った。
 アキが居なくなって少ししてから、沈黙を破ったのはシュウだった。
「アキってさ、結局誰だったの」
「……」
「心当たりあんだ?」
 シュウは何でもお見通しと言った顔で口の端だけあげて笑った。
「笑わないで聞けよ」
「……場合による」
「アキは、アキだと思う」
「……………は?」
「だからアキ。昔飼ってただろ」
「あぁ、あのアキ」
「お前生まれ変わりって信じる?」
「………………ごめん笑っていい?」
「真剣なんだけど」
 口を尖らせて不貞腐れると、シュウは落ち着かせるように深呼吸をして改めて俺を見た。
「マジ?」
「もうアキにしか見えねぇんだよ。あの髪の色も、膝枕が好きなとこも、クッキーが好きなことも、俺に会いに来たことも懐いてることも、尻尾振ってるみたいに喜ぶところとか。あ、あと雷が嫌いなところも」
 思い返せば何もかもがリンクして、こうやって言葉にするとそれが確信に変わってしまうほどにアキはアキだった。
「ま、まぁ俺も犬みてぇだとは思ってたけど」
 シュウは考えるように腕を組み、溜息をついた。
「本当にあのアキだった場合、ハルはどうすんだよ」
「どうって?」
「生まれ変わりって見破ったら、消えちまったりして」
「なんだよそれ」
「ほら、おとぎ話ってそうだろ。人魚姫とかかぐや姫とか」
 今までお世話になりました…と月に帰っていくアキを想像する。

 ズキン。

 絶対に面白いシーンになるはずなのに、胸が痛くなった。十二単衣を着て連れられていくアキ。泡になって消えるアキ。もう一緒にはいられないと家を出ていくアキ。どれを想像しても結果は一緒。ズクズクと鳩尾あたりが鈍くなって、一気に気持ちが沈んでいく。
 出会ってから三週間しか経っていないのに、アキが居ない生活が想像できない。賽銭箱の隣で涎を垂らして眠っていたアキを見つける前は、どんな風に過ごしていたのか思い出せないほどだ。シュウがいて愛子さんがいて、学校も毎日そこそこに楽しくて勉強だって嫌いじゃない。家族を事故で亡くした自分のことを特別可哀そうな奴とも思っていない。なのにアキに置いて行かれる自分を想像すると、寂しくて寂しくて可哀そうでたまらない。

「ただいまー」
 何も知らないアキが帰ってきて、顔を見た途端に泣き出しそうになってしまった。
 居なくなるかもしれないことに下がった気分が、帰ってきてくれた安堵に替わって全身の力が抜ける。
「…おかえり」
 気恥ずかしくて小さく応えるのを隣でシュウがニヤニヤしながら見ている。何でもお見通しの顔がわかりやすくてムカつく。アキは二人の表情など気に留める様子もなく買ってきたお菓子を机に並べていく。クッキーにサワークリームオニオン味のポテトチップス、それから大福。アキが初めて家に来た日に貰ったものと同じやつ。はいどうぞ、と直接手に乗せてくれたそれは、俺の心をぎゅうっと掴んだ。

 好き、なのかもしれない。

 人懐っこくて屈託なく笑うアキが、陽に照らされて明るくなった髪を揺らすアキが、膝の上で幸せそうに眠るアキが、俺のこと大事に思ってくれているアキが。
 でもそれがもし、本当にアキの生まれ変わりなのだとしたら、それはとてつもなく苦しい。アキだから懐いてくれていて、アキだから大切に思ってくれているのなら。好きだなんて言えるはずがないし、思うことすら許されないような気がする。
 自覚した恋心と溢れそうになってしまった涙を纏めて大福と一緒に飲み込んだ。










しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...