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しおりを挟むアキが来てから三週間。俺はアキが何者なのか段々とわかってきた気がする。
だけどそれはとても嬉しくてとても苦しい。わからないまま一緒にいたい。
***
もしかして、と思うきっかけは夢だった。同じような夢を何度も見る。
昔飼っていた犬のアキが、人間のアキに変化していく夢。あくまでも夢だから現実ではありえないことだってわかっている。それでもそう思わずにはいられない。
アキとアキは、似過ぎている。
「俺はハルを笑顔にするために戻ってきたんだ」とアキは言った。何を言っているのかさっぱりわからなかったけれど、戻ってきたという事は前にも居たという事。俺の知ってるアキは、あの賽銭箱の隣でタオルにくるまって震えていたアキだけだ。
「ハルってさ、生まれ変わったら何になりたい?」と聞いてきたアキを思い出す。
―――生まれ変わったら。
高校生にもなって何を言ってるのか、どんだけ頭がおかしいこと思っているのかわかっている。笑われるのが確実だから誰にも相談なんかできない。
日曜日、シュウが遊びにくると言っていた。寒くも暑くもない気候で、シュウがくるまでリビングでだらだらと過ごしている。アキと一緒に住んでいることは知っていて、様子を見にきたいと言っていたけど予定が合わず、二人の生活が始まってから三週間が経とうとしていた。ソファに座ってスマホをいじっていると、アキが膝に無理矢理に頭を乗せてきた。
「ちょいと失礼」
「重てぇな」
ごろんと横になってソファから飛び出ないように膝を丸めている。その姿はやっぱりアキと被る。アキも俺の膝で眠るのが好きだった。まさに今目の前で眠ろうとしているアキと同じ茶色と黄色が混じったような毛を揺らして頭を撫でろとぐりぐりしてきた。
思い出してしまったら、同じように撫でてしまいたくなる。スマホ画面を見ながらほとんど無意識に片手でアキの髪を梳いた。アキは驚く様子もなく、満足そうに黙って髪の毛を撫でられている。ゆったりとした時間が流れる中でぼんやりと転生について考える。
家族がいなくなってすぐの頃、自分が死んだあとのことをよく考えた。鼻か口か、わからないけれど魂みたいなものがスルリと抜けて、空っぽになった身体を後にして新しい容れ物を探す。人間なのか動物なのか、自然のものなのかわからないけれど、そうやってまた別の人生を歩むなんてことあり得るのだろうか。これは生きてる側の都合のいい願望だけど、もしそうなってくれれば、悲しくない。一度に失った家族がどこかでカタチを変えて生きているんだと考えていれば、少しでも不幸から逃れられる気がした。
だからもし、もし本当にこのアキが、あのアキなのだとしたら、俺のために生まれ変わってここに居てくれるのだとしたら、それは死ぬほど幸せなことだ。俺とアキの兄弟とも親友とも言い難く何にも代えられない絆が、こうして二人を繋いでくれているだなんて、奇跡みたいな幸せだ。膝に乗っているアキのふわふわ頭の重さが心地よくて、上下する肩の動きに合わせてゆっくり呼吸し目を閉じた。
「え、お前らそーゆー関係?」
いつの間にか来ていたシュウがリビングの扉を開けて発した一言目。
「修平、いらっしゃい!」
「俺の家だばかやろう」
声に気づいて起き上がったアキがシュウのもとへ走る。二人は波長が合うのか学校でもよく話しているのを見かける。シュウの問いかけには真面目に答えるつもりはない。ほぼ冗談だと声色でわかるし、万が一俺たちが付き合っていてもシュウは動じないだろう。いや、付き合うなんてことはないけれど。
ほいと渡された袋には炭酸や緑茶といった飲み物が入っていた。お礼を言って受け取ってからシュウ専用のコップに炭酸を注いだ。アキのコップにも同じものを入れて、自分のコップには緑茶を入れた。飲みたいと思っている飲み物がドンピシャで入っていたので用意したのは恐らく愛子さんだろう。
「休日に膝枕で昼寝だなんて見る人が見たら勘違いされるぞ」
「見る人が見ないからいいんだよ」
「俺ハルにくっついてるとすぐ眠くなんだよな」
「あーこいつ体温たけぇもんな」
「どおりでいつも眠いわけだ」
学校にいるときと特に変わらない会話を済ませ、テレビゲームをしたり動画を見たり各自スマホをいじったり、俺とシュウは受験生だから勉強するべきなんだろうけれど、そういう必要なことは友達がいないときにするべきだ。友達と一緒のときは、無意味なことばかりして過ごしたい。
「なぁ、なんか腹減ってきた」
「コンビニ行くか」
「だる」
ジャンケンで一人が買い出しに行くことになった。こういうときアキは負けやすい。案の定おやつの買い出しはアキに決定し、ゴロゴロとラグに転がったまま見送った。
アキが居なくなって少ししてから、沈黙を破ったのはシュウだった。
「アキってさ、結局誰だったの」
「……」
「心当たりあんだ?」
シュウは何でもお見通しと言った顔で口の端だけあげて笑った。
「笑わないで聞けよ」
「……場合による」
「アキは、アキだと思う」
「……………は?」
「だからアキ。昔飼ってただろ」
「あぁ、あのアキ」
「お前生まれ変わりって信じる?」
「………………ごめん笑っていい?」
「真剣なんだけど」
口を尖らせて不貞腐れると、シュウは落ち着かせるように深呼吸をして改めて俺を見た。
「マジ?」
「もうアキにしか見えねぇんだよ。あの髪の色も、膝枕が好きなとこも、クッキーが好きなことも、俺に会いに来たことも懐いてることも、尻尾振ってるみたいに喜ぶところとか。あ、あと雷が嫌いなところも」
思い返せば何もかもがリンクして、こうやって言葉にするとそれが確信に変わってしまうほどにアキはアキだった。
「ま、まぁ俺も犬みてぇだとは思ってたけど」
シュウは考えるように腕を組み、溜息をついた。
「本当にあのアキだった場合、ハルはどうすんだよ」
「どうって?」
「生まれ変わりって見破ったら、消えちまったりして」
「なんだよそれ」
「ほら、おとぎ話ってそうだろ。人魚姫とかかぐや姫とか」
今までお世話になりました…と月に帰っていくアキを想像する。
ズキン。
絶対に面白いシーンになるはずなのに、胸が痛くなった。十二単衣を着て連れられていくアキ。泡になって消えるアキ。もう一緒にはいられないと家を出ていくアキ。どれを想像しても結果は一緒。ズクズクと鳩尾あたりが鈍くなって、一気に気持ちが沈んでいく。
出会ってから三週間しか経っていないのに、アキが居ない生活が想像できない。賽銭箱の隣で涎を垂らして眠っていたアキを見つける前は、どんな風に過ごしていたのか思い出せないほどだ。シュウがいて愛子さんがいて、学校も毎日そこそこに楽しくて勉強だって嫌いじゃない。家族を事故で亡くした自分のことを特別可哀そうな奴とも思っていない。なのにアキに置いて行かれる自分を想像すると、寂しくて寂しくて可哀そうでたまらない。
「ただいまー」
何も知らないアキが帰ってきて、顔を見た途端に泣き出しそうになってしまった。
居なくなるかもしれないことに下がった気分が、帰ってきてくれた安堵に替わって全身の力が抜ける。
「…おかえり」
気恥ずかしくて小さく応えるのを隣でシュウがニヤニヤしながら見ている。何でもお見通しの顔がわかりやすくてムカつく。アキは二人の表情など気に留める様子もなく買ってきたお菓子を机に並べていく。クッキーにサワークリームオニオン味のポテトチップス、それから大福。アキが初めて家に来た日に貰ったものと同じやつ。はいどうぞ、と直接手に乗せてくれたそれは、俺の心をぎゅうっと掴んだ。
好き、なのかもしれない。
人懐っこくて屈託なく笑うアキが、陽に照らされて明るくなった髪を揺らすアキが、膝の上で幸せそうに眠るアキが、俺のこと大事に思ってくれているアキが。
でもそれがもし、本当にアキの生まれ変わりなのだとしたら、それはとてつもなく苦しい。アキだから懐いてくれていて、アキだから大切に思ってくれているのなら。好きだなんて言えるはずがないし、思うことすら許されないような気がする。
自覚した恋心と溢れそうになってしまった涙を纏めて大福と一緒に飲み込んだ。
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