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しおりを挟むもう何も考えたくない。
なのに頭から離れない。
俺はアキが好きだ。
***
熱が出てだるい身体に鞭をうって半ば這いずるように帰宅した。バイトは休ませてもらった。
制服のまま布団に倒れ込み、とにかく目を瞑って眠ろうと試みる。だけど瞼に最後に見たアキの表情がこびりついて消えない。
「ちくしょう…」
呟いて頬を叩く。しっかりしろ。小学生の頃、初恋の女の子が突然いなくなったときも、中学生で家族みんないなくなってしまったときも、乗り越えてきたじゃないか。アキはいなくならない。家から出ていくだけで、同じ学校に通うし二度と会えなくなるわけじゃない。言い聞かせても気分は下がったまま、所謂どん底に突き落とされて這い上がれない。
枕に顔を埋めて、何度も呪文のように繰り返す。アキはいなくならない。たとえ俺を好きじゃなくても、一緒にいれなくても、アキはいなくならない。
やっとウトウトとした頃、インターホンが鳴った。動けない。誰とも会いたくないから無視してしまおうと寝返りをうつ。またインターホンが鳴る。数秒後、また鳴る。
「あーもーしつけぇな」
舌打ちをして画面越しでお帰りいただこうとドアホンに手を掛けた。確認するとシュウが立っていた。
「あ、生きてる?」
「帰れ」
「まぁまぁ、入るぞー」
そもそも愛子さんにここの合鍵を渡しているのだからインターホンを鳴らさなくたってシュウは入ってこれる。わざわざ鳴らして様子を窺うなんて、シュウなりに気を遣っているのかもしれない。だとしても今は誰にも会いたくない。勝手に入ってもらうとして自分は布団の中へと戻ることにした。
「お、おじゃまします」
玄関から聞こえた声に心臓が反応する。シュウじゃない、この声は…。
「ハル、大丈夫?」
「もう来るなって言っただろ」
「そんな訳には行かないよ。熱下がってないでしょ」
「…シュウは」
「これからバイト行くって」
今この世の中で一番会いたくない奴が目の前にいる。布団を頭から被って視界に入れないようにしていると「とりあえずお粥作っておくから」と声がして、キッチンからがちゃがちゃと音がし始めた。あいつお粥なんか作れるのかな、犬なのに。と熱と頬に当たった舌の感触を思い出して混乱した頭でわけのわからない心配をしてしまう。おずおずと布団から出て、寝室からこっそりキッチンの様子を覗いてみると、思っていたよりもテキパキと迷いなくお粥を作っているアキがいた。卵を溶いて鍋に流し入れている。優しい匂いが鼻を刺激して、ほんの少しだけ気分が落ち着いた。
「出来たけど、食べる?」
突然声がして驚いて見ると、アキがキッチンからこちらを見ていた。慌てて布団に潜りなおして、今はいい!と叫んだ。ゆっくりと足音が近づいてきて、寝室の前で止まった。
「じゃあ食べれそうな時にチンしてね」
「…どーも」
「ハル、話がしたい」
「俺は話すことなんか、」
またじんわり鼻が痛くなってきて嫌になる。俺はいつの間にこんなに泣き虫になってしまったんだろう。
「横になったまま、俺の顔見なくてもいいから。少し話そ」
そう言ってアキが布団の横に座った。何を今更話すことがあるというのか、俺がやだやだと喚いてもアキは家を出ていくんだろう。
「ハルは、俺の事思い出してくれたのかな」
「…」
「俺はハルの事、忘れた日なんてなかった」
「おれは、」
思わず起き上がり布団から顔を出した。俺はアキが誰なのか、伝えてしまったら居なくなるんじゃないかとビビっている。でも、言わなくてもアキはこのまま離れていくのかもしれない。生まれ変わりだなんておとぎ話のようだけど、いつもハッピーエンドで終わる訳じゃない。俺とアキの物語も、進展がないまま終わらずにいれるなんて有り得ないのかもしれない。だったら、もうやけくそだ。
「俺は、アキが好きだ」
ハッピーエンドじゃなくてもいい。今伝えなかったらきっと後悔する。俺の前から居なくなる前に、ちゃんと伝えて、ありがとうと言わなくちゃ。前に進むためにはこれしかない。震える手に力を入れて、アキと向き合った。
「ハル、今なんて」
「だからお前が好きだっつったんだよ」
なんて可愛げのない告白なんだろう。自分でもツッコミを入れたくなるほどの愛想のなさ、何故だか喧嘩腰になってしまう口調に膨れた頬。もしこの表情だけ見てる人がいたら、間違っても告白をしてるとは思わないだろう。
「アキは、アキなんだろ。生まれ変わってでも会いに来てくれて嬉しい。でもごめん、俺、アキの事好きになっちまった。親友とか兄弟とか、もう思えないんだよ」
アキは困惑したように瞳を揺らしている。俺はやっぱり涙が溢れて、ぽた、と一粒手に落ちた。
「ハル…俺もハルが好きだよ」
両手を握って、手に落ちた涙を舌で拭った。両手で両手を包んで祈るように顔を近づけるおまじない。
「これ、お母さんがよくしてくれた。お前も覚えてたんだな」
何か落ち込んだとき、悩みがあるとき、勇気を出したいとき、母親がおまじないだと言ってしてくれた。絶対に効果があるわけじゃないのに、何故か元気が出るのだ。
「今までありがとう。アキが帰ってきてくれてほんとに嬉しかった」
正体を見破った以上、アキは消えてしまうだろう。腹を括ってアキを抱き締めた。この温もりも匂いもなるべく忘れたくない。キラキラと光って消えていくアキを想像して、やっぱり離れたくないと抱き締める腕に力が加わった。
「ねぇ、ハル…」
「さよなら」
言いたいことはちゃんと言えた。後悔はない。アキの声を聞きながら目を閉じた。これでほんとに、さよならだーーーーー。
「ハル、さっきから何言ってんの?」
目を開けるとアキは光ってなんかいなくって、困ったようにこちらの顔色を窺っていた。
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