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しおりを挟むハルの涙を止めるのは、俺の役割だと思った。
だからこうして会いに来た。
***
小学生の頃、少しの間だけこの街で暮らしていた。
おばあちゃんの家があって、いい病院が近くにあったからだ。産まれたときから心臓に穴が開いていて、激しい運動は控えさせられていた。実際走るのは好きだけどすぐに疲れてしまうし、風邪も引きやすかった。心配した両親は大きな病院に相談をした。自然と塞がるのを待っていたけれどそれは小学校に行っても完治までは程遠く、早くみんなと走りたいと思っていた俺は手術を望んだ。
手術日までの願掛けだと切らずにいた髪は肩まで伸びて、顔にかかる髪の毛がうざったくてカチューシャをつけて過ごしていた。ハルと会ったのは病院の近くの公園だった。
「一緒に遊ばないの?」
みんな自分が遊ぶのに必死で俺が居ることすら気付かないようだったのに、ハルだけが話しかけてくれた。手術の日が近づくにつれて少しずつ弱気になっていって、公園で走り回るこども達を見て、俺も早くあぁなれるようになるんだ、と鼓舞させるために毎日ベンチに座っていた。ハルは俺の隣に座って色んな話をしてくれた。大福が好きなこと、友達としょっちゅう喧嘩すること、お母さんとお父さんが大好きなこと。毎日同じような時間にハルのお母さんが迎えにくるけれど、なかなか帰りたがらなくてお母さんを困らせていた。「シュウが一人になっちゃうから」と喧嘩ばかりの友達のことを想っての行動だということもこっそり教えてくれた。
ハルとベンチで過ごした一週間は、俺にとって宝物みたいに大事な思い出になった。いよいよ明日が手術だという日、恐怖で震えた俺の手を両手で包んで祈ってくれた。おまじないだと手に唇をくっつけて、たくさん力を込めてくれた。俺はハルのおかげで今生きているんだって、本気でそう思っている。
手術のあと、挨拶をする間もなく実家に帰った。成功を祝って髪もさっぱりと切って、少しずつ走り回れるようになり、出来ることが増えていく度にハルに会いたいと思った。ハルに会って、ありがとうを言いたかった。毎日目まぐるしく変化していく中で、変わらないのはハルへの気持ちだけだった。
中学生になってもハルのことを毎日想った。身長伸びたかな、さすがにもう公園では遊ばなくなったかな、まだ俺のこと覚えているかな。擦り切れてしまいそうなほど何度も頭で再生させたハルの笑顔はまだ小学生で、今はどんなふうに成長しているのだろうとたくさん考えた。
そんなとき、新聞でハルの家族の記事を見た。
大型のトラックが乗用車に突っ込んで、乗っていた夫婦が亡くなった。載っていた小さな写真は、ハルのお母さんだった。おそらく隣に並んでいるのはお父さん。ハルが大好きだと言っていた両親。
ハルに会いに行かなくちゃ。
中学生の俺はあまりに無力で、両親を説得させることも一人でおばあちゃんちに行くことも出来なかった。それどころか両親はめきめきと運動能力が成長していく俺の為にスポーツ推薦で入れる高校を用意していた。高校に入学した後もハルに会いたい気持ちは変わらず、両親の説得、一人でハルの街に行けるようにバイトでお金も貯めた。
ハルに会いたい。
俺を突き動かすのは、ただこれだけだった。
ようやくハルに会いに行けたのは高二の秋。両親には強引に転校を認めてもらってこの街に来た矢先、大家と揉めて家を失った。神社で眠りこけて目が覚めた時、この世で一番会いたかった人が立っていた。
「会いたかったよ、ハル!」
感動の再会のはずだったのに、ハルは俺を覚えていなかった。
その場で思い出してもらっても良かったけど、なんとなく会いたがっていたのは自分だけだったのが寂しくて、すぐには伝えられなかった。祈るようなおまじない、思い出して欲しくてやってみたけどハルはきょとんとするだけだった。
ハルは想像していた何倍も可愛くなっていた。思っていたより少し背が低く、髪の毛はあの頃と変わらず黒くて特にセットをしなくても気にならない程度の直毛で、成長を願ったのか大きめのカーディガンを羽織っているのが愛らしさを際立たせていた。気になったのは表情。溌剌としていたイメージとはかけ離れて、どこか気怠そうにぼんやりしているようなハル。修平の提案でハルの家に行くことになったときに、少しでも笑ってくれたらと心の中で意気込んだ。
あれから三週間、ハルは出会った頃よりぼんやりしたり悲しい表情を見せることが増えた。理由は俺だと思う。ハルがあまりに可愛くて、時々我を忘れて触りたくなってしまう。ふとした時に見せてくれる笑顔とか、無意識でも頭を撫でてくれる時とか、とにかく自制がきかなくてハルを抱き締めてしまうし、この前はキスをしてしまいそうになった。これ以上一緒にいれば、そのうち、ハルを傷つけてしまう気がする。怖くて、逃げ出したくなった。
なのにハルは俺を好きだと言う。なんだかよくわからない生まれ変わりの話をして、おとぎ話のフィナーレをむかえた主人公のようにやり切った表情で俺に別れを告げた。
ねぇハル、もしかしてまだ一緒にいれるんじゃない?
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