人間さんと暮らしてみましたが、ちっとも馴染めません。

白光猫(しろみつにゃん)

文字の大きさ
33 / 39

初体験

しおりを挟む
 それから私たちは、【馬車】という箱に乗って、アーシュの巣である【離宮】という建物へと移動しました。

 初めての馬(うま)さん! おっきい!
 毛並みがツヤッツヤで、尻尾もフッサフサ! 綺麗です!

 馬車の中は揺れて危ないとのことで、隣に座ったアーシュが、ずっと腰に手を回してくれていました。肩に頭をもたれさせると、さらに安定すると言われましたが、眠くなりそうなので断りました。ごめんなさい。

 離宮は、先程の宮殿ほどではないですが、とても大きな建物でした。アーシュだけの巣だそうです。
 建物の見学や細かい説明は後日ということになりました。何もかも初めてづくしな私が、混乱しないように配慮してくれたようです。

 途中まで付いてきたレオさんでしたが、いつの間にかいなくなっていました。
 明日また会えるそうなので、灰色の毛並みを触るのはその時までお預けです。楽しみは先に取っておきましょう。

『ずっと荒野にいて、髪も服も砂だらけになってしまいましたね。まずは湯あみをして着替えましょうか』

 アーシュはそう言うと、部屋まで付いてきたガレノさんに何やら指示しました。小さく頭を下げて、ガレノさんが部屋から出ていきます。やはりアーシュの方が上下関係が高いみたいです。

『【湯あみ】というのは何ですか?』
『え? 身体をお湯に浸けて、汚れを落としたり、温まったりする習慣のことですが……ご存じありませんか?』
『お湯に浸かる? 身体を煮るのですか? 泉で水浴びはよくしますが……酷く汚れたときは、父様に言えば服ごと綺麗にしてもらえました』
『……それは【浄化魔法】のことでしょうか?』
『よくわかりません。父様が指を鳴らせばおしまいでしたから』
『無詠唱ですか……やはり格が違いますね』

 アーシュが苦笑しました。
 え? あんな指パッチンが、そんなに凄いことなのですか?

『私もできますけど』 
『……は?』
『最近習ったばかりなので、失敗したらすみません』

 微量の神素を周囲に放出して、右手でパッチン!

 森の外だったので少し不安でしたが、無事にかかったようです。神素が霧散したと同時に砂埃は消滅し、我々の髪の毛も肌もサラッサラになりました。
 大成功です。やったぁ!

 部屋の掃除も、これくらい手際よくやりたいものです。
 一度パッチンして小屋ごと燃やしてしまってから、みんなに禁じられてしまいました。大爆笑した父様が元に戻してくれましたが、あれは心の底から反省しています。

 そういえば、今の指パッチンで、アーシュが焦げなくて良かったです。
 少し危なかったことは、内緒にしておきましょう。世の中には知らなくても良いことがたくさんあります。

『……驚きました。イレーヌも魔術が使えるのですか』
『魔術? これが魔術なのですか? 加減もわからず失敗の連続なので、ほとんど使っていなくて……ああっ! そうだ【湯あみ】が! アーシュ! 湯あみはもう無理ですか? 私ったら調子に乗って余計なことを!』

 人間さんの習慣を体験したかったのに!
 せっかくの機会を、自分で潰してしまうだなんてっ! ありえない!

『……湯あみ、してみます?』
『はい! まだ可能ならばぜひっ!』
『そんなに目を輝かせて……、あなたは本当に可愛らしい方ですね』

 よほど必死すぎたのか、クスクスと笑われてしまいました。

『アーシュも一緒に入りますよね?』
『……え?』
『……は?』
『い……、一緒にですか? それはその……私はもちろん構いませんが、イレーヌは平気なのですか? その……湯あみというのは、服を全部脱いで、裸で湯に浸かるのですよ?』
『裸に何か問題でも?』
『……』
『……どうしました?』
『いえ……そうハッキリ言われると、男としてはかなり複雑な気分です』

 みるからに気落ちした様子で、アーシュが深い溜息をつきました。
 え? いま何か、おかしなことを言いましたか?

 その後すぐに私たちは、【脱衣所】という場所へ移動しました。
 そこにも何頭かの人間さんたちが頭を下げていましたが、アーシュが声をかけると誰もいなくなってしまいました。

『あの人間さんたちは、一緒に入らないのですか?』
『彼らは、私が湯あみをするときに、いつも世話してくれる者たちです。今回はあなたがいるため下がらせました。人間は親しい者の前でしか裸を見せないのです。もしまたイレーヌが湯あみをしたくなったときは、必ず私に声をかけてください。慣れるまでは一緒に入らないと危ないですから』
『裸は、アーシュの前でだけ?』
『そういうことです』
『レオさんやガレノさんの前では?』
『……絶対にだめです』
『わかりました。皆様に失礼のないようにします』

 いつか人間さんたちと【湯あみ】をしてみたいですが、それにはまず言葉を覚えて、仲良くならないといけませんね。
 私に出来るでしょうか……ちょっぴり不安です。

『ここでまず服を脱ぎます。脱いだ服はその箱の中に入れてください。畳まなくとも大丈夫です。自分で脱げますか?』
『はい。もちろん』

 服を脱ぎだしたアーシュに習って、私も服を脱ぐことにします。
 ……とは言っても、寝間着だけですから、あっという間にスッポンポンです。服は無意識に軽く畳んでしまいましたが、まあ大丈夫ですよね?

 アーシュはどうかな? おや? まだ上着しか脱いでいませんね。
 何故こちらを凝視したまま、固まっているのでしょう?

 小首をかしげて上目遣いで覗き込めば、ギクシャクと視線をそらされました。
 耳が赤く見えるのですが、もしやアーシュも湯あみが楽しみで、興奮しているのかもしれません。ますます楽しみです。

 素早く裸になったアーシュは、体型が父様に似ていました。
 無駄のない引き締まった筋肉が全身を覆っています。雄らしく強そうに見えて、実に羨ましいです。

『イレーヌの髪は長いですから、濡れないようにあげておきましょうか』
『あっ、自分でやります』

 髪を適当に後ろでくるくるっとまとめて、アーシュが差し出してくれた留め具で挟みこみました。白い花飾りがたくさんついた造りで、雄の私に似合いそうもないですが、お借りしている立場なので不満は喉元で飲み込みます。

『これでいいですか?』

 ほつれ毛が無いか、うなじに手をやりながら振り返ると、アーシュの熱っぽい眼差しと目が合いました。

 私が失敗しないか真剣に見守ってくれていたようです。
 でも髪をあげるくらい自分でできますよ? 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

処理中です...