人間さんと暮らしてみましたが、ちっとも馴染めません。

白光猫(しろみつにゃん)

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眺望

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 ……なんて。
 今にして思えば、大した悩みではなかったです。
 呑気なあの頃に帰りたい……というか、離宮そのものに帰りたい。

 誰かぁ――っ! 助けてぇ――!


 私はいま、空に浮いています。
 翼もないのに不思議ですよね? 自分でもそう思います。

 ふわふわと風に流され、どんどん、どんどん、どんどんと、離宮から離れていってます。強い風と、いつ落下するともしれない恐怖で、身体も心もボロボロです。助けを呼ぼうにも周囲には鳥さんすらいません。見通しが良すぎて絶望感しかありません。

『……父様、助けて』

 震える身体を丸めながら、小さく呟けば、

『ほいよ』

 いま一番会いたかった存在が、ぽすんと風下で受け止めてくれました。

『おまえ、呼ぶの早すぎ』
『――ッ! 父様!』

 たっ……、助かった!
 ようやく安心して縋りつける物体が見つかりましたよ!

『どうしてこんなところに!』
『いやそれ俺の台詞だから。しかも呼びつけたの、おまえだから。おいこら、そんな情熱的に抱き着いてくるんじゃねえ。親を絞め殺す気か』
『いまだけは死なれたら困ります! 生きてっ!』

 こんな上空なのに、父様は背筋まっすぐで涼しい顔です。強かった風も、父様が来た途端にピタッとやみました。上にある雲は流れていってます。ここだけのようです。
 ビクともしない安心感が嬉しくて、私はその頼もしい身体に、正面から必死にしがみつきました。

『しょうがねえなあ。この甘えん坊が』

 父様は呆れながらも、私が楽になるように、しっかりと抱え直してくれます。
 薄紫色の双眸が、すぐ間近で柔らかく細められました。

『こんなに早く呼ばれるとはなあ。宮殿で王子とよろしくやってたんじゃねえのか?』
『アーシュたちが部屋からいなくなって、窓を開けて、上から外を眺めていたらこうなりました』

 直接触りたくなって、それで……。

『気持ちが前に出過ぎて、そのまま飛びたっちまったと。まさに巣立ちじゃねえか。おまえ親孝行だな。教える手間がはぶけたぜ』
『親ならまず、飛べる事実を教えといてください』
『おまえは母親に似て頑丈に出来ている。そう簡単にくたばりゃしねえから、何かあっても、身をまかせてどう転ぶか楽しんでみればいい』
『とりあえず、今は全然楽しくないので地面に降りたいです』
『高い所が怖いのか? 俺の子供が? ハハッ! なんの冗談だ?』
『何を笑って……ぅっ!』

 ふわっと胸がせりあがる感覚がして、次の瞬間には地面に降ろされていました。
 見晴らしの良い丘からは、初めてだらけの光景が無限に広がっています。

『……すごい』
『あれは【街】という。人間どもの住処(すみか)だ』
『あの建物の隙間でうごめいているのが、全て人間さんなのですか?』
『ああ』
『まるでアリさんのようですね。全然とぎれなくて…、あっ、みんな何か持って運んでる! 本当にアリさんみたい!』
『楽しそうだなあ。イレーヌ』
『はい。とっても!』
『そうか。慣れっていうのはつまらねえもんだ。俺には全く別なものに見える』
『別なもの?』
「イラネエモノ」
『??』

 同じ景色を眺めているはずなのに、父様はちっとも楽しそうではありません。
 せっかく、親子で森の外にいるのに……
 そうだっ! 

『父様! お風呂って知っていますか?』
『なんだあ? やぶからぼうに』
『知っていますか?』
『知ってる』
『今度一緒に離宮のお風呂に入りましょう。アーシュに頼んでみますね。あのヌルヌルに浸かれば、つまらなさなんか吹っ飛びます。温かくて、すごく気持ちがいいのですから』
『……そんなもんか?』
『そんなものです』

 腕を組んでウンウンと頷けば、父様は少し考えて、

『……そんなもんかねえ』

 とまた同じことを呟きました。
 でもまんざらでもない様子なので、ご機嫌は直ったようです。
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