11 / 33
第二章 臣下とは王のために存在する
あっそびましょー!
しおりを挟む
ギルバートの職場は、王立騎士団本部だ。
王城の東側に位置する、五階建ての建物――その三階に、彼の執務室が存在する。
部屋の中にあるものといえば、重厚な机と、黒い本革のイスだ。
応接セットの、三人がけソファは高級感があるが、そのほかに豪華な調度品などは見当たらない。
いちばんの特徴は壁面収納で、床から天井までが本棚になっている。
三時間ぶりに戻ってきたが、出てきたときとなんら変わらずに、机には書類が山積みだ。
いつもなら見て見ぬふりをするが、最愛の妹からエールをもらってきたばかりなので、やる気はじゅうぶんだ。
書類を認可・不認可にわけ、演習や合同訓練の報告書に目をとおす。
サインが必要な書類は、百枚はくだらない。
ギルバートはそれをひとまとめにして、執務室の中央――カーペットが敷かれた床におく。
いちばん上に、彼のサインが書かれた書類を乗せて、手のひらでおさえつけた。
「構築。魔力感知および複写。指定範囲、真下の書類」
ヴンと音がして、ギルバートの上にオレンジ色に光る魔術陣があらわれた。
「術式展開」
魔術陣が、発光してはじける。
光がおさまると、書類すべてに「ギルバート・ブレイデン」のサインが複写されていた。
これはサインのしすぎで腱鞘炎になりかけたギルバートが、切実な思いで編みだした複写の魔術だ。
インクに自分の血を混ぜることで、サインに微々たる魔力がやどる。
それを感知して、指定した書類すべてに複写をおこなうというものだ。
王立と名がつく建物内は、基本的には魔術が発動しない造りになっている。
しかしギルバートの執務室は、そのかぎりではない。
「カーペットの下に、魔術陣を書いておいて正解だったな」
複写されたサインを見ながら、ギルバートが満足そうに独り言ちる。
魔術陣は、難解な古代文字を正確に書きうつす必要があるため、一朝一夕では完成しない。
そのうえその魔術陣を使用できるのは、最初にそこで魔術を発動させた者のみ、という制約つきだ。
膨大な手間をかけても、その恩恵を受けられるのは、たったのひとり。
そのため魔術陣を設置するのは、よっぽどの理由があるときに限られる。
ギルバートがカーペットの下に魔術陣を書いたのは、残業つづきの深夜テンションだった。
ある晩、疲れのピークを通りこしてハイになり、ここに魔術陣があったら良くね? ととうとつにひらめいた。
難解な古代文字を模写するだけの、体力が残っていたことが勝因だ。
せっかく書いたのだから、水をこぼしたぐらいで消えてもらっては困る、とついでにカーペットに防水加工を施した。
それが魔術陣が完成して、さいしょに発動させた魔術となった。
ちなみに、ここに魔術陣が書いてあることは、いまのところ国王には秘密である。
処理済みの箱に書類を入れて、休暇申請書にとりかかる。
期間は来月の二十日から二十六日。
日付を書きいれた瞬間、バンッと扉がひらいた。
「ギールーくん! あっそびましょー!」
ノックも無しに執務室の扉を蹴りあけたのは、白衣を着た猫背の青年だった。
ぼさぼさの黒髪は、目を覆うほどに伸びきっている。
黒ぶちめがねのレンズにはよごれが付着し、それで前が見えているのかと問いたくなる容貌だ。
両腕でかかえてきた大掛かりな装置を、断りもなしに机の上におく。
間一髪で机の書類を抜きとったギルバートが、声をあらげて彼の名をよぶ。
「ブラットリー!」
「ちょっとさー、ここに魔力を注いでほしいんだけどー」
ブラットリーは猫背をさらにかがめるようにして、装置の一部を指す。
そこだけ弾力がありそうな、緑色のなぞの素材でできている。
「ことわる。でていけ」
「手のひらを、ここにつけてねー」
ブラットリーはいきなりギルバートの右手をわしづかみ、ぐいっと装置に押しつけた。
ぐにゃり、とした感触に、ギルバートの腕が硬直する。
「はい、ぱっくーん♪」
「うわっ!?」
緑色が急にふくれあがり、ズブリとギルバートの手首まで埋まる。
直後カチカチに固くなって、押しても引いても手を抜くことができなかった。
「おい! 俺の手を解放しろ!」
「あ、ついでだから、定期健診しよっか」
「人の話を――」
「はい、あーん」
「ぐっ!?」
むりやり口内に器具をつっこまれ、ギルバートがむせる。
それを気にも留めず、ブラットリーは器具を抜きとると、ギルバートの瞼を指でひっくりかえした。
「いつ見ても希少宝石のような魅力的な瞳だねぇ。――おっと」
その声音に悪寒を感じたギルバートが、自由なほうの手で、ブラットリーを払いのける。
風を切る音がしたが、ブラットリーが僅差で避ける。
彼はニヤリと笑いながら、降参するように両手を上げた。
「おびえなくても、えぐらないよぉ」
「どうだか」
「いま欲しいのは、魔力と血液だから」
ブラットリーは注射器を取りだす。
「どーこーかーらーとーろーうーかーなー♪」
「腕にしろ!」
へんな箇所から採血されてはたまらない、とギルバートは腕を突きだす。
どうしておとなしく言うことを聞いているかというと、騎士団に所属する魔人は、毎月の定期健診が義務付けられているからだ。
問診と血液検査だけの簡素なものだが、毎月の魔力量や濃度、質がわかるため、異変の兆候をいちはやく発見できるとされている。
魔人じたいが珍しいこともあり、検診を請けおう王都魔術研究所の職員からは、検体のようなあつかいをされている。
ギルバートの担当は、この猫背の青年、ブラットリー・マクスウェルだ。
王都魔術研究所の副所長でありながら、医師免許を所有する。
マクスウェル伯爵家の次男という由緒ただしい生まれだが、性格に難があることで有名だ。
魔術の研究に関しては王都一と謳われているが、いかんせん魔術バカというか、天才となんとかは紙一重、というやつである。
「はい、おしまーい」
ギルバートの血液がはいった採血管を大事そうにしまい、ブラットリーがわらう。
「じゃ、痛いけど、がんばってね」
「は?」
ブラットリーが、パチンと指を鳴らす。
ギルバートの腕を拘束している装置が、ブィンと唸った。
「おい、まさか――ぐッ!」
急激に魔力を抜かれる感覚に、ギルバートの息がつまる。
体中を針で刺されるような激痛に、脂汗がふきだした。
「んふふ。規定量に達するまで、ぜったいに獲物を逃がさない魔術陣をつかっているんだぁ」
「獲物っていうな!」
ブラットリーは、上半身を装置に乗りあげながら、笑顔で試験管のフタをあけた。
「汗、もらっとくねぇ」
いうがはやいか、ギルバートの額から勝手に汗を採取する。
「いってぇ! くそっ! 壊す!」
それどころではないギルバートは、左手でもたつきながら抜刀する。
「あっ、だめだめ! ギルくんの脳筋!」
ブラットリーが、ギルバートの左手をつかむ。
両手のブラットリーと、片手のギルバートでは、力の差は歴然だった。
そのうえギルバートの握力は、痛みのために弱まっている。
ブラットリーは軽々と剣を抜きとると、ソファにむかって投げすてた。
「俺の剣を、乱暴にあつかうな!」
「あ、なみだも取れそう」
「おまえ、一発なぐらせろ!」
「あはは、やってみればぁ?」
そのとき執務室の扉がノックされたが、ギャーギャーとさわぐふたりは、まったく気づかなかった。
「ギルバート団長、入りますよ」
あらわれたのは、副団長のエリオット・ローガンだ。
入室一歩で、目のまえの光景に足を止める。
机をはさんで、上官と猫背の白衣がもみ合っている。
またか、というあきらめに似た感情しか起こらなかった。
エリオットに気づいたふたりが、顔をあげる。
「エリオット! 加勢しろ!」
「やっほー、リオくーん」
同時に呼ばれ、エリオットはふたりに問う。
「どういう状況ですか、これは」
「箱が、俺の手を離さない!」
「今ねぇ、八十六パーセント」
要領を得ない答えに、エリオットがいぶかしむ。
「いってぇんだよクソがッ!」
ギルバートがさけんだかと思うと、やけくそのようにこぶしを机にたたきつける。
苦痛の表情で目をきつく閉じる彼に、エリオットはかけよった。
「なにが起きているんですか!?」
うなるギルバートが、頭をかかえこむように机につっぷす。
埒が明かず、エリオットはブラットリーを問いつめる。
「ブラットリー副所長、どういうことですか」
「忠犬リオくんだぁ」
「茶化さないでください」
チーン! と装置から電子音がした。
「できたぁ!!」
ブラットリーが、ぱっと顔を輝かせて、装置から金色のなにかをとりだす。
それと同時に、ギルバートの手首の拘束が解ける。
ようやく痛みから解放され、ギルバートは利き手をおさえながら、脱力するようにイスにもたれかかった。
「だいじょうぶですか?」
エリオットの問いに、ギルバートがためいきをつく。
「利き手がしびれて動かねぇ。握力がもどったら、ブラットリーをたたき斬……俺の剣!」
剣をとられたことをおもいだし、ギルバートはとっさにたちあがる。
直後、ぐらりと世界がゆれた。
気がつくと、天井を見ていた。
「あ……?」
「ギルくん、おはよー」
のぞきこんでくるブラットリーの顔をおしのける。
なんでソファに寝ているんだ、と疑問におもいながら、ギルバートは身を起こす。
ブラットリーが、となりに座ってたのしそうにわらう。
「二分三十九秒、気をうしなっていたよ」
「……こまけぇ」
「忠犬リオくんは、軍医を呼びにいきましたー」
「いらねーっつっとけ」
額に手を当てると、カシャンと聞き慣れない金属音がした。
右手首に、いつのまにか金の腕輪がはまっている。
ふしぎな文様が彫られ、ひときわ目をひくのはネオンブルーのうつくしい宝石だ。
すきとおる宝石に、複数の魔術陣が埋めこまれているのがみえる。
これがただの装飾具でないことの、証拠だった。
「……術具か」
魔術の発動を、補助する道具を「術具」とよぶ。
ブラットリーは術具を作るのに長けており、試作品を持ちこんではギルバートに使わせようとする。
「ギルくんの瞳の色に合わせたんだ。きにいったぁ?」
ブラットリーの戯れを耳に、ギルバートは複雑にからまる魔術陣を凝視する。
「転移魔術陣に……固定魔術? なんだこの術式」
「名付けるなら帰還の腕輪。『帰還する』って言うだけで転移室に飛べる、すっごい術具だよ。しかもほとんど魔力がいらない」
「ほんとうか!?」
「使ってみたくない? みたいよね?」
「そう、だな」
転移魔術は、難易度が高いだけではなく、多くの魔力が必要だ。
もしブラットリーの言うことが本当ならば、帰りの魔力の心配をしなくていいことになる。
「そうと決まれば、転移室にしゅっぱーつ!」
ブラットリーが、ギルバートの腕をひっぱって、ソファから立ちあがらせる。
ギルバートは怪訝そうに眉をひそめた。
「なぜ転移室だ? そこに飛ぶのだから、ほかの場所から試すべきだろ?」
王立の建物内は、基本的には魔術が発動しない造りになっている。
帰還の腕輪をためすには、いったん外に出る必要はあるが、転移室に行く必要はない。
「ええー? せっかくだから、長距離ためしてみようよぉ」
ブラットリーの笑顔に、ギルバートはとてつもなく嫌な予感がした。
長距離をためす――つまり自分はいまから、どこか遠いところに飛ばされる。
そこから、帰還の腕輪を使って帰ってこいということだ。
「まて! 俺をどこに転移させるつもりだ!」
ブラットリーが首をかしげて、あ、と声をあげた。
「わすれてた。はい、討伐命令書」
「は?」
「国王からの、おとどけものでーす」
「貸せ!」
ギルバートは、ブラットリーの手から書類をひったくる。
見慣れた朱印は玉璽にちがいなく、竜騎士団長ギルバート・ブレイデンにあてたものでちがいない。
なぜブラットリーが持ってきたのかは疑問だが、それよりも王命の内容に目を見張った。
「国境の山で、大型魔獣の目撃情報……単身討伐命令だと!?」
魔獣とは、鳥獣の特別変異種だ。
野生動物にくらべ、骨格が発達し、凶暴性が増している厄介な相手だ。
大型とつくものは、だいたいが建物ほどの大きさをしている。
「クソジジィの在位は23年か。もうじゅうぶんだろ」
ギルバートは殺気をこめながら吐き捨てる。
机に置かれていた剣をつかみ、鞘におさめた。
そんなギルバートの前に、ブラットリーが立ちふさがる。
「脅威になりうる大型魔獣を、単身討伐できたらすごい偉業だよねぇ」
「なにがいいたい」
「ごほうび、もらえるかもよー」
ブラットリーが、もう一枚書類をかかげる。
ギルバートが書いていた、休暇申請書だった。
「おまえ、いつのまに!」
「おっと」
ひょい、と頭上にかかげ、ブラットリーがわらう。
猫背の彼だが、実は身長が高い。
ギルバートの涼やかな碧眼を見下ろしながら、ブラットリーは口をひらいた。
「ぼくもねぇ、むりやり魔力を抜きとったこと、わるいとおもってるんだよ?」
「で?」
「援護してあげようか?」
ブラットリーは目を細めて、ギルバートにささやく。
「こんかいの定期健診の結果しだいでは、ギルくんには長期休みが必要って診断書が、出るかもしれないよねぇ?」
「……おまえ」
「かしこいギルくんが、いまから向かうのは、どこかな?」
にっこりとほほえまれ、どこか負けたような気持ちでギルバートはつぶやく。
「……行けばいいんだろ」
「はーい! 転移室に一名様、ごあんなーい!」
これで研究費がもらえるうえに、帰還の腕輪の実践データが集められる。
忠犬がもどってくるまえに事がうまく運び、ブラットリーはほくそ笑みながら、ギルバートの背中を急かすように押した。
王城の東側に位置する、五階建ての建物――その三階に、彼の執務室が存在する。
部屋の中にあるものといえば、重厚な机と、黒い本革のイスだ。
応接セットの、三人がけソファは高級感があるが、そのほかに豪華な調度品などは見当たらない。
いちばんの特徴は壁面収納で、床から天井までが本棚になっている。
三時間ぶりに戻ってきたが、出てきたときとなんら変わらずに、机には書類が山積みだ。
いつもなら見て見ぬふりをするが、最愛の妹からエールをもらってきたばかりなので、やる気はじゅうぶんだ。
書類を認可・不認可にわけ、演習や合同訓練の報告書に目をとおす。
サインが必要な書類は、百枚はくだらない。
ギルバートはそれをひとまとめにして、執務室の中央――カーペットが敷かれた床におく。
いちばん上に、彼のサインが書かれた書類を乗せて、手のひらでおさえつけた。
「構築。魔力感知および複写。指定範囲、真下の書類」
ヴンと音がして、ギルバートの上にオレンジ色に光る魔術陣があらわれた。
「術式展開」
魔術陣が、発光してはじける。
光がおさまると、書類すべてに「ギルバート・ブレイデン」のサインが複写されていた。
これはサインのしすぎで腱鞘炎になりかけたギルバートが、切実な思いで編みだした複写の魔術だ。
インクに自分の血を混ぜることで、サインに微々たる魔力がやどる。
それを感知して、指定した書類すべてに複写をおこなうというものだ。
王立と名がつく建物内は、基本的には魔術が発動しない造りになっている。
しかしギルバートの執務室は、そのかぎりではない。
「カーペットの下に、魔術陣を書いておいて正解だったな」
複写されたサインを見ながら、ギルバートが満足そうに独り言ちる。
魔術陣は、難解な古代文字を正確に書きうつす必要があるため、一朝一夕では完成しない。
そのうえその魔術陣を使用できるのは、最初にそこで魔術を発動させた者のみ、という制約つきだ。
膨大な手間をかけても、その恩恵を受けられるのは、たったのひとり。
そのため魔術陣を設置するのは、よっぽどの理由があるときに限られる。
ギルバートがカーペットの下に魔術陣を書いたのは、残業つづきの深夜テンションだった。
ある晩、疲れのピークを通りこしてハイになり、ここに魔術陣があったら良くね? ととうとつにひらめいた。
難解な古代文字を模写するだけの、体力が残っていたことが勝因だ。
せっかく書いたのだから、水をこぼしたぐらいで消えてもらっては困る、とついでにカーペットに防水加工を施した。
それが魔術陣が完成して、さいしょに発動させた魔術となった。
ちなみに、ここに魔術陣が書いてあることは、いまのところ国王には秘密である。
処理済みの箱に書類を入れて、休暇申請書にとりかかる。
期間は来月の二十日から二十六日。
日付を書きいれた瞬間、バンッと扉がひらいた。
「ギールーくん! あっそびましょー!」
ノックも無しに執務室の扉を蹴りあけたのは、白衣を着た猫背の青年だった。
ぼさぼさの黒髪は、目を覆うほどに伸びきっている。
黒ぶちめがねのレンズにはよごれが付着し、それで前が見えているのかと問いたくなる容貌だ。
両腕でかかえてきた大掛かりな装置を、断りもなしに机の上におく。
間一髪で机の書類を抜きとったギルバートが、声をあらげて彼の名をよぶ。
「ブラットリー!」
「ちょっとさー、ここに魔力を注いでほしいんだけどー」
ブラットリーは猫背をさらにかがめるようにして、装置の一部を指す。
そこだけ弾力がありそうな、緑色のなぞの素材でできている。
「ことわる。でていけ」
「手のひらを、ここにつけてねー」
ブラットリーはいきなりギルバートの右手をわしづかみ、ぐいっと装置に押しつけた。
ぐにゃり、とした感触に、ギルバートの腕が硬直する。
「はい、ぱっくーん♪」
「うわっ!?」
緑色が急にふくれあがり、ズブリとギルバートの手首まで埋まる。
直後カチカチに固くなって、押しても引いても手を抜くことができなかった。
「おい! 俺の手を解放しろ!」
「あ、ついでだから、定期健診しよっか」
「人の話を――」
「はい、あーん」
「ぐっ!?」
むりやり口内に器具をつっこまれ、ギルバートがむせる。
それを気にも留めず、ブラットリーは器具を抜きとると、ギルバートの瞼を指でひっくりかえした。
「いつ見ても希少宝石のような魅力的な瞳だねぇ。――おっと」
その声音に悪寒を感じたギルバートが、自由なほうの手で、ブラットリーを払いのける。
風を切る音がしたが、ブラットリーが僅差で避ける。
彼はニヤリと笑いながら、降参するように両手を上げた。
「おびえなくても、えぐらないよぉ」
「どうだか」
「いま欲しいのは、魔力と血液だから」
ブラットリーは注射器を取りだす。
「どーこーかーらーとーろーうーかーなー♪」
「腕にしろ!」
へんな箇所から採血されてはたまらない、とギルバートは腕を突きだす。
どうしておとなしく言うことを聞いているかというと、騎士団に所属する魔人は、毎月の定期健診が義務付けられているからだ。
問診と血液検査だけの簡素なものだが、毎月の魔力量や濃度、質がわかるため、異変の兆候をいちはやく発見できるとされている。
魔人じたいが珍しいこともあり、検診を請けおう王都魔術研究所の職員からは、検体のようなあつかいをされている。
ギルバートの担当は、この猫背の青年、ブラットリー・マクスウェルだ。
王都魔術研究所の副所長でありながら、医師免許を所有する。
マクスウェル伯爵家の次男という由緒ただしい生まれだが、性格に難があることで有名だ。
魔術の研究に関しては王都一と謳われているが、いかんせん魔術バカというか、天才となんとかは紙一重、というやつである。
「はい、おしまーい」
ギルバートの血液がはいった採血管を大事そうにしまい、ブラットリーがわらう。
「じゃ、痛いけど、がんばってね」
「は?」
ブラットリーが、パチンと指を鳴らす。
ギルバートの腕を拘束している装置が、ブィンと唸った。
「おい、まさか――ぐッ!」
急激に魔力を抜かれる感覚に、ギルバートの息がつまる。
体中を針で刺されるような激痛に、脂汗がふきだした。
「んふふ。規定量に達するまで、ぜったいに獲物を逃がさない魔術陣をつかっているんだぁ」
「獲物っていうな!」
ブラットリーは、上半身を装置に乗りあげながら、笑顔で試験管のフタをあけた。
「汗、もらっとくねぇ」
いうがはやいか、ギルバートの額から勝手に汗を採取する。
「いってぇ! くそっ! 壊す!」
それどころではないギルバートは、左手でもたつきながら抜刀する。
「あっ、だめだめ! ギルくんの脳筋!」
ブラットリーが、ギルバートの左手をつかむ。
両手のブラットリーと、片手のギルバートでは、力の差は歴然だった。
そのうえギルバートの握力は、痛みのために弱まっている。
ブラットリーは軽々と剣を抜きとると、ソファにむかって投げすてた。
「俺の剣を、乱暴にあつかうな!」
「あ、なみだも取れそう」
「おまえ、一発なぐらせろ!」
「あはは、やってみればぁ?」
そのとき執務室の扉がノックされたが、ギャーギャーとさわぐふたりは、まったく気づかなかった。
「ギルバート団長、入りますよ」
あらわれたのは、副団長のエリオット・ローガンだ。
入室一歩で、目のまえの光景に足を止める。
机をはさんで、上官と猫背の白衣がもみ合っている。
またか、というあきらめに似た感情しか起こらなかった。
エリオットに気づいたふたりが、顔をあげる。
「エリオット! 加勢しろ!」
「やっほー、リオくーん」
同時に呼ばれ、エリオットはふたりに問う。
「どういう状況ですか、これは」
「箱が、俺の手を離さない!」
「今ねぇ、八十六パーセント」
要領を得ない答えに、エリオットがいぶかしむ。
「いってぇんだよクソがッ!」
ギルバートがさけんだかと思うと、やけくそのようにこぶしを机にたたきつける。
苦痛の表情で目をきつく閉じる彼に、エリオットはかけよった。
「なにが起きているんですか!?」
うなるギルバートが、頭をかかえこむように机につっぷす。
埒が明かず、エリオットはブラットリーを問いつめる。
「ブラットリー副所長、どういうことですか」
「忠犬リオくんだぁ」
「茶化さないでください」
チーン! と装置から電子音がした。
「できたぁ!!」
ブラットリーが、ぱっと顔を輝かせて、装置から金色のなにかをとりだす。
それと同時に、ギルバートの手首の拘束が解ける。
ようやく痛みから解放され、ギルバートは利き手をおさえながら、脱力するようにイスにもたれかかった。
「だいじょうぶですか?」
エリオットの問いに、ギルバートがためいきをつく。
「利き手がしびれて動かねぇ。握力がもどったら、ブラットリーをたたき斬……俺の剣!」
剣をとられたことをおもいだし、ギルバートはとっさにたちあがる。
直後、ぐらりと世界がゆれた。
気がつくと、天井を見ていた。
「あ……?」
「ギルくん、おはよー」
のぞきこんでくるブラットリーの顔をおしのける。
なんでソファに寝ているんだ、と疑問におもいながら、ギルバートは身を起こす。
ブラットリーが、となりに座ってたのしそうにわらう。
「二分三十九秒、気をうしなっていたよ」
「……こまけぇ」
「忠犬リオくんは、軍医を呼びにいきましたー」
「いらねーっつっとけ」
額に手を当てると、カシャンと聞き慣れない金属音がした。
右手首に、いつのまにか金の腕輪がはまっている。
ふしぎな文様が彫られ、ひときわ目をひくのはネオンブルーのうつくしい宝石だ。
すきとおる宝石に、複数の魔術陣が埋めこまれているのがみえる。
これがただの装飾具でないことの、証拠だった。
「……術具か」
魔術の発動を、補助する道具を「術具」とよぶ。
ブラットリーは術具を作るのに長けており、試作品を持ちこんではギルバートに使わせようとする。
「ギルくんの瞳の色に合わせたんだ。きにいったぁ?」
ブラットリーの戯れを耳に、ギルバートは複雑にからまる魔術陣を凝視する。
「転移魔術陣に……固定魔術? なんだこの術式」
「名付けるなら帰還の腕輪。『帰還する』って言うだけで転移室に飛べる、すっごい術具だよ。しかもほとんど魔力がいらない」
「ほんとうか!?」
「使ってみたくない? みたいよね?」
「そう、だな」
転移魔術は、難易度が高いだけではなく、多くの魔力が必要だ。
もしブラットリーの言うことが本当ならば、帰りの魔力の心配をしなくていいことになる。
「そうと決まれば、転移室にしゅっぱーつ!」
ブラットリーが、ギルバートの腕をひっぱって、ソファから立ちあがらせる。
ギルバートは怪訝そうに眉をひそめた。
「なぜ転移室だ? そこに飛ぶのだから、ほかの場所から試すべきだろ?」
王立の建物内は、基本的には魔術が発動しない造りになっている。
帰還の腕輪をためすには、いったん外に出る必要はあるが、転移室に行く必要はない。
「ええー? せっかくだから、長距離ためしてみようよぉ」
ブラットリーの笑顔に、ギルバートはとてつもなく嫌な予感がした。
長距離をためす――つまり自分はいまから、どこか遠いところに飛ばされる。
そこから、帰還の腕輪を使って帰ってこいということだ。
「まて! 俺をどこに転移させるつもりだ!」
ブラットリーが首をかしげて、あ、と声をあげた。
「わすれてた。はい、討伐命令書」
「は?」
「国王からの、おとどけものでーす」
「貸せ!」
ギルバートは、ブラットリーの手から書類をひったくる。
見慣れた朱印は玉璽にちがいなく、竜騎士団長ギルバート・ブレイデンにあてたものでちがいない。
なぜブラットリーが持ってきたのかは疑問だが、それよりも王命の内容に目を見張った。
「国境の山で、大型魔獣の目撃情報……単身討伐命令だと!?」
魔獣とは、鳥獣の特別変異種だ。
野生動物にくらべ、骨格が発達し、凶暴性が増している厄介な相手だ。
大型とつくものは、だいたいが建物ほどの大きさをしている。
「クソジジィの在位は23年か。もうじゅうぶんだろ」
ギルバートは殺気をこめながら吐き捨てる。
机に置かれていた剣をつかみ、鞘におさめた。
そんなギルバートの前に、ブラットリーが立ちふさがる。
「脅威になりうる大型魔獣を、単身討伐できたらすごい偉業だよねぇ」
「なにがいいたい」
「ごほうび、もらえるかもよー」
ブラットリーが、もう一枚書類をかかげる。
ギルバートが書いていた、休暇申請書だった。
「おまえ、いつのまに!」
「おっと」
ひょい、と頭上にかかげ、ブラットリーがわらう。
猫背の彼だが、実は身長が高い。
ギルバートの涼やかな碧眼を見下ろしながら、ブラットリーは口をひらいた。
「ぼくもねぇ、むりやり魔力を抜きとったこと、わるいとおもってるんだよ?」
「で?」
「援護してあげようか?」
ブラットリーは目を細めて、ギルバートにささやく。
「こんかいの定期健診の結果しだいでは、ギルくんには長期休みが必要って診断書が、出るかもしれないよねぇ?」
「……おまえ」
「かしこいギルくんが、いまから向かうのは、どこかな?」
にっこりとほほえまれ、どこか負けたような気持ちでギルバートはつぶやく。
「……行けばいいんだろ」
「はーい! 転移室に一名様、ごあんなーい!」
これで研究費がもらえるうえに、帰還の腕輪の実践データが集められる。
忠犬がもどってくるまえに事がうまく運び、ブラットリーはほくそ笑みながら、ギルバートの背中を急かすように押した。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる