最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!

黒いたち

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第二章 臣下とは王のために存在する

あっそびましょー!

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 ギルバートの職場は、王立騎士団本部おうりつきしだんほんぶだ。
 王城おうじょうの東側に位置する、五階建ての建物――その三階に、彼の執務室しつむしつが存在する。

 部屋の中にあるものといえば、重厚な机と、黒い本革のイスだ。
 応接セットの、三人がけソファは高級感があるが、そのほかに豪華な調度品などは見当たらない。 
 いちばんの特徴は壁面収納へきめんしゅうのうで、床から天井までが本棚になっている。

 三時間ぶりに戻ってきたが、出てきたときとなんら変わらずに、机には書類が山積みだ。
 いつもなら見て見ぬふりをするが、最愛の妹からエールをもらってきたばかりなので、やる気はじゅうぶんだ。

 書類を認可・不認可にわけ、演習や合同訓練の報告書に目をとおす。

 サインが必要な書類は、百枚はくだらない。
 ギルバートはそれをひとまとめにして、執務室の中央――カーペットが敷かれた床におく。
 いちばん上に、彼のサインが書かれた書類を乗せて、手のひらでおさえつけた。

構築こうちく 魔力感知まりょくかんちおよび複写ふくしゃ。指定範囲、真下の書類」

 ヴンと音がして、ギルバートの上にオレンジ色に光る魔術陣があらわれた。

術式展開じゅつしきてんかい

 魔術陣が、発光してはじける。
 光がおさまると、書類すべてに「ギルバート・ブレイデン」のサインが複写されていた。

 これはサインのしすぎで腱鞘炎けんしょうえんになりかけたギルバートが、切実な思いで編みだした複写の魔術だ。

 インクに自分の血を混ぜることで、サインに微々たる魔力がやどる。
 それを感知して、指定した書類すべてに複写をおこなうというものだ。

 王立と名がつく建物内は、基本的には魔術が発動しない造りになっている。
 しかしギルバートの執務室は、そのかぎりではない。

「カーペットの下に、魔術陣を書いておいて正解だったな」

 複写されたサインを見ながら、ギルバートが満足そうに独り言ちる。

 魔術陣まじゅつじんは、難解な古代文字を正確に書きうつす必要があるため、一朝一夕では完成しない。
 そのうえその魔術陣を使用できるのは、最初にそこで魔術を発動させた者のみ、という制約つきだ。

 膨大な手間をかけても、その恩恵を受けられるのは、たったのひとり。
 そのため魔術陣を設置するのは、よっぽどの理由があるときに限られる。

 ギルバートがカーペットの下に魔術陣を書いたのは、残業ざんぎょうつづきの深夜しんやテンションだった。

 ある晩、疲れのピークを通りこしてハイになり、ここに魔術陣があったら良くね? ととうとつにひらめいた。
 難解な古代文字を模写するだけの、体力が残っていたことが勝因だ。
 せっかく書いたのだから、水をこぼしたぐらいで消えてもらっては困る、とついでにカーペットに防水加工ぼうすいかこうほどこした。
 それが魔術陣が完成して、さいしょに発動させた魔術となった。

 ちなみに、ここに魔術陣が書いてあることは、いまのところ国王には秘密である。



 処理済みの箱に書類を入れて、休暇申請書きゅうかしんせいしょにとりかかる。
 期間は来月の二十日から二十六日。
 日付を書きいれた瞬間、バンッと扉がひらいた。
 
「ギールーくん! あっそびましょー!」

 ノックも無しに執務室の扉を蹴りあけたのは、白衣を着た猫背の青年だった。

 ぼさぼさの黒髪は、目をおおうほどに伸びきっている。
 黒ぶちめがねのレンズにはよごれが付着し、それで前が見えているのかと問いたくなる容貌だ。

 両腕でかかえてきた大掛かりな装置を、断りもなしに机の上におく。
 間一髪で机の書類を抜きとったギルバートが、声をあらげて彼の名をよぶ。

「ブラットリー!」
「ちょっとさー、ここに魔力まりょくを注いでほしいんだけどー」

 ブラットリーは猫背ねこぜをさらにかがめるようにして、装置の一部をす。
 そこだけ弾力がありそうな、緑色のなぞの素材そざいでできている。
 
「ことわる。でていけ」
「手のひらを、ここにつけてねー」

 ブラットリーはいきなりギルバートの右手をわしづかみ、ぐいっと装置に押しつけた。
 ぐにゃり、とした感触に、ギルバートの腕が硬直する。

「はい、ぱっくーん♪」
「うわっ!?」

 緑色が急にふくれあがり、ズブリとギルバートの手首まで埋まる。
 直後カチカチに固くなって、押しても引いても手を抜くことができなかった。

「おい! 俺の手を解放しろ!」
「あ、ついでだから、定期健診ていきけんしんしよっか」
「人の話を――」
「はい、あーん」
「ぐっ!?」

 むりやり口内に器具をつっこまれ、ギルバートがむせる。
 それを気にも留めず、ブラットリーは器具を抜きとると、ギルバートのまぶたを指でひっくりかえした。

「いつ見ても希少宝石パライバ・トルマリンのような魅力的な瞳だねぇ。――おっと」

 その声音に悪寒を感じたギルバートが、自由なほうの手で、ブラットリーを払いのける。

 風を切る音がしたが、ブラットリーが僅差きんさで避ける。
 彼はニヤリと笑いながら、降参するように両手を上げた。

「おびえなくても、えぐらないよぉ」
「どうだか」
「いま欲しいのは、魔力と血液だから」

 ブラットリーは注射器を取りだす。

「どーこーかーらーとーろーうーかーなー♪」
うでにしろ!」

 へんな箇所から採血されてはたまらない、とギルバートは腕を突きだす。

 どうしておとなしく言うことを聞いているかというと、騎士団に所属する魔人まじんは、毎月の定期健診が義務付けられているからだ。

 問診もんしん血液検査けつえきけんさだけの簡素なものだが、毎月の魔力量や濃度、質がわかるため、異変の兆候をいちはやく発見できるとされている。

 魔人じたいが珍しいこともあり、検診を請けおう王都魔術研究所の職員からは、検体けんたいのようなあつかいをされている。

 ギルバートの担当は、この猫背の青年、ブラットリー・マクスウェルだ。
 王都魔術研究所の副所長でありながら、医師免許を所有する。
 マクスウェル伯爵家はくしゃくけの次男という由緒ただしい生まれだが、性格に難があることで有名だ。

 魔術の研究に関しては王都一とうたわれているが、いかんせん魔術バカというか、天才となんとかは紙一重、というやつである。

「はい、おしまーい」

 ギルバートの血液がはいった採血管さいけつかんを大事そうにしまい、ブラットリーがわらう。

「じゃ、痛いけど、がんばってね」
「は?」

 ブラットリーが、パチンと指を鳴らす。
 ギルバートの腕を拘束している装置が、ブィンとうなった。

「おい、まさか――ぐッ!」

 急激に魔力を抜かれる感覚に、ギルバートの息がつまる。
 体中を針で刺されるような激痛に、脂汗がふきだした。

「んふふ。規定量きていりょうに達するまで、ぜったいに獲物えものを逃がさない魔術陣をつかっているんだぁ」
「獲物っていうな!」

 ブラットリーは、上半身を装置に乗りあげながら、笑顔で試験管のフタをあけた。

「汗、もらっとくねぇ」

 いうがはやいか、ギルバートの額から勝手に汗を採取する。

「いってぇ! くそっ! 壊す!」

 それどころではないギルバートは、左手でもたつきながら抜刀ばっとうする。

「あっ、だめだめ! ギルくんの脳筋のうきん!」

 ブラットリーが、ギルバートの左手をつかむ。

 両手のブラットリーと、片手のギルバートでは、力の差は歴然だった。
 そのうえギルバートの握力は、痛みのために弱まっている。
 ブラットリーは軽々と剣を抜きとると、ソファにむかって投げすてた。

「俺の剣を、乱暴にあつかうな!」
「あ、なみだも取れそう」
「おまえ、一発なぐらせろ!」
「あはは、やってみればぁ?」
 
 そのとき執務室の扉がノックされたが、ギャーギャーとさわぐふたりは、まったく気づかなかった。

「ギルバート団長、入りますよ」

 あらわれたのは、副団長のエリオット・ローガンだ。
 入室一歩で、目のまえの光景に足を止める。

 机をはさんで、上官と猫背の白衣がもみ合っている。
 またか、というあきらめに似た感情しか起こらなかった。

 エリオットに気づいたふたりが、顔をあげる。

「エリオット! 加勢かせいしろ!」
「やっほー、リオくーん」

 同時に呼ばれ、エリオットはふたりに問う。

「どういう状況ですか、これは」
「箱が、俺の手を離さない!」
「今ねぇ、八十六パーセント」

 要領を得ない答えに、エリオットがいぶかしむ。

「いってぇんだよクソがッ!」

 ギルバートがさけんだかと思うと、やけくそのようにこぶしを机にたたきつける。
 苦痛の表情で目をきつく閉じる彼に、エリオットはかけよった。

「なにが起きているんですか!?」

 うなるギルバートが、頭をかかえこむように机につっぷす。
 埒が明かず、エリオットはブラットリーを問いつめる。

「ブラットリー副所長、どういうことですか」
「忠犬リオくんだぁ」
「茶化さないでください」

 チーン! と装置から電子音がした。

「できたぁ!!」

 ブラットリーが、ぱっと顔を輝かせて、装置から金色のなにかをとりだす。

 それと同時に、ギルバートの手首の拘束が解ける。
 ようやく痛みから解放され、ギルバートは利き手をおさえながら、脱力するようにイスにもたれかかった。

「だいじょうぶですか?」

 エリオットの問いに、ギルバートがためいきをつく。

「利き手がしびれて動かねぇ。握力がもどったら、ブラットリーをたたき……俺の剣!」

 剣をとられたことをおもいだし、ギルバートはとっさにたちあがる。
 直後、ぐらりと世界がゆれた。



 気がつくと、天井を見ていた。

「あ……?」
「ギルくん、おはよー」

 のぞきこんでくるブラットリーの顔をおしのける。
 なんでソファに寝ているんだ、と疑問におもいながら、ギルバートは身を起こす。

 ブラットリーが、となりに座ってたのしそうにわらう。

「二分三十九秒、気をうしなっていたよ」
「……こまけぇ」
「忠犬リオくんは、軍医を呼びにいきましたー」
「いらねーっつっとけ」

 額に手を当てると、カシャンと聞き慣れない金属音がした。

 右手首に、いつのまにか金の腕輪うでわがはまっている。
 ふしぎな文様もんようが彫られ、ひときわ目をひくのはネオンブルーのうつくしい宝石だ。
 すきとおる宝石に、複数の魔術陣が埋めこまれているのがみえる。
 これがただの装飾具そうしょくぐでないことの、証拠だった。

「……術具じゅつぐか」

 魔術の発動を、補助する道具を「術具」とよぶ。
 ブラットリーは術具を作るのに長けており、試作品を持ちこんではギルバートに使わせようとする。

「ギルくんの瞳の色に合わせたんだ。きにいったぁ?」

 ブラットリーのたわむれを耳に、ギルバートは複雑にからまる魔術陣を凝視する。

「転移魔術陣に……固定魔術? なんだこの術式」
「名付けるなら帰還きかんの腕輪。『帰還する』って言うだけで転移室に飛べる、すっごい術具だよ。しかもほとんど魔力がいらない」
「ほんとうか!?」
「使ってみたくない? みたいよね?」
「そう、だな」

 転移魔術は、難易度が高いだけではなく、多くの魔力が必要だ。
 もしブラットリーの言うことが本当ならば、帰りの魔力の心配をしなくていいことになる。
 
「そうと決まれば、転移室てんいしつにしゅっぱーつ!」

 ブラットリーが、ギルバートの腕をひっぱって、ソファから立ちあがらせる。
 ギルバートは怪訝けげんそうに眉をひそめた。

「なぜ転移室だ? そこに飛ぶのだから、ほかの場所から試すべきだろ?」

 王立の建物内は、基本的には魔術が発動しない造りになっている。
 帰還の腕輪をためすには、いったん外に出る必要はあるが、転移室に行く必要はない。

「ええー? せっかくだから、長距離ためしてみようよぉ」

 ブラットリーの笑顔に、ギルバートはとてつもなく嫌な予感がした。

 長距離をためす――つまり自分はいまから、どこか遠いところに飛ばされる。
 そこから、帰還の腕輪を使って帰ってこいということだ。

「まて! 俺をどこに転移させるつもりだ!」

 ブラットリーが首をかしげて、あ、と声をあげた。

「わすれてた。はい、討伐命令書」
「は?」
「国王からの、おとどけものでーす」
「貸せ!」

 ギルバートは、ブラットリーの手から書類をひったくる。

 見慣れた朱印は玉璽ぎょくじにちがいなく、竜騎士団長ギルバート・ブレイデンにあてたものでちがいない。
 なぜブラットリーが持ってきたのかは疑問だが、それよりも王命の内容に目を見張った。

「国境の山で、大型魔獣の目撃情報……単身討伐命令だと!?」

 魔獣とは、鳥獣の特別変異種だ。
 野生動物にくらべ、骨格が発達し、凶暴性が増している厄介な相手だ。
 大型とつくものは、だいたいが建物ほどの大きさをしている。
 
「クソジジィの在位は23年か。もうじゅうぶんだろ」

 ギルバートは殺気をこめながら吐き捨てる。
 机に置かれていた剣をつかみ、鞘におさめた。
 そんなギルバートの前に、ブラットリーが立ちふさがる。

「脅威になりうる大型魔獣を、単身討伐できたらすごい偉業だよねぇ」
「なにがいいたい」
「ごほうび、もらえるかもよー」

 ブラットリーが、もう一枚書類をかかげる。
 ギルバートが書いていた、休暇申請書だった。

「おまえ、いつのまに!」
「おっと」

 ひょい、と頭上にかかげ、ブラットリーがわらう。
 猫背の彼だが、実は身長が高い。
 ギルバートの涼やかな碧眼を見下ろしながら、ブラットリーは口をひらいた。
 
「ぼくもねぇ、むりやり魔力を抜きとったこと、わるいとおもってるんだよ?」
「で?」
援護えんごしてあげようか?」

 ブラットリーは目を細めて、ギルバートにささやく。

「こんかいの定期健診の結果しだいでは、ギルくんには長期休みが必要って診断書が、出るかもしれないよねぇ?」
「……おまえ」
「かしこいギルくんが、いまから向かうのは、どこかな?」

 にっこりとほほえまれ、どこか負けたような気持ちでギルバートはつぶやく。

「……行けばいいんだろ」
「はーい! 転移室に一名様、ごあんなーい!」

 これで研究費おだちんがもらえるうえに、帰還の腕輪の実践データが集められる。
 忠犬がもどってくるまえに事がうまく運び、ブラットリーはほくそ笑みながら、ギルバートの背中を急かすように押した。
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