12 / 33
第二章 臣下とは王のために存在する
たのしいおしごと
しおりを挟む
「ギルバート団長、おまちしておりました」
ブラットリーに、転移室に押しこまれた瞬間、ローブを着た魔術士が駆けよってきた。
彼の名はモリス。
転移を専門におこなう、転移術士だ。
小柄で童顔、くせのある髪だけが、とってつけたようなピンク色をしている。
「使用許可が下りています。さっそくこちらへ」
「まてモリス」
「はい」
「転移先の、座標はどこだ」
モリスが、ふしぎそうにまたたく。
「『国境の山の大型魔獣』に設定してあります」
「ずらせ」
「こちらの一存では決めかねます。今日は使用予定がつまっていますので、早急に魔術陣のうえにお乗りください」
事務的な口調で、ギルバートを転移魔術陣に押しこもうとする。
たたらを踏んだギルバートが、その手を払いのけた。
「ふざけるな! おまえ先週、座標を『イグニレット指揮官』に設定しただろ!」
イグニレット指揮官とは、小競り合いがつづく国境の砦の、最高責任者だ。
彼からの援軍要請に、ギルバートに出向の王命が下った。
そのときの術者も、モリスだった。
「それがなにか」
「指揮官の真上に転移したんだぞ! おっさんの頭を踏みつけた、俺の気持ちがわかるか!?」
犬歯をむきだしにして、ギルバートがどなる。
それもそのはず、はずみで床に背中を打ちつけたギルバートが見たものは、いつもとちがう、指揮官の寒そうな頭だった。
そばにあった髪の毛のかたまりは、鬘にちがいなく、彼の重大な秘密を暴いてしまったことに、ギルバートは痛みも忘れて固まった。
そして運が悪いことに、これは衆目の中で起きた出来事であった。
だれかがふきだし、それを合図に砦は爆笑で満たされる。
国境の砦の騎士は、最前線にいるだけあって、豪快な性格のものがおおい。
そのおおきなわらいごえは一帯にひびきわたり、ちかくで陣を張っていた敵軍が、おそれをなして撤退するほどであった。
ギルバートは、その身にやどす膨大な魔力で、数々の偉業をなし、いくつもの伝説をもつ。
しかし、魔術を使わずに敵を撤退させたのは、あとにもさきにも、この「鬘事件」だけだったと、史実に記されることとなるとは、この時のギルバートは、夢にもおもわなかった。
国境の砦での仕事が消えさったギルバートは、とんぼがえりのごとく、半日もたたないうちに、転移魔術で帰還した。
「俺……なにしに行ったんだよ……」
執務室でひとり、ぽつりとつぶやくギルバートに、こたえる者はいなかった。
そんな先週のギルバートの哀愁など知らず、モリスは淡々と口をひらく。
「そうですか。俺の座標指定の精度は、国いちばんと言われていますが、あながち間違いではないということですね」
「自信がついたところで、座標をずらしてもらおうか、天才術士さま」
ギルバートの要望に、モリスはためいきをつく。
「わかりました。数十メートル、ずらしましょう。ですが、誤差が発生する可能性を、くれぐれもお忘れなく」
「それでいい」
ギルバートとモリスは、ふたりそろって、おなじ表情を浮かべる。
『こちらがおとなになって、相手のわがままに譲歩してやった』と、ありありと書かれていた。
国境の山は、ほとんど人の手がはいっていない。
大小さまざまな石のあいだから、草がのびて、藪になる。
転移したギルバートは、石で足をすべらせ、地面に手をついた。
視界に黒いものが映った気がして、顔をあげる。
すぐそばに、熊型魔獣グリズリーがいた。
――ミスってんじゃねーよ、クソ術士!!
モリスを胸中で罵倒しながら、放たれたおおぶりな攻撃を、地面に転がって躱す。
ごつごつとした地面は、おれた枝や石がおおく、とても背中が痛かった。
「帰ったらぜったいシメる。術式展開」
かたく決意し、障壁を身にまとわせる。
グリズリーが、うしろあしでたちあがる。
魔獣化により骨格が発達しており、五メートルはくだらない。
いらだちをぶつける相手に、不足なし。
ギルバートは、うすく笑い――とうとつに気づく。
そもそも、なぜ休暇と単身討伐がひきかえだ。
ほかの騎士は、あたりまえのように10日以上の連休をとっているのに。
どうして、俺だけが休めない。
「グリズリーより、クソジジィを斬りたい気分……だ……?」
じぶんの言葉に、ギルバートはしばし瞬く。
「それだ!」
ギルバートが指をならす。
グリズリーの、ひびわれた咆哮を耳に、いきいきと魔術を練りはじめた。
「構築、動作遅緩。――追加構築、物質改変。指定範囲は、目標物の顔面」
口に出し、かくじつに構築していく。
グリズリーが、丸太のような腕をふりかぶる。
するどい五本の爪は、獲物の首を、一撃でへし折る威力をもつ。
臨戦態勢のグリズリーにも、ギルバートはのんきだった。
「――どうせなら完成度をあげるか。追加構築、物質改変。指定範囲、目標物の声帯」
グリズリーの攻撃が、障壁にはじかれる。
みみざわりな音が、こだました。
無傷なギルバートに、グリズリーは後方に飛びずさる。
巨体の着地の衝撃は、地面を揺らすほどであった。
グリズリーが突撃の体勢をとるのを、ギルバートは冷静に見据える。
「完成。展開前に障壁を消去」
ギルバートが手をはらう。
障壁が消滅すると同時に、グリズリーが地を蹴った。
「術式展開!」
空中に浮かびあがる魔術陣は三連。
一直線に魔獣をとらえたかと思うと、火花を散らしながら展開されていく。
ギルバートは、あらい呼吸をくりかえしながら、目をすがめる。
複雑な術式は、急激に魔力を消費するために、痛みをともなう。
体温が上がり、汗がしたたる。
それでも、順調に魔力が抜けていく感覚に、口角を上げた。
グリズリーが飛びだしてこないところをみると、動作遅緩の術が効いているようだ。
痛みから意識をそらしながら、魔獣にすべての術がかかるのを見届ける。
魔術陣が蒸発するように消えて、グリズリーの巨体が再びあらわれた。
「ふっ、ははははっ!」
ギルバートはたまらず笑いだす。
グリズリーの顔面は、しわが目立つ荘厳な人面になった。
吠える声までが、ねらいどおりで、笑いが止まらない。
笑いすぎて浮かんだ涙を指でぬぐい、ギルバートは抜刀する。
「覚悟しろ、クソジジィ!」
国王の顔面と声を持つグリズリーに、喜々としておどりかかった。
魔術剣の切れ味はすばらしく、かたいグリズリーの肉をなんなく削っていく。
一太刀ごとに、爽快感が増していく。
いちいち、悲痛な声をあげるのが、たまらない。
グリズリーが、うなりながら、たちあがる。
ちからなく両腕をあげて、ふらつく。
ギルバートは、それを指さし、爆笑した。
「虫の息ではありませんか! 侍医をお呼びしましょうか!?」
ふりおろされる単純な攻撃を、ギリギリまでひきよせてから、さける。
グリズリーが体勢をくずして、四つ足で地面に着地する。
その無防備な首筋に、魔術剣の刃をあてた。
スッとすべらせ、頸動脈を切断する。
返り血をさけるために、うしろに跳んだ。
グリズリーが、国王の声で断末魔を叫ぶ。
ギルバートは、恍惚とそれに聞きほれ、刃にのこる露をはらう。
国王の顔をした魔獣は、こときれた。
その死体にむかって、ギルバートは臣下の礼をとる。
「なんと、おいたわしい。すぐに火葬いたします」
涼やかな碧眼が、流麗な弧をえがく。
うっとりとした表情のまま、ギルバートは、焼却の術式を展開した。
「――報告は、以上です」
語尾が震えるのを、気合でとどめたのは、黒装束の男だった。
目の前には、この国を統べる王。
諜報機関――通称「影」の一員として、長年勤めているが、こんなにも気まずかったことはない。
玉座の王は、あっけにとられた表情で、影を見返す。
手に余る駒であった稀代の魔人が、文句ひとつ言わずに単身討伐に向かったとの報告に、念のために調査を命じた。
正確、迅速に任務を達成する影の言葉を、信じない理由はない。
たとえ、その事実に、信じたくない理由しかなくても。
国王は、自分の隣で笑いをかみ殺している男に問う。
「宰相。これは、反逆罪にあたるのでは――」
「ご冗談を。彼は王命通りに、魔獣退治を遂行したようですね。よかったじゃないですか」
「だが、さすがに不敬罪に――」
「かすりもしていませんね。最終的には欠片も残さず焼却されたので、衆目に触れることもありませんし。まさかこれしきのことで、あなたの尊厳は傷つくのですか?」
絶句した国王が、うなだれるようにため息をついた。
「……悪魔め」
「悪魔ではなく、魔人です」
「いまのは、おぬしに言ったのだよ、宰相」
「おや、そうでしたか。まったく気付きませんでした」
心底おどろいた、という顔をしてから、宰相は国王にたずねる。
「ひきつづき見張らせますか? つぎはどのような方法で討伐するのか、いまから待ちどおしいですね」
国王はためいきをついて、影にむかって手をはらう。
「もうよい。下がれ」
「……御意」
ふだんはまったく表情を読みとらせない影が、おおきく安堵して姿を消したのが、玉座からも見てとれた。
人目がなくなったとたんに、堂々と笑いだす宰相を恨めしげに見ながら、国王は本日何度目かのため息をつく。
「さすが国王様は、寛大であらせられる」
「おぬしな」
「いいではありませんか。団長とはいえ、彼はまだ二十歳を過ぎたばかり。若気の至りというやつです」
「若気の至りで、魔獣を国王の顔に変えてから殺すのか?」
「はい。わたしも彼ほど若ければ、おなじことをしていました」
にっこりと笑う宰相に、国王は背筋が寒くなる。
「国のため、若造の脅しに屈するのはおやめくださいと、再三にわたって進言いたしましたが、先日も無視されたばかりですから」
「覚えておる覚えておる! あれには理由があって――まて宰相、なんか出ておるぞ暗器が!!」
「国立魔術学院からの、抗議に対する謝罪と、慰謝料の手配に、わたしの貴重な休日が潰れました」
「そうか!? では明日! 明日はなにもないから休んだらどうだ? ん?」
その言葉を聞いて、宰相は半分ほど出ていた暗器を、懐に押しもどす。
「そこまでおっしゃるなら、明日は有給をとらせていただきます。そうと決まれば、さっさと今日の仕事を片付けてしまいましょう、国王」
人の良さそうな笑顔に切りかわる宰相を見て、国王は――声に出すと障りがありまくるために――胸中でこっそりとつぶやく。
――わしを脅すことに関して言えば、おぬしがぶっちぎりトップじゃよ、宰相……。
ブラットリーに、転移室に押しこまれた瞬間、ローブを着た魔術士が駆けよってきた。
彼の名はモリス。
転移を専門におこなう、転移術士だ。
小柄で童顔、くせのある髪だけが、とってつけたようなピンク色をしている。
「使用許可が下りています。さっそくこちらへ」
「まてモリス」
「はい」
「転移先の、座標はどこだ」
モリスが、ふしぎそうにまたたく。
「『国境の山の大型魔獣』に設定してあります」
「ずらせ」
「こちらの一存では決めかねます。今日は使用予定がつまっていますので、早急に魔術陣のうえにお乗りください」
事務的な口調で、ギルバートを転移魔術陣に押しこもうとする。
たたらを踏んだギルバートが、その手を払いのけた。
「ふざけるな! おまえ先週、座標を『イグニレット指揮官』に設定しただろ!」
イグニレット指揮官とは、小競り合いがつづく国境の砦の、最高責任者だ。
彼からの援軍要請に、ギルバートに出向の王命が下った。
そのときの術者も、モリスだった。
「それがなにか」
「指揮官の真上に転移したんだぞ! おっさんの頭を踏みつけた、俺の気持ちがわかるか!?」
犬歯をむきだしにして、ギルバートがどなる。
それもそのはず、はずみで床に背中を打ちつけたギルバートが見たものは、いつもとちがう、指揮官の寒そうな頭だった。
そばにあった髪の毛のかたまりは、鬘にちがいなく、彼の重大な秘密を暴いてしまったことに、ギルバートは痛みも忘れて固まった。
そして運が悪いことに、これは衆目の中で起きた出来事であった。
だれかがふきだし、それを合図に砦は爆笑で満たされる。
国境の砦の騎士は、最前線にいるだけあって、豪快な性格のものがおおい。
そのおおきなわらいごえは一帯にひびきわたり、ちかくで陣を張っていた敵軍が、おそれをなして撤退するほどであった。
ギルバートは、その身にやどす膨大な魔力で、数々の偉業をなし、いくつもの伝説をもつ。
しかし、魔術を使わずに敵を撤退させたのは、あとにもさきにも、この「鬘事件」だけだったと、史実に記されることとなるとは、この時のギルバートは、夢にもおもわなかった。
国境の砦での仕事が消えさったギルバートは、とんぼがえりのごとく、半日もたたないうちに、転移魔術で帰還した。
「俺……なにしに行ったんだよ……」
執務室でひとり、ぽつりとつぶやくギルバートに、こたえる者はいなかった。
そんな先週のギルバートの哀愁など知らず、モリスは淡々と口をひらく。
「そうですか。俺の座標指定の精度は、国いちばんと言われていますが、あながち間違いではないということですね」
「自信がついたところで、座標をずらしてもらおうか、天才術士さま」
ギルバートの要望に、モリスはためいきをつく。
「わかりました。数十メートル、ずらしましょう。ですが、誤差が発生する可能性を、くれぐれもお忘れなく」
「それでいい」
ギルバートとモリスは、ふたりそろって、おなじ表情を浮かべる。
『こちらがおとなになって、相手のわがままに譲歩してやった』と、ありありと書かれていた。
国境の山は、ほとんど人の手がはいっていない。
大小さまざまな石のあいだから、草がのびて、藪になる。
転移したギルバートは、石で足をすべらせ、地面に手をついた。
視界に黒いものが映った気がして、顔をあげる。
すぐそばに、熊型魔獣グリズリーがいた。
――ミスってんじゃねーよ、クソ術士!!
モリスを胸中で罵倒しながら、放たれたおおぶりな攻撃を、地面に転がって躱す。
ごつごつとした地面は、おれた枝や石がおおく、とても背中が痛かった。
「帰ったらぜったいシメる。術式展開」
かたく決意し、障壁を身にまとわせる。
グリズリーが、うしろあしでたちあがる。
魔獣化により骨格が発達しており、五メートルはくだらない。
いらだちをぶつける相手に、不足なし。
ギルバートは、うすく笑い――とうとつに気づく。
そもそも、なぜ休暇と単身討伐がひきかえだ。
ほかの騎士は、あたりまえのように10日以上の連休をとっているのに。
どうして、俺だけが休めない。
「グリズリーより、クソジジィを斬りたい気分……だ……?」
じぶんの言葉に、ギルバートはしばし瞬く。
「それだ!」
ギルバートが指をならす。
グリズリーの、ひびわれた咆哮を耳に、いきいきと魔術を練りはじめた。
「構築、動作遅緩。――追加構築、物質改変。指定範囲は、目標物の顔面」
口に出し、かくじつに構築していく。
グリズリーが、丸太のような腕をふりかぶる。
するどい五本の爪は、獲物の首を、一撃でへし折る威力をもつ。
臨戦態勢のグリズリーにも、ギルバートはのんきだった。
「――どうせなら完成度をあげるか。追加構築、物質改変。指定範囲、目標物の声帯」
グリズリーの攻撃が、障壁にはじかれる。
みみざわりな音が、こだました。
無傷なギルバートに、グリズリーは後方に飛びずさる。
巨体の着地の衝撃は、地面を揺らすほどであった。
グリズリーが突撃の体勢をとるのを、ギルバートは冷静に見据える。
「完成。展開前に障壁を消去」
ギルバートが手をはらう。
障壁が消滅すると同時に、グリズリーが地を蹴った。
「術式展開!」
空中に浮かびあがる魔術陣は三連。
一直線に魔獣をとらえたかと思うと、火花を散らしながら展開されていく。
ギルバートは、あらい呼吸をくりかえしながら、目をすがめる。
複雑な術式は、急激に魔力を消費するために、痛みをともなう。
体温が上がり、汗がしたたる。
それでも、順調に魔力が抜けていく感覚に、口角を上げた。
グリズリーが飛びだしてこないところをみると、動作遅緩の術が効いているようだ。
痛みから意識をそらしながら、魔獣にすべての術がかかるのを見届ける。
魔術陣が蒸発するように消えて、グリズリーの巨体が再びあらわれた。
「ふっ、ははははっ!」
ギルバートはたまらず笑いだす。
グリズリーの顔面は、しわが目立つ荘厳な人面になった。
吠える声までが、ねらいどおりで、笑いが止まらない。
笑いすぎて浮かんだ涙を指でぬぐい、ギルバートは抜刀する。
「覚悟しろ、クソジジィ!」
国王の顔面と声を持つグリズリーに、喜々としておどりかかった。
魔術剣の切れ味はすばらしく、かたいグリズリーの肉をなんなく削っていく。
一太刀ごとに、爽快感が増していく。
いちいち、悲痛な声をあげるのが、たまらない。
グリズリーが、うなりながら、たちあがる。
ちからなく両腕をあげて、ふらつく。
ギルバートは、それを指さし、爆笑した。
「虫の息ではありませんか! 侍医をお呼びしましょうか!?」
ふりおろされる単純な攻撃を、ギリギリまでひきよせてから、さける。
グリズリーが体勢をくずして、四つ足で地面に着地する。
その無防備な首筋に、魔術剣の刃をあてた。
スッとすべらせ、頸動脈を切断する。
返り血をさけるために、うしろに跳んだ。
グリズリーが、国王の声で断末魔を叫ぶ。
ギルバートは、恍惚とそれに聞きほれ、刃にのこる露をはらう。
国王の顔をした魔獣は、こときれた。
その死体にむかって、ギルバートは臣下の礼をとる。
「なんと、おいたわしい。すぐに火葬いたします」
涼やかな碧眼が、流麗な弧をえがく。
うっとりとした表情のまま、ギルバートは、焼却の術式を展開した。
「――報告は、以上です」
語尾が震えるのを、気合でとどめたのは、黒装束の男だった。
目の前には、この国を統べる王。
諜報機関――通称「影」の一員として、長年勤めているが、こんなにも気まずかったことはない。
玉座の王は、あっけにとられた表情で、影を見返す。
手に余る駒であった稀代の魔人が、文句ひとつ言わずに単身討伐に向かったとの報告に、念のために調査を命じた。
正確、迅速に任務を達成する影の言葉を、信じない理由はない。
たとえ、その事実に、信じたくない理由しかなくても。
国王は、自分の隣で笑いをかみ殺している男に問う。
「宰相。これは、反逆罪にあたるのでは――」
「ご冗談を。彼は王命通りに、魔獣退治を遂行したようですね。よかったじゃないですか」
「だが、さすがに不敬罪に――」
「かすりもしていませんね。最終的には欠片も残さず焼却されたので、衆目に触れることもありませんし。まさかこれしきのことで、あなたの尊厳は傷つくのですか?」
絶句した国王が、うなだれるようにため息をついた。
「……悪魔め」
「悪魔ではなく、魔人です」
「いまのは、おぬしに言ったのだよ、宰相」
「おや、そうでしたか。まったく気付きませんでした」
心底おどろいた、という顔をしてから、宰相は国王にたずねる。
「ひきつづき見張らせますか? つぎはどのような方法で討伐するのか、いまから待ちどおしいですね」
国王はためいきをついて、影にむかって手をはらう。
「もうよい。下がれ」
「……御意」
ふだんはまったく表情を読みとらせない影が、おおきく安堵して姿を消したのが、玉座からも見てとれた。
人目がなくなったとたんに、堂々と笑いだす宰相を恨めしげに見ながら、国王は本日何度目かのため息をつく。
「さすが国王様は、寛大であらせられる」
「おぬしな」
「いいではありませんか。団長とはいえ、彼はまだ二十歳を過ぎたばかり。若気の至りというやつです」
「若気の至りで、魔獣を国王の顔に変えてから殺すのか?」
「はい。わたしも彼ほど若ければ、おなじことをしていました」
にっこりと笑う宰相に、国王は背筋が寒くなる。
「国のため、若造の脅しに屈するのはおやめくださいと、再三にわたって進言いたしましたが、先日も無視されたばかりですから」
「覚えておる覚えておる! あれには理由があって――まて宰相、なんか出ておるぞ暗器が!!」
「国立魔術学院からの、抗議に対する謝罪と、慰謝料の手配に、わたしの貴重な休日が潰れました」
「そうか!? では明日! 明日はなにもないから休んだらどうだ? ん?」
その言葉を聞いて、宰相は半分ほど出ていた暗器を、懐に押しもどす。
「そこまでおっしゃるなら、明日は有給をとらせていただきます。そうと決まれば、さっさと今日の仕事を片付けてしまいましょう、国王」
人の良さそうな笑顔に切りかわる宰相を見て、国王は――声に出すと障りがありまくるために――胸中でこっそりとつぶやく。
――わしを脅すことに関して言えば、おぬしがぶっちぎりトップじゃよ、宰相……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる