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第二章 臣下とは王のために存在する
情けは人のためならず
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本日二度目の転移室に入ったギルバートは、薄暗い室内にまばたきをして目を慣らす。
いつもより騒がしい室内を見渡すと、大柄な騎士が、モリスにつっかかっているところだった。
その巨体は巌のようで、はなれて見ると、大人と子供のようだ。
モリスが小柄で童顔なため、よけいにそう見える。
騎士はものすごい剣幕だが、モリスはいつもどおり事務的な態度を貫いている。
それが相手の神経を逆なでするだけだと、当の本人は気づいていない。
彼が絡まれているのは、よくある光景だ。
しかしモリスには、まったく気にするようすがない。
今も、激昂している騎士を、顔色ひとつ変えずに見上げている。
あれは、肝が据わっているのか、それとも鈍感なだけか。
そう思いながら周囲を見ると、ほかの転移術士たちが、あわてふためいている。
ギルバートはクツクツと笑うと、壁際で途方に暮れたようにふたりを見比べている、年かさの術士に近寄った。
「よお、ビルゴ」
「あ、ギルバート団長! 大変なんです。あの騎士が――」
ギルバートは、壁によりかかると、ゆったりと腕を組んだ。
「どちらが勝つと思う?」
「は?」
ギルバートの視線は騎士とモリスに注がれたまま、にやりと口角を上げて続ける。
「あれは第二騎士団か。体はでかいが、頭が悪い」
「しかし体格差が。騎士に殴られれば、モリスがケガをします」
「俺は――モリスに十万」
「騎士でしょう。騎士に三万」
「三万?」
「今月きつくて」
「転移術士も大変だな」
「わかってもらえます?」
「そこ! 賭けてんじゃねーよ!!」
騎士に怒鳴られ、ギルバートは肩をすくめる。
「見苦しいな」
「ギルバート団長!?」
「弱い犬ほど、よく吠える」
ギルバートの存在にたじろいでいた騎士が、ピクリと頬を引きつらせた。
「――弱い? 俺がか?」
「理解できないのか? 頭まで弱いとは、哀れだな」
「なんだと!?」
それに怖気づいたのは、ビルゴだった。
ギルバートの服を引っ張り、小声で話す。
「やめましょうよ、団長」
「なぜだ? ――俺が勝つ方に、一億だ」
「勝負になりませんって。私も団長に一億ですもん」
「いい加減にしろっつてんだろ!!」
騎士の大声が、空気をビリビリとふるわせた。
ひえっと短い悲鳴をあげて、ビルゴがその場から逃げるように離れた。
ギルバートが壁から背中を浮かせると、騎士が不躾にちかづく。
「なぁ団長さん。あんた、ここが魔術を使えない場所だと、お忘れじゃないか?」
「忘れる? 第二の騎士じゃあるまいし」
「んだと!? ……なにが稀代の魔人だ。魔術が無ければ、ただの役立たずのくせに。そのおキレイな面を、二度と見れなくしてやろうか?」
「ご自由に。――できるものなら」
あごを上げて挑発するギルバートに、騎士が殴りかかる。
ワァとうわついた歓声が上がり、転移室の熱気が増す。
ギルバートは、騎士の手首をはじいて攻撃の軌道を変える。
騎士は目を見開くが、体重を乗せた攻撃だったために、すぐには止まれない。
身を反転させたギルバートが、騎士の二の腕を両手でつかむ。
彼の攻撃の勢いを利用して、自分の肩を支点に、相手を背中から地面にたたき落とした。
ダンッと小気味いい音がして、周りの幾人かが痛そうに目をつぶる。
「どうした? 俺はまだ無傷だぞ」
不敵に笑うギルバートを見て、騎士の目の色が変わった。
「ぶっ殺してやる!!」
跳ね起きた騎士が抜刀し、転移室に非難をふくんだ悲鳴があがる。
ギルバートは、一瞬で騎士のふところに入り込む。
その早業に、相手が目を見開くのを嗤いながら、剣の腹めがけて、帰還の腕輪をたたきつけた。
にぶく反響する金属音が、全員の耳に届く。
折れた刃先が、勢いよく床に突き刺さった。
驚愕する騎士の足を、ギルバートが踵で払う。
騎士の手から剣が抜け、飛んでくるのを難なくつかみ取る。
同時に、巨体があおむけに倒れた。
「あーあ。おまえこれ備品だろ」
騎士の腹を、左足で押さえつける。
体重をかけて靴底をめりこませると、騎士が苦しそうにうめいた。
それを見下ろし、ギルバートはにっこりと笑う。
「破損理由に、ちゃんと書いとけよ。『ギルバート団長にケンカを売って、折られました』って」
騎士の上に、折れた剣を投げ捨て、ようやく足をどけてやる。
騎士はくやしそうに起きあがり、剣を拾って逃げるようにとびらにむかう。
「おーい、わすれもの」
床に刺さった剣先を、靴底で蹴り飛ばす。
騎士の背中に命中し、バチンと痛そうな音がした。
騎士は、ギリギリと歯をかみしめながらそれを拾い、こんどこそ転移室を出て行った。
「人助けは、最高の気分だな」
ギルバートが、不遜な笑みを浮かべる。
転移術士たちから、指笛と拍手がわきおこった。
「転移の準備が整うまで、お茶でもどうぞ」
ビルゴに促され、隅のテーブルに腰を下ろす。
テーブルには、何に使うかわからない雑貨が隙間なく積みあがっていたが、ビルゴはそれを一顧だにせずに、腕で払いおとした。
似たような光景を自分の執務室で見たことを思いだし、ギルバートはあきれたように問う。
「術士といい、研究者といい、必要なものではないのか、それは」
「落としたぐらいじゃ壊れません」
「合理性を突きつめすぎだ」
「いわゆる職業病です。――よろしければ、お食べください」
ギルバートの前に、地味な包装紙で密閉された食品が、どさりと置かれる。
形は、平べったいか細長いかの違いはあるが、どれも四角だ。
見覚えがありすぎるそれを、ギルバートは摘まみあげて、表裏を見やる。
「茶菓子に、騎士団の携行食は無いだろ」
「栄養バランスは完璧です」
ビルゴがあたりまえのように言うから、あたりまえの事実を教えてやる。
「味に重大な欠陥ありだ」
つまり、死ぬほどクソまずい。
味を思い出し、げんなりするギルバートに、ビルゴは首をかたむけた。
「皆、よろこんで食べていますよ」
「よろこんで……!? おまえらだいじょうぶか? 味覚と気が狂ってるぞ」
「ベストパフォーマンスを発揮するのに、これ以上最適な食品はありません」
「騎士団にも合理主義者が何人かいるが……好んで食べるところは、見たことがない」
食べることの意義と必要性を正しく理解している騎士ですら、携行食は苦行の域だ。
味と質の改善を求めて、毎年、全騎士団から強い要望が寄せられている。
珍獣を見るようなギルバートの視線を、ビルゴはさらりと受けながす。
携行食のひとつを開封して、躊躇なくかじりついた。
咀嚼し、さらにもう一口。
顔色を変えずに、一個まるまるきれいに食べ終えたビルゴは、携行食の山をギルバートの方へと押しやった。
「こんなもんでしょ。というかこれ、竜騎士団からの差し入れですよ」
「……は?」
「ギルバート団長が、いつも転移室を利用させてもらってるお礼だとか。定期的に、エリオット副団長が持ってきてくれるんです。なんでも、気が向いたら団長に食べさせてくれって……あ」
ビルゴが小さな声をあげて、口をおさえる。
「後半、ないしょでした。忘れてください」
まったく悪びれない態度で微笑みながら、蒸らしおわった紅茶をカップに注ぐ。
上質な香りから推測するに、一介の転移術士が手に入れられる価格帯ではない。
「その紅茶で買収されたか」
「私、紅茶派ですから」
「俺は、珈琲派だ」
「知っています。上質な豆もいただいたんですが、コーヒーミルが迷子です」
「この部屋じゃなぁ」
「転移術士は、いそがしいんです」
ギルバートの前に、紅茶が置かれる。
琥珀色の液体が揺れるのをながめながら、あきらめて携行食を開封した。
覚悟してかじるが、クソまずいことこの上ない。
まずいのをごまかそうとして、へんな甘味がついているのが、ほんとうに最悪だ。
「どいつもこいつも、人をダシにしやがって」
ギルバートは咀嚼もそこそこに、口内に広がる人工的な甘味を、上質な紅茶で流しこんだ。
「お待たせしました。転移魔術陣の上にお乗りください」
モリスに呼ばれ、ギルバートは立ちあがる。
「ちゃんと食ったからな。エリオットが破産するほどの高級茶葉をねだってこい」
「ええ、もちろん。いってらっしゃいませ、ギルバート団長」
ギルバートの背中を見送り、ビルゴは笑いをかみ殺す。
「あれでけっこう、根は素直」
好戦的で口は悪いが、権力を振りかざすこともなく、話してみれば案外気さく。
なんだかんだ言いながら、クソまずい携行食を食べていくところなど、好感が持てる。
モリスとはよく言い合いをしているが――なんなら今も、なにかを言い合っているが、彼が転移術士に危害を加えたことは一度も無い。
周囲の術士に諭され、ギルバートがむくれる。
しばらくして、彼がしぶしぶ転移魔術陣に入り、おとなしく転移していくのを見て、ビルゴは耐え切れずにふきだした。
ギルバートが転移したのは、足場から三十センチほど上空だった。
固い下草が生えた場所に着地すると、地面が揺れてバランスをくずす。
こんなときに地震か、と手をついた地面が、なぜか生温かい。
直後、地響きのような野太い咆哮が、真下から聞こえた。
「またかよ……!」
牛型魔獣ヘビーモスの背中で、ギルバートは天をあおぐ。
一面に広がるすがすがしい青空は、絶好の乗馬日和だ。
乗っているのは、ヘビーモスだけど。
遠い目をするギルバートの下で、ヘビーモスが身震いをする。
背中に乗る、ギルバートの存在に気付いたようだ。
現実逃避をしている場合ではないことを思い出し、ギルバートはちらりと地面までの距離をはかる。
高い。
おっさんの頭どころではない。
騎士団本部三階の、執務室から見える高さに、近いような気がする。
「しかたない。イブリースを召喚して――」
ふと目をやった先に、子供がいた。
「は!? なぜ人がいる!」
おもわず叫ぶ。
大声にヘビーモスが興奮し、あばれだした。
魔獣の足が子供に向いて、考える間もなく抜刀した。
かざす剣に、一気に魔力をそそぐ。
魔術剣は、実体よりはるかに巨大で、凶悪な形状に変わる。
角のあいだ、ヘビーモスの額をめがけて、勢いよく剣を突き立てた。
「爆ぜろ!」
くぐもった爆発音がひびき、ヘビーモスの体が傾ぐ。
角につかまり、ヘビーモスが横倒しになる直前、地面に飛びおりた。
土埃をあげて、巨体が地面にたおれる。
その額から生えた柄をにぎり、ギルバートは魔術剣を引き抜いた。
魔力を放出し切ったことで、いまは通常の剣だ。
刃には、脂ぎった血肉がこびりついている。
その臭気と気味悪さに、ギルバートは顔をしかめた。
「あとで丸洗いだな」
「ギルバート様!」
名を呼ばれ、ギルバートは駆け寄ってくる子供を見やる。
「おまえは……庭師のアルデ」
「はい。まだ見習いですが。助けていただき、ありがとうございます」
「ここは立入禁止区画だ。ロベルトにバレる前に帰れ」
「……ふっ、ははは、そ、そうですね」
笑うアルデに、ケガが無いことを見て、ギルバートの表情が和らぐ。
「そうだ。腕輪の外しかたを知らないか」
ギルバートは、剣を左手に持ち替える。
アルデに向けて、右手の腕輪を差し出した。
「触ってもいいですか?」
「ああ」
指一本分ぐらいの余裕はあるが、つなぎ目のない金の腕輪は固い。
「せっけんや油など、ぬめりのある液体を使えば、取れると聞いたことがあります」
「ぬめり……」
ギルバートは、抜き身のままの剣を見やる。
その刃は光を反射し、いかにもギトギトでヌメヌメだ。
「ためしてみるか」
腕輪に刃をすべらせ、脂を擦りこむ。
引っ張ってみると、外れそうな気配はするが、それだけだった。
自分でやるより、人にやってもらった方が、上手くいくような気がした。
「アルデ。おまえが抜いてくれ」
右腕を差し出すが、反応がない。
アルデを見ると、あっけにとられたように、ポカンとしていた。
「金の腕輪が……魔獣の脂まみれに……」
「牛脂のようなものだろ」
「牛脂でも、問題ありですよ」
正気に戻ったアルデが、帰還の腕輪に指をかける。
そのとき、ギルバートの背後で、ヘビーモスが目を開けた。
「ギルバート様、後ろ!!」
振りかえるギルバートの前で、ヘビーモスが体を起こす。
舌打ちをしたギルバートが、左手のまま、剣を構えた。
「アルデ! 腕輪をはやく抜け!」
ギルバートは、背後のアルデに右手をつきだす。
説明をするひまが無かったが、アルデは素直に従った。
ギルバートの手首をつかみ、腕輪を回しながら抜いていく。
ぬめりに助けられ、するりと外れた。
「腕にはめろ」
ギルバートが、右手首をふって、脂を飛ばす。
「はめました!」
利き手で剣を構えなおすと同時に、ヘビーモスが前足を高くかかげた。
「くりかえせ。『帰還する』」
「き、『帰還する』」
フッと後方の気配が消え、ギルバートは笑う。
うまく逃がせた――これで、遠慮なく戦える。
魔術剣に一気に魔力を注ぐ。
色は漆黒、巨大で凶悪な形状に変化する。
ギルバートは、飛び込んでくる太い前足を、ギリギリでかわす。
お返しとばかりに、渾身の力で魔術剣を振り払った。
いつもより騒がしい室内を見渡すと、大柄な騎士が、モリスにつっかかっているところだった。
その巨体は巌のようで、はなれて見ると、大人と子供のようだ。
モリスが小柄で童顔なため、よけいにそう見える。
騎士はものすごい剣幕だが、モリスはいつもどおり事務的な態度を貫いている。
それが相手の神経を逆なでするだけだと、当の本人は気づいていない。
彼が絡まれているのは、よくある光景だ。
しかしモリスには、まったく気にするようすがない。
今も、激昂している騎士を、顔色ひとつ変えずに見上げている。
あれは、肝が据わっているのか、それとも鈍感なだけか。
そう思いながら周囲を見ると、ほかの転移術士たちが、あわてふためいている。
ギルバートはクツクツと笑うと、壁際で途方に暮れたようにふたりを見比べている、年かさの術士に近寄った。
「よお、ビルゴ」
「あ、ギルバート団長! 大変なんです。あの騎士が――」
ギルバートは、壁によりかかると、ゆったりと腕を組んだ。
「どちらが勝つと思う?」
「は?」
ギルバートの視線は騎士とモリスに注がれたまま、にやりと口角を上げて続ける。
「あれは第二騎士団か。体はでかいが、頭が悪い」
「しかし体格差が。騎士に殴られれば、モリスがケガをします」
「俺は――モリスに十万」
「騎士でしょう。騎士に三万」
「三万?」
「今月きつくて」
「転移術士も大変だな」
「わかってもらえます?」
「そこ! 賭けてんじゃねーよ!!」
騎士に怒鳴られ、ギルバートは肩をすくめる。
「見苦しいな」
「ギルバート団長!?」
「弱い犬ほど、よく吠える」
ギルバートの存在にたじろいでいた騎士が、ピクリと頬を引きつらせた。
「――弱い? 俺がか?」
「理解できないのか? 頭まで弱いとは、哀れだな」
「なんだと!?」
それに怖気づいたのは、ビルゴだった。
ギルバートの服を引っ張り、小声で話す。
「やめましょうよ、団長」
「なぜだ? ――俺が勝つ方に、一億だ」
「勝負になりませんって。私も団長に一億ですもん」
「いい加減にしろっつてんだろ!!」
騎士の大声が、空気をビリビリとふるわせた。
ひえっと短い悲鳴をあげて、ビルゴがその場から逃げるように離れた。
ギルバートが壁から背中を浮かせると、騎士が不躾にちかづく。
「なぁ団長さん。あんた、ここが魔術を使えない場所だと、お忘れじゃないか?」
「忘れる? 第二の騎士じゃあるまいし」
「んだと!? ……なにが稀代の魔人だ。魔術が無ければ、ただの役立たずのくせに。そのおキレイな面を、二度と見れなくしてやろうか?」
「ご自由に。――できるものなら」
あごを上げて挑発するギルバートに、騎士が殴りかかる。
ワァとうわついた歓声が上がり、転移室の熱気が増す。
ギルバートは、騎士の手首をはじいて攻撃の軌道を変える。
騎士は目を見開くが、体重を乗せた攻撃だったために、すぐには止まれない。
身を反転させたギルバートが、騎士の二の腕を両手でつかむ。
彼の攻撃の勢いを利用して、自分の肩を支点に、相手を背中から地面にたたき落とした。
ダンッと小気味いい音がして、周りの幾人かが痛そうに目をつぶる。
「どうした? 俺はまだ無傷だぞ」
不敵に笑うギルバートを見て、騎士の目の色が変わった。
「ぶっ殺してやる!!」
跳ね起きた騎士が抜刀し、転移室に非難をふくんだ悲鳴があがる。
ギルバートは、一瞬で騎士のふところに入り込む。
その早業に、相手が目を見開くのを嗤いながら、剣の腹めがけて、帰還の腕輪をたたきつけた。
にぶく反響する金属音が、全員の耳に届く。
折れた刃先が、勢いよく床に突き刺さった。
驚愕する騎士の足を、ギルバートが踵で払う。
騎士の手から剣が抜け、飛んでくるのを難なくつかみ取る。
同時に、巨体があおむけに倒れた。
「あーあ。おまえこれ備品だろ」
騎士の腹を、左足で押さえつける。
体重をかけて靴底をめりこませると、騎士が苦しそうにうめいた。
それを見下ろし、ギルバートはにっこりと笑う。
「破損理由に、ちゃんと書いとけよ。『ギルバート団長にケンカを売って、折られました』って」
騎士の上に、折れた剣を投げ捨て、ようやく足をどけてやる。
騎士はくやしそうに起きあがり、剣を拾って逃げるようにとびらにむかう。
「おーい、わすれもの」
床に刺さった剣先を、靴底で蹴り飛ばす。
騎士の背中に命中し、バチンと痛そうな音がした。
騎士は、ギリギリと歯をかみしめながらそれを拾い、こんどこそ転移室を出て行った。
「人助けは、最高の気分だな」
ギルバートが、不遜な笑みを浮かべる。
転移術士たちから、指笛と拍手がわきおこった。
「転移の準備が整うまで、お茶でもどうぞ」
ビルゴに促され、隅のテーブルに腰を下ろす。
テーブルには、何に使うかわからない雑貨が隙間なく積みあがっていたが、ビルゴはそれを一顧だにせずに、腕で払いおとした。
似たような光景を自分の執務室で見たことを思いだし、ギルバートはあきれたように問う。
「術士といい、研究者といい、必要なものではないのか、それは」
「落としたぐらいじゃ壊れません」
「合理性を突きつめすぎだ」
「いわゆる職業病です。――よろしければ、お食べください」
ギルバートの前に、地味な包装紙で密閉された食品が、どさりと置かれる。
形は、平べったいか細長いかの違いはあるが、どれも四角だ。
見覚えがありすぎるそれを、ギルバートは摘まみあげて、表裏を見やる。
「茶菓子に、騎士団の携行食は無いだろ」
「栄養バランスは完璧です」
ビルゴがあたりまえのように言うから、あたりまえの事実を教えてやる。
「味に重大な欠陥ありだ」
つまり、死ぬほどクソまずい。
味を思い出し、げんなりするギルバートに、ビルゴは首をかたむけた。
「皆、よろこんで食べていますよ」
「よろこんで……!? おまえらだいじょうぶか? 味覚と気が狂ってるぞ」
「ベストパフォーマンスを発揮するのに、これ以上最適な食品はありません」
「騎士団にも合理主義者が何人かいるが……好んで食べるところは、見たことがない」
食べることの意義と必要性を正しく理解している騎士ですら、携行食は苦行の域だ。
味と質の改善を求めて、毎年、全騎士団から強い要望が寄せられている。
珍獣を見るようなギルバートの視線を、ビルゴはさらりと受けながす。
携行食のひとつを開封して、躊躇なくかじりついた。
咀嚼し、さらにもう一口。
顔色を変えずに、一個まるまるきれいに食べ終えたビルゴは、携行食の山をギルバートの方へと押しやった。
「こんなもんでしょ。というかこれ、竜騎士団からの差し入れですよ」
「……は?」
「ギルバート団長が、いつも転移室を利用させてもらってるお礼だとか。定期的に、エリオット副団長が持ってきてくれるんです。なんでも、気が向いたら団長に食べさせてくれって……あ」
ビルゴが小さな声をあげて、口をおさえる。
「後半、ないしょでした。忘れてください」
まったく悪びれない態度で微笑みながら、蒸らしおわった紅茶をカップに注ぐ。
上質な香りから推測するに、一介の転移術士が手に入れられる価格帯ではない。
「その紅茶で買収されたか」
「私、紅茶派ですから」
「俺は、珈琲派だ」
「知っています。上質な豆もいただいたんですが、コーヒーミルが迷子です」
「この部屋じゃなぁ」
「転移術士は、いそがしいんです」
ギルバートの前に、紅茶が置かれる。
琥珀色の液体が揺れるのをながめながら、あきらめて携行食を開封した。
覚悟してかじるが、クソまずいことこの上ない。
まずいのをごまかそうとして、へんな甘味がついているのが、ほんとうに最悪だ。
「どいつもこいつも、人をダシにしやがって」
ギルバートは咀嚼もそこそこに、口内に広がる人工的な甘味を、上質な紅茶で流しこんだ。
「お待たせしました。転移魔術陣の上にお乗りください」
モリスに呼ばれ、ギルバートは立ちあがる。
「ちゃんと食ったからな。エリオットが破産するほどの高級茶葉をねだってこい」
「ええ、もちろん。いってらっしゃいませ、ギルバート団長」
ギルバートの背中を見送り、ビルゴは笑いをかみ殺す。
「あれでけっこう、根は素直」
好戦的で口は悪いが、権力を振りかざすこともなく、話してみれば案外気さく。
なんだかんだ言いながら、クソまずい携行食を食べていくところなど、好感が持てる。
モリスとはよく言い合いをしているが――なんなら今も、なにかを言い合っているが、彼が転移術士に危害を加えたことは一度も無い。
周囲の術士に諭され、ギルバートがむくれる。
しばらくして、彼がしぶしぶ転移魔術陣に入り、おとなしく転移していくのを見て、ビルゴは耐え切れずにふきだした。
ギルバートが転移したのは、足場から三十センチほど上空だった。
固い下草が生えた場所に着地すると、地面が揺れてバランスをくずす。
こんなときに地震か、と手をついた地面が、なぜか生温かい。
直後、地響きのような野太い咆哮が、真下から聞こえた。
「またかよ……!」
牛型魔獣ヘビーモスの背中で、ギルバートは天をあおぐ。
一面に広がるすがすがしい青空は、絶好の乗馬日和だ。
乗っているのは、ヘビーモスだけど。
遠い目をするギルバートの下で、ヘビーモスが身震いをする。
背中に乗る、ギルバートの存在に気付いたようだ。
現実逃避をしている場合ではないことを思い出し、ギルバートはちらりと地面までの距離をはかる。
高い。
おっさんの頭どころではない。
騎士団本部三階の、執務室から見える高さに、近いような気がする。
「しかたない。イブリースを召喚して――」
ふと目をやった先に、子供がいた。
「は!? なぜ人がいる!」
おもわず叫ぶ。
大声にヘビーモスが興奮し、あばれだした。
魔獣の足が子供に向いて、考える間もなく抜刀した。
かざす剣に、一気に魔力をそそぐ。
魔術剣は、実体よりはるかに巨大で、凶悪な形状に変わる。
角のあいだ、ヘビーモスの額をめがけて、勢いよく剣を突き立てた。
「爆ぜろ!」
くぐもった爆発音がひびき、ヘビーモスの体が傾ぐ。
角につかまり、ヘビーモスが横倒しになる直前、地面に飛びおりた。
土埃をあげて、巨体が地面にたおれる。
その額から生えた柄をにぎり、ギルバートは魔術剣を引き抜いた。
魔力を放出し切ったことで、いまは通常の剣だ。
刃には、脂ぎった血肉がこびりついている。
その臭気と気味悪さに、ギルバートは顔をしかめた。
「あとで丸洗いだな」
「ギルバート様!」
名を呼ばれ、ギルバートは駆け寄ってくる子供を見やる。
「おまえは……庭師のアルデ」
「はい。まだ見習いですが。助けていただき、ありがとうございます」
「ここは立入禁止区画だ。ロベルトにバレる前に帰れ」
「……ふっ、ははは、そ、そうですね」
笑うアルデに、ケガが無いことを見て、ギルバートの表情が和らぐ。
「そうだ。腕輪の外しかたを知らないか」
ギルバートは、剣を左手に持ち替える。
アルデに向けて、右手の腕輪を差し出した。
「触ってもいいですか?」
「ああ」
指一本分ぐらいの余裕はあるが、つなぎ目のない金の腕輪は固い。
「せっけんや油など、ぬめりのある液体を使えば、取れると聞いたことがあります」
「ぬめり……」
ギルバートは、抜き身のままの剣を見やる。
その刃は光を反射し、いかにもギトギトでヌメヌメだ。
「ためしてみるか」
腕輪に刃をすべらせ、脂を擦りこむ。
引っ張ってみると、外れそうな気配はするが、それだけだった。
自分でやるより、人にやってもらった方が、上手くいくような気がした。
「アルデ。おまえが抜いてくれ」
右腕を差し出すが、反応がない。
アルデを見ると、あっけにとられたように、ポカンとしていた。
「金の腕輪が……魔獣の脂まみれに……」
「牛脂のようなものだろ」
「牛脂でも、問題ありですよ」
正気に戻ったアルデが、帰還の腕輪に指をかける。
そのとき、ギルバートの背後で、ヘビーモスが目を開けた。
「ギルバート様、後ろ!!」
振りかえるギルバートの前で、ヘビーモスが体を起こす。
舌打ちをしたギルバートが、左手のまま、剣を構えた。
「アルデ! 腕輪をはやく抜け!」
ギルバートは、背後のアルデに右手をつきだす。
説明をするひまが無かったが、アルデは素直に従った。
ギルバートの手首をつかみ、腕輪を回しながら抜いていく。
ぬめりに助けられ、するりと外れた。
「腕にはめろ」
ギルバートが、右手首をふって、脂を飛ばす。
「はめました!」
利き手で剣を構えなおすと同時に、ヘビーモスが前足を高くかかげた。
「くりかえせ。『帰還する』」
「き、『帰還する』」
フッと後方の気配が消え、ギルバートは笑う。
うまく逃がせた――これで、遠慮なく戦える。
魔術剣に一気に魔力を注ぐ。
色は漆黒、巨大で凶悪な形状に変化する。
ギルバートは、飛び込んでくる太い前足を、ギリギリでかわす。
お返しとばかりに、渾身の力で魔術剣を振り払った。
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