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黒いたち

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 記憶よりも混沌とした部屋に、青寿せいじゅはごくりと息をのむ。
 
 天井てんじょうまでとどく棚は二台。
 ぎっしり物がつまっており、大半が正体不明だ。

 本やDVDはまだわかる。
 あの大量のうちわは何だ。いろんな形の透明とうめいな棒の集団は。なぜぬいぐるみが棚に。クッションに人の顔が印刷されているのも謎だし、カバンやTシャツが壁に貼り付けてあるのも意味がわからない。

 そのすべてが、赤・緑・黄・紫・青の五色にわかれている。
 原色の多さに目がチカチカするし、部屋中の目が多いのもこわい。
 こんなに写真を飾る必要があるのか。

 ぐるりと部屋を見渡した青寿は、ふと既視感きしかんを覚えた。
 この光景、どこかで――。
 エリート天人の脳みそは優秀で、パッと光景が浮かんだかと思うと、芋づる式に記憶がよみがえった。
 
 数年前、裁判所に支払督促しはらいとくそくを申請してきた天人がいた。
 なんでも、200年以上家賃を滞納たいのうしている入居者がいて困っているとか。
 後学のために強制執行きょうせいしっこうについていったが、その現場の室内に似通っている。
 滞納者の天人は、妻帯者さいたいしゃで無いにもかかわらず、しきりに「俺の嫁が!」と叫んでいたのが、異質だった。

 思い出せたのに、まったくすっきりしない。
 むしろ不安が増した気がする。
 青寿は顔をひきつらせ、五人組の青年が楽しそうに笑う特大ポスターを見やる。

Fuvukiふぶき……?」
「え!? 青寿も知ってる!? いいわよね、吹雪!! 私はわかばくん推しだけど、青寿は誰推し!?」
「……とくに無いかな」
「――わかる! 五人とも良すぎて選べないわよね!!」

 はあーっ、と沙羅さらが満足気に息をはく。
 そうして、青寿から受けとったワッフルケーキの箱をあけて、歓声をあげた。

「お茶入れるから、そのへんに座って」
「……どこ?」
「あー、ちょっとまって」

 沙羅は二人掛けのダイニングテーブルにちかづく。
 テーブルは物置きに、イスは服がかかってハンガーになっている。
 沙羅は床のダンボールをひろい、テーブルの物を一気にその中に落とす。
 服はかかえて、部屋の隅にある服塚ふくづかへ――。

「よし、片付いた」
「沙羅。断捨離だんしゃりって知ってる?」 
「知ってるわよ。何年、下界にいると思っているのよ」
「13年7ヶ月と8日」
「青寿の記憶力って、きもちわるいわね」

 軽く言って、沙羅はお茶の準備をはじめる。
 その背中を、青寿はみつめる。

 沙羅とこんなに話すのは34日と1時間2分ぶりだ。
 遠慮のない会話は親密のあかし
 天女の沙羅は16才の見た目のまま、のびやかな手足がうつくしい。
 天人の青寿は20歳の姿、はたからみてもお似合いだ。

 幼な妻、新妻、花嫁御はなよめご……。
 今日こそ、彼女を連れ帰り、求婚する。
 794年9ヶ月11日の片想いに、決着をつけるんだ!

「青寿はどれ食べる?」

 沙羅が笑顔でふりむく。
 お盆に乗ったふたつの湯呑ゆのみに、青寿の頬がゆるむ。

 沙羅が下界げかいに降りた翌日、訪ねていったら「来客用の湯呑みが無いから帰って」と言われた。
 だからその翌日に贈った湯呑みで――それが組湯呑くみゆのみと呼ばれる夫婦でつかうものだとしても――うつくしいグラデーションの九谷焼くたにやきを、沙羅は気に入ったらしい。

 青寿のまえに置かれたのは、淡いグリーンからブルーになっている湯呑みだ。
 上下で変わる色合いに、はりつけられた銀箔ぎんぱくが、波のようにかがやく。

 中身は青柳色あおやなぎいろの緑茶。玉露ぎょくろだ。
 青寿がいちばん好きなお茶で――それがもう、彼女の答えではないのか。

 青寿はおもわず沙羅を凝視する。
 沙羅は、ブルーからピンクのグラデーションの湯呑みを置いて、ふわりとすわった。

「私、キャラメルナッツにしよ。青寿は?」
「俺はいいや」

 だって胸がいっぱいだ。
 結婚式は盛大に――白無垢しろむく色打掛いろうちかけ、引き振袖。沙羅なら何でも似合うだろう。
 さいきんは天界でも洋装が増えてきたから、ウェディングドレスにカラードレス……やばい、視界がうるんできた。
 
 青寿は眉間みけんにこぶしをあて、ほそく息を吐きだす。

「ごめん、洗面所貸して」
「いいけど、なんで?」
「ちょっと……まぶしくて」

 それだけ言って、席をたつ。
 なごりおしくて振りむくと、沙羅がいぶかしげに首をかしげているのが見えた。
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