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別章 砂の海
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しおりを挟む良い奴だと思ったのに。
案内をしてくれたことも、陽を遮るように気を使ってくれたことも、見せかけの優しさなのか。
そうだとするのなら、外地のあやかしはよくわからぬ、と颯は思った。
あやかしの気を吸いつくして枯らす訳でもなく、頭からばりばりと嚙み殺すわけでもない。
颯が忘れていた人間であった頃の寂しい過去を見せ、死に際を見せ、感じていた寒さも痛みも拭い去り、颯の中からいくつかの言葉を奪っていった。
こわいものもいけないことも、そんなものは全部無くしてやると囁かれ、身体をまさぐられ、快感だけが残るように愛撫され、抗う力を奪われていった。
黒風は、すぐ喰らう餌ではなくて、抗わぬ人形が欲しかったのか?それとも従順な奴隷が。
足下の薄い氷の下では、黒風が束風の指から出来た身替りのハヤテを抱いている。自分そっくりの姿を見るのは妙な気分だった。
結界というのか、束風の作った閉じた部屋にいるせいで、安全な場所にいるという感覚があった。それもあって強いものに対する根源的な怯えはあるものの、眺める事ができた。
黒い靄に包まれた黒風の日に焼けた肌は今は青黒く、黒褐色の髪は肩を超すほどに長い。額に横に走る傷があり、太い眉、恐らく古傷であろう殴打のせいで歪んだ鼻筋、こわばった笑みをそのまま貼り付けたような唇があった。
最初に見た実直そうな面影がない。
そしてそこに据えられている替わり身の自分の姿を見ると、白く淡く、うっすらと輝いていた。束風ほどではないが、そこそこに良い美しい顔立ちをしていると思う。
初雪を踏まずにはいられぬ性なのか。
颯には何故こうなったのかが分からない。
ただ勝てぬと言うことだけは分かる。
ふるりと氷の床が揺れ、颯は身構えた。
「俺だ」
現れたのはいつもの姿の束風だった。
「お前、難儀な奴に目をつけられたものだな。なかなかに根深いぞ。奴は我らとは成り立ちが異なるようだ」
颯は首を傾げた。
人と、人ならざるもの。
自分が人ならざるものであることを颯は理解している。では黒風は?
「人の身のまま悪魔になったようだ。いぶりすとかさたぁんとかいう名に連なるものだが、この地の人も絶えて信仰が途絶えたのだろう。空いた神の座に奴は座っているようだ」
颯は再度首を傾げた。
よくわからぬ。束風の言葉は難しすぎた。
「崇める者もなく、堕落する者もいない国で奴は空っぽの王座に座しているのだよ。人も物々も喰い漁り力を得ても、振るう場所がなく、することもなく、飢えが極まった所に、お前のようなものが現れて、恐らく人の片鱗に惹かれたのであろう」
「人の片鱗?俺は、自分の前世が人であることなんて思いもしていなかったし、すっかり忘れていたのに。どうやったんだろう?」
さあな、と束風はにべもない。
凩がいれば、いぶされたくぁんにやられっぱなしなのかと、げらげら笑うに違いない。
何をどれだけ奪われたのかも分からないが、せめて一つくらい自力で取り返さねばと颯はぐっと拳を固めた。
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