だんじょんきーぱー

小目出鯛太郎

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11話 そして嵐は突然に

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拍子抜けというか、魔王に騙されたんじゃないかと思うくらい何も起きなかった。この世界にエイプリルフールがあるのかどうか知らないけど、街もダンジョンも平和そのもので、俺とミノタンはほのぼのとお菓子を焼いてお茶会をしたり、街にいつの間にか出来ていた冒険者食堂を覗きに行ったりした。
人間と魔物は眠りの周期が違うのでちょっと寝たつもりが半年経ってたりするんだよね。ユーヴュラが居た時は気をつけてたんだけどなぁ。


「だめ、あんた達は塔に入っちゃ絶対だめ」
プリリンさんには塔の出禁を言い渡されてしまった。


「どうしてぇ?塔だってもとはといえばティンちゃんのものなのに入っちゃいけないなんて」

あ、人影が…と思った瞬間に頭に空の小麦粉袋を被らされた。誰かが通り過ぎてしまうと袋は取り払われた。
「今、塔は紅一点プリリンで統率されてるの。そこに儚い美少女系家主様と元気なキュート系ミノンが参戦してみなさいよ、票が割れちゃうでしょ!?」

あれ、一人いないことになってないかパリリンさんが。そして俺もミノタンも参戦も何もする気は無いんだが…。票ってナニ?

「特にミノンは巨乳が被ってるから絶対に、ダメ!!」
「酷い!プリリンちゃん友達だと思ってたのに」


女の敵は女というのはこれか。

「帰って!帰って!入っちゃダメー」
プリリンさんが拳でぽかぽかとミノンを叩いたけれど、ミノタンはされるがままになっていた。ミノタンが拳で叩いたら壁に穴が空いちゃうもんな。我慢して偉いぞミノタン…。俺はそっとミノタンの手を引っ張った。

「プリリンさん、塔には行かないから、時々ダンジョンに遊びに来てね。ミノンちゃん冒険者亭でアップルパイでも食べよう、奢ってあげる」

道中、ミノタンは漢泣きというのか顔中滝みたいにしてぼろぼろ泣いてしまった。男の姿だった時は仲良くお菓子を作ったのに女姿になっただけで拒絶されて、冷たく手のひらを返されたように感じたのだろう。

「よしよしミノンちゃん。こんな時は美味しい物をたーくさん食べて元気だそう。きっと仲直りできるよ」
「ティンちゃんがいたら、もう友達なんていらないもん」


街に出来た冒険者のための食堂『冒険者亭』(なんのひねりも無い名前だよな)はダンジョン攻略ではなく、次の街へ向かうための中継所として、簡易宿泊所を兼ねた建物になっていた。ここのアップルパイが美味しいと教えてくれたのはミノタンだった。ワンホール食べちゃうらしい。
お金はダンジョンで採取した赤芯草を売って小金を準備してあった。これがなかなか高く売れるのである。ふっふっふ。ユーヴュラの知識によって俺は採取は熟練級だよ。
日中の冒険者亭は空いてて、遠慮なく席を二人で占領しアップルパイをワンホール、おばちゃんお薦めのクランブルパイを一つ注文する。

ミノタンはまだ、ぐすぐすしていた。男なら泣くなーって背中をばしんと叩いて励ましたりできるんだけど今のミノタンは俺より背が高いとはいえ何処からどう見ても女の子だった。流石に上半身に、黒革ベルト一本だと犯罪になるのでちゃんと服を着ている。白いブラウスに花の刺繍のされた黒いベストと真っ赤なスカート。オランダの民族衣装っぽくてすっごい可愛い。黒い巻毛をふんわり背中に流して、鼻先とほっぺたを真っ赤にしてぐすぐすされると、よしよし撫で撫でしてあげるしかないでしょ…。

「ほら、ミノタン、ケーキが来たよ」
「ミノンちゃんって言ってくれなきゃヤダ」

もーこのったらすっかり甘えん坊になって仕方ないなぁとか思いながら、おばちゃんが出してくれたアップルパイを切り分ける。
「ミノンちゃん、あーんして」

ミノン呼びとあーんで機嫌が治るんだから良いか。雛のように口を開けるミノタンにアップルパイを食べさせ、俺はクランブルパイとやらを一口齧った。

ポロポロと崩れる甘い生地がうまいサクシュワな食感だ。
「あ、こっちも美味しいよ、あーんして」

ミノタンにむけてケーキを一口分差し出した時だった。

むせた、というか間欠泉みたいに腹の奥底からごぼっと何かが噴き上がった。ケーキもフォークも落ちて押さえた手の間からホースで水を撒くみたいに赤いのがびしゃびしゃ飛んだ。


「ダンジョン様!」
折角の可愛い服が汚れるからダメと言おうとしたのに口から溢れ出るもののせいで何も言えなかった。
ミノタンが俺の体を抱きしめた。
あー汚れちゃったとか、俺の血って赤かったのか、とか。なんであの時みたいに緊急警報エマージェンシーコールが鳴らないのか。言いたい事はたくさんあった。でもどれも言葉にならない。

きゃーとおばちゃんの悲鳴が響く。驚かして汚してごめんちゃい…。でも喀血が止められない。
なんだこれ、まるで「だるま落とし」の胴をハンマーでぶち落としていくみたいな…ダンジョンのフロアごと、ぶっ壊されてる?
核への攻撃じゃなくて、フロアを攻略せずに壊してる?
そんなの、そんな事ができるのってどう考えても勇者しかいないだろ…。

魔王が言うほど秒殺ではないけど、これはヤバい。死ぬ。死んじゃう。ヤバい、ミノタンを逃さなきゃタンシチューと焼肉の具にされちゃう。しかも今ミノタンは凄く可愛いから勇者に捕まったら殺される前に絶対えっちなことされちゃう…。らめぇ系のお話になっちゃう。チクシヨーチモナミダモナイユウシャメ
「…ミノタン逃げて」

「ダンジョン様!何血まみれのまま顔を赤らめてるんですか。ダンジョンが攻撃されてるのネ?」
「ええっ!?ダンジョンが攻撃されてるだって?!」

横から口を出したおばちゃんが顔を拭ってくれた。やだ血染めの布になっちゃう…。それから古いマントを出して覆ってくれた。
「あたしゃ医者を呼んで、街に警鐘を鳴らしてもらいに行ってくるよ。お嬢ちゃんしっかりするんだよ」

ううう、自分の体の構造なんてわからないけど、人間の医者が来たってきっとどうにもならない。ダンジョンに人は居ないよな?潰れて怪我人とかでないよな?魔王まおうしや……ぐべぇっ…今魔王呼んじゃいけないか。勇者と魔王が出会ったら街が焼土になっちゃうもんな…魔王もニゲテェ…

「ダンジョン様、アタシが勇者を止めてみせます!だからここで待ってて下さい」
「ダメ」

ミノタンだけではらめぇな未来予想図が展開してしまう、そんなビジョンが見える。俺に未来視はできないけど間違いない。
『ミノタンが行くなら俺も一緒に行く。勇者が壊してるのは俺のダンジョンなんだから』

ユーヴュラが俺のために作ってくれたのに壊されちゃうなんて。
勇者も全てを一気に壊すのは無理みたいで今は小休止したのか、喀血が止まった。

魔王の言葉を信じるなら勇者は女性を斬らない。そこにかけるしかない…。

ミノタンが軽々と俺をお姫様抱っこしてすくっと立った。次の瞬間にはダンジョン前だった。可愛い女の子の姿をしていても魔物なのだ。近い位置なら転移できるくらい優秀なんだ。

いつもならダンジョン中で薬草を摘んでいる子供達が、外にいた。怖そうなおじちゃんと二人のその仲間らしき人達にダンジョンから出るよう言われたそうだ。
孤児院に戻って大人といるようにミノタンが言い含める。本気まじ
心配そうにこちらを伺う子供達に大丈夫だと手を振り返した。マントで隠してるから俺の血染め服は見えないはずだ。

『ミノタンは俺を置いたらすぐに転移で逃げて』
「何言ってるんですかアタシは護衛なんですからネ。一人逃げるなんて選択肢はないの」
そう言いながらミノタンの手は震えてた。勇者なんて怖いに決まってる。
しかも相手は3人だ。


あ、また始まった。ごぼっと腹の奥から液体が迫り上がる。階層のやわらかい場所を二段打ち抜きされたのかも…。手足の末端から感覚が無くなりそうだ。
ミノタンが俺を抱きかかえてダンジョンの中に飛んだ。


飛んだ先か異様に大きなツチの真下というか、真ん前だなんて、運が無い。
ジ・エンド


ぺちゃんこになる。
潰れたトマトみたいになる。
…。
……。
ぺちゃんこにも潰れたティンアンドミノビーフにもならなかった。


「なんでこんな酷いことするの、鬼!悪魔!人非人!ひとでなしぃぃ」
片手に俺を抱えて、親指と人さし指で振り下ろされた槌を振り抜けないように支えるミノタンの底力はなんなの。



「ここは偉大な冒険者ユーヴュラが愛しい恋人ティンを守るために作った愛のダンジョンなんだよ!なんで壊すのぉ。ティンがあんた達に何かした?してないでしょ!?人間のために薬草だっていっぱい作って、親の無い子が飢えないように畑も家も作って皆が楽しく暮らせるようにしてるのに、なんで壊すの」

ミノタンは叫んだ。愛しい恋人のくだりで恥ずかしくなったけど、ミノタンは俺のために叫んでくれた。ヒーローもヒロインも、ミノタンミノコだ。俺はもうダンジョンの藻屑になって新たな物語の傍観者になってもいいかなぁなんて思ってしまった。


槌を持った青年が構えを解いて後ずさるなり別な奴が向って来る。魔物と戦う役とダンジョンを破壊する役は違うのかもしれなかった。


「なんだ貴様は化け物め!」
槌を構えた青年の後ろから、長剣を持った中年の男が横薙ぎに胴を狙ってきたけれどミノタンは凄かった。剣の横面を蹴り上げて剣士の利き腕を掴んでしまった。


「ヤン スッゴイタイプ」
ミ、ミノタンミノコ
四十前後の男は歴戦の剣士らしい風格があり、旅の垢を落として両肩に乗った重責を下ろせば女泣かせになるぞ…みたいな、常々ミノタンが語っていたドストライクゾーンの男ではないか。彫りの深いバター顔で、乱雑に束ねた髪がブロンドでなくダークブロンドなのもミノタンポイントが高得点だろう…。首は太く、肩幅も広い。腕は丸太みたいだった。細身はミノタン好みじゃないもんね。いいよ、ミノタンミノコ、俺のことはもう捨て置いて好きにして良いよ。なんだか全てを達観した菩薩のような気持ちで瞬時に恋に落ちたミノタンの顔を眺める。


「ヴァィ、下がれ!魔物は俺が縛る!!」
剣士が腕を捻ってミノタンの手を振り払った。即座に光が走る。


おお、これが噂に聞く束縛魔法バインド。あれだ、打撲や捻挫した時に患部にあてる電気治療機の刺激に似てた。ちょっと今の俺にはビリビリ刺激が強すぎるかなぁ…。やぁぁぁ。


「キャァ!イヤァァァァ!!」
ミノタンも俺も悲鳴を上げた。この魔法何故噂になっていたかといえば、こうなるからだ。服が弾け飛ぶんだナ。

着てた血まみれのブラウスもおばちゃんに借りたマントもズタボロになるが、俺のほっそい体は長い髪で大事な所が上手く隠れる。流石魔王メイクボディ。でもミノタンミノコの場合は服が見事に弾けて白いおぱーーいが右に左にたゆんたゆんたゆんたゆんゆんゆん(残像)した。健康的な白さが眩しい。

束縛魔法を使う奴って、絶対むっつりスケベだよね、ネーって二人で話したことがあったんだ。本当に実戦で使われるとは。

「ティンさまぁっ!!」
俺の体を支えてくれていたミノタンの腕が震えて、俺の体は前に押し出され、ミノタンは剣士の方に倒れ込んだ。

突如ダンジョンの床は崩れ、俺と槌の青年を、ミノタンと剣士の男を別々に飲み込んだ。そして意外な程に深く落ちたのだった。


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