だんじょんきーぱー

小目出鯛太郎

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閑話 ヴァイ

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「ぐっ…」



ヴァイは呻いた。ダンジョンで足場を損ねて落下するなど、勇者に随行する身としてあるまじき失態だった。
かなりの高さから落ちたはずなのに痛みはさほどない。頭がやわらかな物に包まれている。湿って埃臭いダンジョンのはずが、ベリのような甘い香りがした。ダンジョンに自生する植物の上にでも落ちたのかと思っていたのに違っていた。


魔物に庇われるなど。

ヴァイは歯噛みした。背筋に震えが走るほどやわらかくすべすべとした温かな胸と白い腕に頭を抱えられていたのだ。
「くそ」

振り払うと、腕は力なくぱたりと落ちた。
魔物には到底見えない麗しい少女の唇の端から血がこぼれ、ほっそりとした首も肩も血で汚れている。

動く気配は、ない。

死ね、死んでしまえ。ヴァイは心の中で呟いた。そうすればあの細首をへし折る必要もなく、白い胸に剣を突き立てる必要もない。
そのまま眠るように死んでしまえ。
ヴァイは体を起こして、倒れたままの少女の身に人間との差異を見つけようとした。あるいは醜い魔物のしるしがあれば、殺せると思った。

ヴァイは人型の魔物が嫌いだった。人に似ているほど存在に腹がたつ。小鬼ゴブリンのように汚い肌をしておぞましい顔に角と牙とがあればすぐにでも斬れる。息をするように斬れる。
目の前に倒れている魔物は黒い巻毛だ。黒絹より細いつやつやとした髪だ。少女の顔にかかった髪を払う。
優雅な白百合の花弁のような額、細い眉、黒く長いまつ毛、つんとつまんだような形の良い鼻先。唇の端についた赤い血のせいで、色褪せたように見える唇の本来の色は…。

ヴァイの指は操られるように血を拭っていた。荒れた指で触れるのが申し訳ない程に、やわらかくてつるんとしていた。

ヴァイは花の名前などろくに覚えていないが、唇は名を知るどの花より瑞々しく美しい色をしていた。

あごは片手で容易に掴める。首は折れそうに細い。肩幅は少女にしては少しあるように思えたがこの豊かな胸を支えるためなら仕方がないと思えた。


胸の頂も淡い色をしている。
ゴクリと喉が鳴った。久しく女を抱いていない。



もうこの体の上に人間との差異を見つけるのをやめなければと思いながら、魔物であるから人間の女より美しいのかもしれないとヴァイは思った。
人間を誘惑するために美しいに違いない。
この美しい肉体で男の目をひき油断させて、ダンジョンの奥に引きずり込み貪り喰うに違いない。
この顔でこの胸でこの腰でどれほど…。

両手で顔を覆いヴァイは呻いた。魔物が美しいと思えた事がすでに許しがたいのに、この魔物が誰かのモノになっているかもしれないと思っただけで何もかも切り裂きたいような気持ちに駆られた。


おかしい。今までこんなことを思ったことがない。また甘い香りが漂う。


今まで抱いた女達と違うからだと毒づく。すれた娼館の女達、共に旅をした肉感的な女戦士や世慣れた魔道士の女。一夜の宿だけでなく体までくれた女達。女は嫌いではない。好きだ。だが面倒な駆け引きは嫌いだった。すぐに足を開く女が良い。金で片がつくほうが気が楽だ。
だが本当にそんな熟れた女ばかりが良いかといえば本心は違った。


美しく若く楚々とした慎ましやかな女が良い。今から咲き開こうとする花のような若い娘が。男をらず腕の中で震えて頬を赤らめるような初心な少女が。だがそういった娘は、ヴァイに怯えてけっして近くには寄って来ない。まして両家の子女などは大切に囲われて手どころか視線すら合うことがなかった。

だが遠くから見かけた貴族の娘より、この魔物のほうがずっと美しい。
 
「……っん…」


苦痛をにじませた吐息めいたものがヴァイの耳に届いた。

髪と同じ黒い瞳が何かを探すように瞬く。
その瞳に涙が湧き上がるのを見た。
ちいさな唇が震えながら動く。コロサナイデと言ったように見えた。


そうだ、命乞いをしろ、魔物らしく醜い浅ましい姿を見せろ。そうすれば殺せる。


「ティンは?…ティンちゃんはどこ?ティンちゃんを…いじめないでぇ…」


美しい魔物が自らではなく、この場に居もしない別の魔物の命乞いをする。その姿を見て……否、見なくともヴァイには分かってしまった。


殺せない。

敵を庇い、危機的状況で仲間の命乞いをするそんな生き物を殺せない。ヴァイの剣の横面を蹴り上げるほどの実力があったのに今は地に倒れている。


「どうして俺を庇った」

あの反射神経だ。ヴァイを庇うように抱きしめさえしなければ落下時に怪我などしなかったかもしれないのに。

「庇って…いないもん…ダンジョンで人間が死ぬのが嫌だっただけ」

「あれだけの罠を張っておいて人が死ぬのがが嫌だと?」

物騒な罠が多すぎた。だから勇者は罠を解除せずに力任せに壊し始めた。勇者の特殊武器が剣や槍でなくつちという打ち壊しに向いた武器であるせいもあった。

「罠が多いのは最奥にたどり着くのは困難だって思わせて、人間に諦めさせるためだよ」

詭弁きべんだ。魔物風情がよく口が回るものだ。お前の思惑はどうであれ宝は奪いダンジョンは潰す」


嘲るように言い放つと魔物の瞳がまた涙に濡れた。その泣き濡れた顔を見るとまだ泣かせたいと思うと同時に、流れた涙の粒を舐め回したいような気分になった。舐めたいのは涙だけではない。赤く染まった瞼も耳も、細い首筋も何もかも自分の物にしなければ治まらない。頭の内でおかしいと警鐘が鳴るのに目を離せない。


「お願い、ダンジョンを壊さないで」
「黙れ、ダンジョンは…」

「なんでもする、お願い、ダンジョンを壊さないでぇ」

魔物は人を襲う。人を騙す。これ以上余計なことを喋らせずに
口を塞がなければとヴァイは魔物の首に手をかけた。指の先に血の流れを感じる。締めれば良いのに出来ずにいた。
縋るような瞳に見つめられ鼓動が早まる。


「お前が俺の従魔になるのなら、俺は・・このダンジョンを壊さないでいてやろう」

小さな顔がこっくりと頷く。



「オマエノイッショウハオレノモノダ」

奇妙に声は木霊こだました。自分ではないような声が耳を犯した。

魔物を従える契約などいつ俺は出来るようになったのだとヴァイの虚しいまでの精神の足掻きは甘い香りに包まれて霧散した。

魔物の鎖骨の下、豊かな胸の間にヴァイの剣の紋様が赤く刻まれていた。

ほら、もうこれでこの魔物は俺の物になって、俺の望むままに好きに扱って良いのだ。ヴァイの視線は釘付けになる。勇者の随行者として選ばれた誇りも剣士としての威厳もとろとろに溶けていた。口から、ぱたたっと涎が滴る。
淡い色の頂を濡らし、それが合図のようにヴァイは盛りのついたケダモノと化した。

自慰を覚えた時のような強烈な快感に突き動かされて、白い魔物の身体を押し開いた。哀願も喘ぎも無視して淫らに腰を打ちつけ吐精する。
「ぁ……んっ………」
唇を噛んで耐えようとする細い腰を掴んで、両脚を掴んで開かせる。

ぬめるそこに赤い血が交じるのを見て狂喜する。甘い香りに包まれながら奪い犯し喰らい尽くす勢いで休みなく交わりヴァイは朦朧とし息も絶え絶えになった。


潤んだ黒い瞳がヴァイを見つめている。
「ミノンは御主人様の従魔だから、御主人様が与えてくださった喜びにお返ししまぁす」

されるがままだった魔物が、たどたどしい舌使いでヴァイを舐め始めた。さわさわと肌を撫でる手も、押し当てられる乳の感触も肌の温みも、何もかもがもの足りずヴァイは呻いた。
「可愛い奴め…」


「御主人様がミノンに教えてくれたぁ、女の喜びも……………倍返しにしちゃいまぁす」

突如少女の声が途絶えて、聞いたことも無いような男の声になった。咄嗟に跳ね起きようとしたが、体は重く、更に万力のような力で押さえつけられていた。

尻を掴まれて、そこに何かが擦り付けられる。
「最初は御主人様がしてくれた通りにりたいんだけど。ミノン、初めてだったのにすっごく痛かったのに、御主人様ったら『中にいっぱい出して、続けたら気持ち良くぅなる』ってぇ言いましたよネ。でもお尻は切れちゃうと大変だから、いっぱい慣らしてあげます。ミノンれば、出来る子だからがんばる。あ、この姿の時はミノタンだけどいいよネ?」



「やめろぉぉぉ!」

ヴァイは絶叫した。幸いと云えばいいのかそうでないのか尻の間に入ってきたのは指だった。叫びと悲鳴が喘ぎに変わるまでそう時間はかからなかった。背後から首を噛まれ、陰茎をしごかれながら指で中を突かれる。自分が組み敷いていたはずの美しい少女が、逞しい青年になってヴァイを押さえつけていた。地面に這わされ尻だけを上げるような姿でヴァイは喘いでいた。


「ふふふ、御主人様がちがちにってるネ。まだ插入れてないのに漏らしちゃうなんて…そんなに気持ちいいの?もっと良くしてあげる」

ヴァイには男色の気も肛姦の経験もなかった。その手の男から物欲しそうに色目を使われることはあったがいつも冷たく無視していた。
やめろ、やめてくれ、どう藻掻いても暴れても抜け出る事が出来ずヴァイは泣きながら哀願していた。ヴァイが知っているのは射精する快感であって、貫かれる喜びではない。抱かれてよがる女の側の快感などヴァイは知りたくなかった。

おすの欲望が熱気となってヴァイの尻の間に押し付けられ、抜けた指の代わりに突っ込まれた。

魔物に犯されていると思うだけでも耐え難いのに…ヴァイは恥辱に震え、頬も耳朶も首筋まで赤く染めた。
何の役にも出たない乳首を千切れるほどに抓られてそれがまたヴァイに快楽をもたらす。


甘い香りに包まれて、いやいやと首を振りながらいつしか自ら腰を揺らしていた。

牡の欲望はヴァイの中で太く硬くなり、腹を押すまでになった。

もうそこには剣士だった男はいなかった。まるで主従が逆転したように従魔に抱かれて白濁にまみれる快楽の奴隷が終わりない愉楽に喘ぎ続けていた。

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