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砂の国
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「お前、またそんな自分の首を絞めるような物を買ってどうするのだ」
大妖束風に睨まれて、凩はうっぴゃっと首を竦めた。
「だって、これかの有名な文人なんちゃらが愛用した火鉢なんだぜ?しかもほらよく見てよ」
白い火鉢に描かれた竹の絵を指す。
「ほら、これ、竹の絵!おれ、せんせーの名前はわすれちゃったけどうたは覚えてるぜ。こがらしや~ たけにかくれて~ しずまりぬ~。この火鉢見たらさぁ、なんかおれのためにあるような気がしちゃってさぁ…どうしても欲しかったんだよ。おれ、火鉢使えないけど。物入にでもしようかと思って。うん、まぁ、これといって入れる物もないけど、ほら、最悪おれが中に入ってもいいわけだし…。ねぇだからそんな怖い目で見るなって!」
凩は上目遣いで束風を見つめた。
何年たっても、多くの霊山に純白の雪の衣をもたらす大妖束風が自分と同じ生まれとは思えない。
眩しく輝く白銀の髪。
雪のように白い顔に形のよい額と、凛々しい眉、高く整った鼻梁、冴えた澄んだ青い瞳が備わっている。
衣装は十二単のような和装束、重ね着の襟が瑠璃色と淡青で、冷えびえとした感じがするが、束風のきりりとした容姿にこれ以上にないというほど似合っている。
かくや自分はといえば涅色…川底の泥のような黒い単衣に溝鼠色の帯をしめた、平々凡々な顔だち。
髪は黒髪だと言いたかったが少しずつ痛んで茶が入りかけて顎先までばさばさとしていた。
せめて顔だちにもう少し華やかさがあれば、黒い衣も檳榔子黒…少し青みがかった黒の最高級の染めだと言えるのにと、凩の頭の中は美しいものとそうでないものでいっぱいになり、睨まれていることを忘れた。
凩の良いところでもあり、悪いところでもあった。
束風はひょいと凩を抱えると冷たい火鉢の前に胡坐をかいた。
くっ、と自分の人差し指を噛むと燕の雛のように口をあける凩の口へ指を入れた。
血のかわりに妖気の滲む指を、凩はありがたくちゅうちゅうと吸った。
弱小あやかしである凩は、冷たい風で人の首をすくませたり、女袴をちょっとめくるくらいの力しか持たない。人に憑いたり、喰い殺したりなど到底できないほぼ最弱のあやかしである。
落とし便所の下から、むきだしの女陰にふーっと冷たい風を当てて、女人にひゃぁと声を上げさせたのが恐らく最大の手柄であるのだが、次から臭い下風と呼ぶことにしようと軽蔑しきった眼差しで束風に咎められそんな悪戯も、もうしていない。
そもそもが人の数が減りすぎて、もう悪戯をする相手もいない。
こがらしの俳句を詠む人も、知る人も絶えてしまったのではないかと時々思う。
束風の冷たい指をちゅうちゅうと啜りながら、凩は迷っていたことを告げることにした。
「束風、来年からはもう来なくても良いぞ」
「なんだ、とうとう宗旨替えか、ついに人でも喰う気になったか」
束風は凩を抱えたまま淡々と言った。
「寿命がきた」
だから凩も淡々と答えた。
「指がもう保てなくなってきた」
「もっと吸え」
「砧が消える時もこうだった」
束風は背後からぎゅうっと凩を抱きしめた。
「凩、俺の眷属になるか…?」
冷たいように見えて、優しい束風ならきっとそう言うだろうと凩は思っていた。
「いや、俺は常夏の国へ行くぞ!だから束風の眷属にはならん。…と言いつつまぁちょっと今日はいつもより多めに吸うが、許せ」
調子の良いやつめ、と束風の尖った顎先が凩の頭の上に乗った。
「凩、南に行ってどうするつもりだ」
「ぬ、それは凩一族の秘策であるゆえ、たとえ束風であっても言えぬ」
「そうか、ちょうど俺も南に行こうと思っていたところだ」
そんなはずないだろう、と凩は突っ込まなかった。
にこりと笑ってそうかと頷く。
きっと何を言っても束風はこの旅についてきそうな気がしていた。
大妖束風に睨まれて、凩はうっぴゃっと首を竦めた。
「だって、これかの有名な文人なんちゃらが愛用した火鉢なんだぜ?しかもほらよく見てよ」
白い火鉢に描かれた竹の絵を指す。
「ほら、これ、竹の絵!おれ、せんせーの名前はわすれちゃったけどうたは覚えてるぜ。こがらしや~ たけにかくれて~ しずまりぬ~。この火鉢見たらさぁ、なんかおれのためにあるような気がしちゃってさぁ…どうしても欲しかったんだよ。おれ、火鉢使えないけど。物入にでもしようかと思って。うん、まぁ、これといって入れる物もないけど、ほら、最悪おれが中に入ってもいいわけだし…。ねぇだからそんな怖い目で見るなって!」
凩は上目遣いで束風を見つめた。
何年たっても、多くの霊山に純白の雪の衣をもたらす大妖束風が自分と同じ生まれとは思えない。
眩しく輝く白銀の髪。
雪のように白い顔に形のよい額と、凛々しい眉、高く整った鼻梁、冴えた澄んだ青い瞳が備わっている。
衣装は十二単のような和装束、重ね着の襟が瑠璃色と淡青で、冷えびえとした感じがするが、束風のきりりとした容姿にこれ以上にないというほど似合っている。
かくや自分はといえば涅色…川底の泥のような黒い単衣に溝鼠色の帯をしめた、平々凡々な顔だち。
髪は黒髪だと言いたかったが少しずつ痛んで茶が入りかけて顎先までばさばさとしていた。
せめて顔だちにもう少し華やかさがあれば、黒い衣も檳榔子黒…少し青みがかった黒の最高級の染めだと言えるのにと、凩の頭の中は美しいものとそうでないものでいっぱいになり、睨まれていることを忘れた。
凩の良いところでもあり、悪いところでもあった。
束風はひょいと凩を抱えると冷たい火鉢の前に胡坐をかいた。
くっ、と自分の人差し指を噛むと燕の雛のように口をあける凩の口へ指を入れた。
血のかわりに妖気の滲む指を、凩はありがたくちゅうちゅうと吸った。
弱小あやかしである凩は、冷たい風で人の首をすくませたり、女袴をちょっとめくるくらいの力しか持たない。人に憑いたり、喰い殺したりなど到底できないほぼ最弱のあやかしである。
落とし便所の下から、むきだしの女陰にふーっと冷たい風を当てて、女人にひゃぁと声を上げさせたのが恐らく最大の手柄であるのだが、次から臭い下風と呼ぶことにしようと軽蔑しきった眼差しで束風に咎められそんな悪戯も、もうしていない。
そもそもが人の数が減りすぎて、もう悪戯をする相手もいない。
こがらしの俳句を詠む人も、知る人も絶えてしまったのではないかと時々思う。
束風の冷たい指をちゅうちゅうと啜りながら、凩は迷っていたことを告げることにした。
「束風、来年からはもう来なくても良いぞ」
「なんだ、とうとう宗旨替えか、ついに人でも喰う気になったか」
束風は凩を抱えたまま淡々と言った。
「寿命がきた」
だから凩も淡々と答えた。
「指がもう保てなくなってきた」
「もっと吸え」
「砧が消える時もこうだった」
束風は背後からぎゅうっと凩を抱きしめた。
「凩、俺の眷属になるか…?」
冷たいように見えて、優しい束風ならきっとそう言うだろうと凩は思っていた。
「いや、俺は常夏の国へ行くぞ!だから束風の眷属にはならん。…と言いつつまぁちょっと今日はいつもより多めに吸うが、許せ」
調子の良いやつめ、と束風の尖った顎先が凩の頭の上に乗った。
「凩、南に行ってどうするつもりだ」
「ぬ、それは凩一族の秘策であるゆえ、たとえ束風であっても言えぬ」
「そうか、ちょうど俺も南に行こうと思っていたところだ」
そんなはずないだろう、と凩は突っ込まなかった。
にこりと笑ってそうかと頷く。
きっと何を言っても束風はこの旅についてきそうな気がしていた。
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