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砂の国
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常夏の国へ向かうことになったのだが、連れができた。
束風が時々面倒を見ていた颯という若いあやかしが一緒に行くことになったのだ。
可愛いなんとかには旅をさせろというやつだな、と凩は一人頷く。
この颯、爽やかを絵にしたようなあやかしで、丁寧に作られた男雛人形のような表に、髪は白緑手足はすんなりと長く、小憎らしいことに凩より背が高い。これで性格が高慢で居丈高で小生意気な奴であればいじめ甲斐もあると言うものなのだが、若いあやかしへの面倒見も良く、少々行動は荒いが気の良い奴であった。
「ええ!?船がない、だと…!?」
港に向かいさえすれば、常夏の国へ向かう船があるとばかり思っていた凩は驚いて叫んだ。
「おい、凩。鋼の船は錆て、木の船は朽ちて、海向こうで黒く燃える水が尽きてからは、船も鉄の鳥も動かなくなって久しいのだぞ」
束風に諭されて、凩は硬直した。
人が絶えてから、あやかしの里からほとんど出たことのない凩は今の世界の事がわからなかった。
絶えてしまった人の、残された知識だけが手元にあった。
「どれ、南に行けるかどうか海風にでも頼んでこよう」
くるりと束風が踵をかえす。
「ふね、船!乗って見たかったなぁ、凩。俺も見たことがないので残念だ」
「帆のある船はそりゃぁ綺麗で、海の貴婦人とか言われていたんだぞ。その貴婦人とやらもおれたちの風の力で西へ東へと動いたそうだから、あぁ…本当に。本当に残念だ…」
束風が腕に凩を、背に颯を背負う。その束風を神輿でも担ぐように海風達が担ぎ上げ、三妖の旅は始まった。
凩も颯も旅立つ前に、束風の小指の先を飲み込まされた。
異国でもしっかり動けるように足らぬあやかしの気を補い、有事の際には助けになると言う事だった。
噛んで含めるように颯に小言を言い聞かせている束風を見て、凩はうひひと笑った。
「凩、お前も有事の際には慌てずに落ち着いて行動するのだぞ…。失魂落魄しそうなお前が一等心配だ。何かあったら、すぐ俺を呼ぶのだぞ」
ぽんぽんと幼子にするように頭を叩かれる。
家鴨のように口をとがらせる凩を見て、今度は颯がふふふと笑っていた。
海の旅は海風達のおかげで退屈ながら途中までは順調に進んでいた。
海風達の様子がおかしくなったのは突然だった。
海の色が濃くなったり、淡くなったり潮流によって流れる先も早さも違う。その流れによって白茶けた何かが流されていた。
あ、あ、あ、あ
海風達は一瞬棒立ちになり、いきなり向きを変えて駆けだした。凩達のことを忘れたように放り出し、波間を漂う不格好な流木に海風達は競って手を伸ばしうっとりと何かを囁き始めた。
「これ、この形は腕か」
「いや細いながらも脚であろう」
「ではこれこの瘤は膝小僧か」
「さすればこれは、おお可愛らしい踵に違いない」
「おお、まだ木の残り香が」
「なんと、なんと、早く場所を替われ」
「これはまた、素晴らしい夏の茂みのような香りがする」
海風達はうっとりと怪しげな手つきで漂流木を撫で回す。
常に木々のあやかしと接する凩達にとって、それはただの木片…言いづらいがもしそれがあやかしの身体の一部だったとすれば、木のあやかしの死骸にほかならない。
ぞっとして飛び上がりそうになった。
忘れていたが、しっかりと束風に掴まれている。
「海底に沈む前に何処かの砂浜に引き揚げねばならん」
「そうよな、また人魚にでも邪魔されればたまらぬからな」
「そうじゃな、水妖もおるしな」
「ここまで、助かった。邪魔になるだろうし我らはここで別れよう」
束風の力強い腕に抱えられて、凩と颯は残りの距離海を渡った。
最初に目にした岸壁は、遠目には白く美しく見えたのだが、近寄るにつれ異臭が漂う。
ぎゃあぎゃと鳴く鳥の数が増え、岩の自然の白さではなく糞で汚れた岩だとわかる。
三妖はひどくがっかりとした。
「白く輝く砂浜というのは、もしかしてこれも絵巻のなかだけのことなのか?」
「雪の白さは見慣れておるが、これは酷い」
「くさいです」
鳥たちが怯えた鰯の群れのように空を旋回し始めた。空が黒く見える程鳥が集まると、鳴き声も合わせて不気味な事極まりなく、鼻が曲がりそうに臭い。
「ここも早く離れよう」
束風がいなければ、ここで糞だらけになっただろうと、凩は思った。
束風が山を越えるような速さで飛んだので、気づけば植生が随分と変化していた。
灌木の茂みは低く、川も湖面も見当たらず、むき出しの割れた岸壁や砂地が目立つ。
「なんだか、思っていた南国とは様子が違うようだが。これが常夏の国なのかな?常夏の国は青い空と白い砂浜と肌も露わなたわわな乙女と冷たい飲み物と熱い太陽の日差しと書かれていたのだが…」
「いや、それを俺に聞かれても行った事がないので分からぬぞ」
心なしか束風の視線が刺さる。
さらに進むと砂の色は更に赤く、熱くなったように思えた。
「あ。あそこに誰かいるようです」
先に下ろされた颯が指をさす。
砂漠の陽炎の揺れる先に佇む人影があった。
束風が時々面倒を見ていた颯という若いあやかしが一緒に行くことになったのだ。
可愛いなんとかには旅をさせろというやつだな、と凩は一人頷く。
この颯、爽やかを絵にしたようなあやかしで、丁寧に作られた男雛人形のような表に、髪は白緑手足はすんなりと長く、小憎らしいことに凩より背が高い。これで性格が高慢で居丈高で小生意気な奴であればいじめ甲斐もあると言うものなのだが、若いあやかしへの面倒見も良く、少々行動は荒いが気の良い奴であった。
「ええ!?船がない、だと…!?」
港に向かいさえすれば、常夏の国へ向かう船があるとばかり思っていた凩は驚いて叫んだ。
「おい、凩。鋼の船は錆て、木の船は朽ちて、海向こうで黒く燃える水が尽きてからは、船も鉄の鳥も動かなくなって久しいのだぞ」
束風に諭されて、凩は硬直した。
人が絶えてから、あやかしの里からほとんど出たことのない凩は今の世界の事がわからなかった。
絶えてしまった人の、残された知識だけが手元にあった。
「どれ、南に行けるかどうか海風にでも頼んでこよう」
くるりと束風が踵をかえす。
「ふね、船!乗って見たかったなぁ、凩。俺も見たことがないので残念だ」
「帆のある船はそりゃぁ綺麗で、海の貴婦人とか言われていたんだぞ。その貴婦人とやらもおれたちの風の力で西へ東へと動いたそうだから、あぁ…本当に。本当に残念だ…」
束風が腕に凩を、背に颯を背負う。その束風を神輿でも担ぐように海風達が担ぎ上げ、三妖の旅は始まった。
凩も颯も旅立つ前に、束風の小指の先を飲み込まされた。
異国でもしっかり動けるように足らぬあやかしの気を補い、有事の際には助けになると言う事だった。
噛んで含めるように颯に小言を言い聞かせている束風を見て、凩はうひひと笑った。
「凩、お前も有事の際には慌てずに落ち着いて行動するのだぞ…。失魂落魄しそうなお前が一等心配だ。何かあったら、すぐ俺を呼ぶのだぞ」
ぽんぽんと幼子にするように頭を叩かれる。
家鴨のように口をとがらせる凩を見て、今度は颯がふふふと笑っていた。
海の旅は海風達のおかげで退屈ながら途中までは順調に進んでいた。
海風達の様子がおかしくなったのは突然だった。
海の色が濃くなったり、淡くなったり潮流によって流れる先も早さも違う。その流れによって白茶けた何かが流されていた。
あ、あ、あ、あ
海風達は一瞬棒立ちになり、いきなり向きを変えて駆けだした。凩達のことを忘れたように放り出し、波間を漂う不格好な流木に海風達は競って手を伸ばしうっとりと何かを囁き始めた。
「これ、この形は腕か」
「いや細いながらも脚であろう」
「ではこれこの瘤は膝小僧か」
「さすればこれは、おお可愛らしい踵に違いない」
「おお、まだ木の残り香が」
「なんと、なんと、早く場所を替われ」
「これはまた、素晴らしい夏の茂みのような香りがする」
海風達はうっとりと怪しげな手つきで漂流木を撫で回す。
常に木々のあやかしと接する凩達にとって、それはただの木片…言いづらいがもしそれがあやかしの身体の一部だったとすれば、木のあやかしの死骸にほかならない。
ぞっとして飛び上がりそうになった。
忘れていたが、しっかりと束風に掴まれている。
「海底に沈む前に何処かの砂浜に引き揚げねばならん」
「そうよな、また人魚にでも邪魔されればたまらぬからな」
「そうじゃな、水妖もおるしな」
「ここまで、助かった。邪魔になるだろうし我らはここで別れよう」
束風の力強い腕に抱えられて、凩と颯は残りの距離海を渡った。
最初に目にした岸壁は、遠目には白く美しく見えたのだが、近寄るにつれ異臭が漂う。
ぎゃあぎゃと鳴く鳥の数が増え、岩の自然の白さではなく糞で汚れた岩だとわかる。
三妖はひどくがっかりとした。
「白く輝く砂浜というのは、もしかしてこれも絵巻のなかだけのことなのか?」
「雪の白さは見慣れておるが、これは酷い」
「くさいです」
鳥たちが怯えた鰯の群れのように空を旋回し始めた。空が黒く見える程鳥が集まると、鳴き声も合わせて不気味な事極まりなく、鼻が曲がりそうに臭い。
「ここも早く離れよう」
束風がいなければ、ここで糞だらけになっただろうと、凩は思った。
束風が山を越えるような速さで飛んだので、気づけば植生が随分と変化していた。
灌木の茂みは低く、川も湖面も見当たらず、むき出しの割れた岸壁や砂地が目立つ。
「なんだか、思っていた南国とは様子が違うようだが。これが常夏の国なのかな?常夏の国は青い空と白い砂浜と肌も露わなたわわな乙女と冷たい飲み物と熱い太陽の日差しと書かれていたのだが…」
「いや、それを俺に聞かれても行った事がないので分からぬぞ」
心なしか束風の視線が刺さる。
さらに進むと砂の色は更に赤く、熱くなったように思えた。
「あ。あそこに誰かいるようです」
先に下ろされた颯が指をさす。
砂漠の陽炎の揺れる先に佇む人影があった。
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