こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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砂の国

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 こがらしは自分がどうついえるのか、想像したことがなかったわけではないが、線香の煙のように細く消えるとか、いつもそうしていたように落ち葉を巻き上げてから消えるというものであり、その想像の中に首を掻き切られるというものはなかった。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!何するんだよ、首を切っちゃうとか、ひどいだろ!!おれが人だったら首ぽろりだよ死んでたよひどすぎるよ」

 凩の頭は煙のように消えることなく丸のまま、凩の手の中にあった。落ちた頭を自分の両手で抱えるという稀な経験に凩は混乱し、涙目で壁にへばりつき、自分の首を切った男と対峙した。





 時を少しもどすと、酷い怪我をした男の身体を白銀の糸が縫い合わせ癒していき、妖力を喰らい過ぎた男の意識が途切れ始め、遂には深い眠りについた。傷を癒すために、あるいは喰いすぎて眠ることはあやかしにはよくある事だった。

 白く癒された肌が息をするように波打ち黒く染まってゆく。いびつな形に盛り上がり、黒い鎧のようになり、特に繋がった手の部分は千切れかけた部分を守ろうとする意志が強いのか籠手こてのように厚みがあり更に膨れ上がり、もはや人の手ではないものになっていった。
 
 あらかた男の身体を形作ると、白銀の糸はうねうねと蠢き、弱い糸に襲い掛かるかの如く喰らいつき絡めとり交尾をするように切れた所を繋いでいった。そして眠る黒い男の腹を茸のほだ木• • •のようにして糸を張り始めた。

 
 白い糸虫の巣の中でぐにゅぐにゅと交ざり揉まれ潰され押し広げられ折り曲げられまた伸ばされて凩はそのたびにぶひゃぁくぎゃぁと悲鳴を上げた。まがりなりにも風のあやかしであったのに、体中の風という風、人で言うなら肺の中の全ての空気を押し絞られて、潰えるということは死ぬと云うことはこんなにも苦しいのかと七転八倒の苦しみの中で藻掻いた。
 そこから今度は膨れ上がる。


 男の腹をほだ木にして、白い小さなきのこのように膨れてゆく。

 あ、顔ができたと凩は思った。顔がついた部分がむず痒い。痒いのに掻く手がない。首と肩が出来上がり、脇のくぼみが生じると腕より先に胴が生えていった。
 男の腹の上に逆立ちするように頭と首と胴が生えて、ゆっくりと脚が二つに分かれる。
 
 この頃には、むず痒いどころではなく猛烈な痒みに襲われてまたしても凩は悲鳴を上げた。

 かゆいかゆいかゆい!なんとかして!!


 手がないことが辛い。痒いということは我慢のならないことなのだと覚えていた。獣も人も痒いのが我慢できない。傷を掻き壊してしまうまで噛んだり引っ掻いてしまう。ただの痒みそれが、こんなに辛いとは!

 たけのこのように脚が伸びて、するすると膝や脛や踵が出来上がり白い足の甲と桃色の足裏がひくひくと痒みに耐えていた。桜貝をもっと薄くしたような可愛い爪のついた足指も震えて痒さを訴える。
 
 ゆるゆると脇のくぼみから腕が伸びはじめる。細く頼りなく、小さな肘、その先のほっそりとした腕、掴んだら折れてしまいそうな手首。

 かゆいかゆいかゆいもう我慢できないなんとかしてたすけてかゆい!!



 身を捩った瞬間に繋がれていた糸が切れて、凩はぶびゃぁと転げ落ちた。

 思ったようには身体を動かせずに背中も尻も頭も打った。起き上がる頃には痒みが嘘のように治まっている。

 余裕ができてようよう横たわる相手をじっくりと眺めることができた。


 なんだこれは西洋甲冑よろいむしゃか。
 手も腹の傷も塞がり、全身が黒い鎧に包まれている。

 
 おれの知っている鎧とは随分違うなぁと凩はしげしげと眺めた。詳しいわけではないが、この鎧は着物や肌が出る部分がほとんどない。


 なんて酷い足枷だ。


 傷はぱっと見て塞がっていたが、左の足首に鎧と中の骨を貫通するように太く黒い鎖が刺さっており、その先は地面の中へと埋もれていた。

 鎧男の足先に屈みこみ、鎖の様子を探る。ただの鎖ではなくなんだか嫌な鎖だ。触るのが躊躇われるようなおぞましい感じがする。
 
 さて、どうしようかなと手を伸ばしかけた矢先のあれであった。


 首、ぽろり、である…。
 
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