こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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砂の国

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 こがらしは知らなかった。
 形を保つことを諦めるとどうなるかということを分かっているつもりで理解していなかった。

 
 指の先が揺らぎはじめ、寿命が近いと悟った時、身体というものは端から煙のように消えて見えなくなってしまうのだろうと思っていたのだが、今、凩の身体は透明な糸のように細く細く引き伸ばされ、猛烈な勢いでどこかに引っ張られていた。

 床に敷き詰められた石の間、岩の裂け目、崩れた岩盤の隙間、その隙間を更に奥へ地底へと流れる水の背に乗り滑るように。山に降った雨が地に浸透して、浅い地下水となって近くの沢などに湧き出てくるのに数年かかるというのに糸の引かれる早さは尋常ではなかった。

 
 細く細く引き伸ばされた糸は純然たる意志に手繰り寄せられた。
 自分を手放そうとしている凩とは真逆の、絶対此処では死なぬという強い意志だった。

 凩は、その意思を宿す男の酷く傷ついた身体を縫合する糸になっていた。


 こんな喰われ方があるのか…



 凩は酷く驚いていた。
 男は右手が千切れかけ、壊れた鎧の間から臓物が出そうになっている。

 この状態でまだ生きようというのか。妖力で傷を縫おうとしている。そのやり方を見て凩はこの男はもとは人であっただろうと思った。あやかしは傷を縫ったりはしない。喰って傷を塞ぐ。傷を押えたり撫でたりはするが、力が強ければ強いほど、喰うあるいは吸うだけで損なった部位を治せるからだ。

 
 
 おれ、という意識がなければもっと早く喰えただろうに。


 身体が消えたように思えても、凩の意識はなくなっていなかった。存在が全てなかったことになると凩は考えていたのだがどうにも違うようだった。

 糸のようなこの体もなくなれば、もしかしたらそれが存在の消失になるのかもしれない。


 見るも無残なこの男の身体を癒すのに、つきあおう、凩はそんな気になった。どうせ今まで枯れ葉を巻き散らかすような存在でためになることなど何一つしてこなかったので、最後くらいは何か良いことをしようという気持ちになった。




 ほら、傷を治すやり方はそうじゃない。そうじゃないったら




 凩がどうにかして傷を治そうとするのだが、男がいっこうに凩の言葉を聞かぬ。

 縫うよりも良い方法を示そうとするのだが、この酷い怪我の男の力に引き摺られてしまう。縫っているのに何故傷が塞がらないのかと思えば、縫うのが下手なせいもあるが、縫った端から破れてしまうのだ。これでは傷が癒せるはずもない。


 糸はいとでも、素麺みたいにちゅるちゅる口から啜れるものなら良かったんだけど…。


 まさに茹ですぎた素麺のようにぐずぐずと糸が崩れてしまうのだ。


 もしかして崩れてしまうのはおれが弱いからかしら…?凩は不安になった。異国のあやかしの餌にもなれぬほど自分が弱い存在であったのかと思うと悲しい。この傷を癒してくれ。この見るだけで苦しい痛い傷を治してくれ。

 もろもろと崩れていく糸と開いた傷口を押えたいのだが凩には手がない。凩の焦る気持ちを理解したかのように、白く強い糸が素早く伸びて来た。

 眩しく輝く白銀。


 こんな所までついてきたのか、連れてきてしまったのか、名前を思うと泣きそうになるのを凩はぐっとこらえた。もう涙が出るまなこもないのだ。名を呼ぶ口もない。

 硬い様で柔軟な糸が傷口を塞いでゆく。縫うと云うより織るように、白布を広げるように傷を隠してゆく。その様子は荒れた山の頂が雪衣を纏ったようだった。
 
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