16 / 79
砂の国
15
しおりを挟むおれは外地に夢を見すぎていた、と凩は思った。
鉛のように重たい灰色の空と、冬に向けて枯れて茶色くなって行く世界から抜け出して、いつか外地に行けば何もかも変わって行くような気がしていた。
我慢すること、諦めることをやめて残りの時間を奔放に好きなことをしてやろうと思っていた。
砂塵が自分にしようとしている事も、興味があった、してみたかった。これだけ熱烈に求められるならどうせ消えてしまう身体だもの、好きにさせてやれと投げやりな気持ちにもなり、己の中で小さい子が嫌だ嫌だと転げ回るようにこんな事はしたくないと訴える声もする。
だがこの身体が消えてしまうのならば、今まで命を繋ぐためにあやかしの気を分け与えてくれた束風にこそ全てを返すのが礼儀ではないのかという気もする。
しかしそれも、嫌だと己の中の小さい声が訴えるのだ。
凩があやかしの中で一番心を寄せながら、束風に全てを委ねてしまわないのは、その他大勢のうちの一つになりたくないからだ。束風には沢山の相手がいる。
束風が長く気を分け与え続ける相手は、凩が知る中では自分一人だけだ。
だが枕を交わし身体を重ねてしまうと、その瞬間から雑輩の一員だ。あまりにも無力でちっぽけな凩の事を束風は忘れてしまうだろう。
いやだ、覚えていて欲しい、ひとりくらいはおれのことを忘れずに覚えていて欲しいのだ。
凩の心が思い悩んでいる間に、身体中に指が挿って来て、凩は悲鳴を上げた。
「…砂塵はおれのこと好き?…おれを食べてもおれのことずっと覚えていてくれる?」
その返事は、真実でなくても良かったのだ。もしも砂塵が大人で、この時に上手に嘘をつければ、小さくて泣き虫で甘えん坊な恋人を手に入れて、移ろわぬ凪の屋敷で幸せに暮らし、幸せな終わりを迎えたかもしれなかった。それは選ばれなかった未来。
砂塵は、束風の気を小指から得たばかりに、凩の身体から溢れる束風のあやかしの気に猛烈に嫉妬していた。
俺の気を甘いと言いながら!!
砂塵は激怒していた。怒り心頭に発するとはこのような事なのか、会ったばかりの何の約束もしていない小さなあやかしに対して恐ろしく残酷な気持ちになっていた。生来持つ無邪気さもこの時ばかりは悪く作用した。童子は時に無惨に蝶の羽を毟り、蛙の腹を裂く…。砂塵は身体を引き裂くだけではなく、自分が心に負った衝撃をそのまま、否それ以上に負わせてやらねばならないという気になっていた。
白い、細い首に手をかけた。
あの時に首を絞めると具合が良いと言うじゃないか、お前で試してやる。
常より残忍に砂塵は言い放った。
「蛇が今まで喰った餌の顔を覚えていると、思うのか?」
その言葉は、終わりの近い凩を撃つには十分過ぎた。
もし砂塵の命が潰える時、最後に思い浮かべるのは、おれの顔ではなく、地下にあるあの石像の顔だろうというおかしな確信が凩にはあった。
そう思えた瞬間。
砂塵がまさに喰らい貫こうとしたその時に、凩の身体は消えて行った。
風が砂漠の蜃気楼を吹き消すように、海の波が砂の城をひと撫でで飲み込むように、凩の身体は砂塵の下から掻き消えた。
そして床に、彼がゴミと言った数枚の落ち葉が僅かな生に執着する様に虚しく張り付いていた。
10
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる