こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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砂の国

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 ちょうど障子堀の中に下りた時がこうだったな、とこがらしはぼんやりと思い返した。



 ここは重く、苦しい死に満ちている。


 




 何時だったかは忘れてしまったけれど、どこかの城の斜面に張り巡らされた堀は、水が張ってあるわけではなく、不規則な格子状に高い泥壁で仕切られて、凩は物珍しさに覗き込んだ。

 格子の底には死霊が自分が死んだことも理解できぬまま、泥壁を必死に登ろうとしていた。

 矢と槍の格好の餌食となり泥の上に転がり落ちて無念の形相のまま息絶え、消えてゆく。そして程なくそっくり同じように、起き上がりときの声を上げて這い上がろうとするのだ。

 後で知ったが、鬨の声とは勝った者の叫びであり、あの時に聞いたのは死に際の絶叫であったのだと。





 その苦痛と悲しみに満ちた空間は、戦のことが分からぬ凩の胸を重くさせた。


 この人間は望んで戦に参加したのだろうか、それともそうせねばならない状況だったのかどちらにせよこんな無残な死を遂げるために生まれた訳ではあるまいと、短い人間の生がより哀れに感じられた。


 空が見えるのに何故登って行けないのか。人は自力では飛べぬから見えても天へ上がって行くことが出来ないのか。


 手を貸してやると、かたじけないと上がれる者もないわけではなかった。蛍の光のように淡く漂い魂は天に向かって静々と消えていった。



 ああ、しかしここは。
 このくらい場所はどれだけ殺しあいをしたのか…。


 ここで死んだ体の無いものが無数に蠢いている。


 天が見えぬから皆上がれぬのか。


 そう引っ張るな、じきおれもそこにゆく。だからもうすこしもうすこし横にならせてくれ。

 凩は、周りで蠢くものに心の中で語りかけた。

 どこからか髪を一筋、ちらと揺らす程の風が入る。その風の通り道に向けて凩の身体から細い糸が伸びる。

 
 動けるものはその糸をたどっていけ。

 動けぬものはあとでおれが連れていってやるからもうすこしおれを寝かせてくれ。

 凩の願いが通じたのか虫のような影が幾つか糸に沿って動いたような感じがした。

 まさかここは蠱毒こどくの壺の中か?そう疑いたくなる程虫の影が多い。
 欠片も残らぬ位に喰いあいをしたのか、此処には何もない。







 たった薄皮一枚の瞼が重い。二枚の瞼を開けることが出来ずに一枚を薄目に開けると、その先に黒い西洋甲冑よろいむしゃが座ったまま此方を睨んでいる。

 黒い兜を被っているが、此方を睨んでいるのが分かる。

 全く知らぬ相手から何故こうも敵意さついを向けられねばならないのか。しかも、仮にも助けてやったのに。


「いとをきるなよ」

 これだけは言わねばならぬ、と凩は声を出した。だが、男にその声が聞こえたかどうかは凩に分からなかった。
 
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