こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 僕、今夜は仕事があるから帰るね、と少年クルスに告げられて、アディムは急に息が詰まるか胸が破裂するような気になった。もうこの子が帰って来ないと思えてしまったからだ。

「僕、劇場で働いてるの。それで夜公演があるから行かなきゃいけないんだ。それでね、アディムに申し訳ないんだけど、お願いがあって、今日の夜の公演を見に来てもらえないかな?難しいかな?」


 昼の部でも夜の部でも見に行くと、アディムは即答した。何なら余っている席を全部買い占めても良いとさえ言った。

「あはは、席は大丈夫だよ。それでもう一個だけお願いがあって、公演の最後にね皆様にご寄付を募る予定なんだけど、その時にね…」


 クルスは最初に朗らかに笑ったけれども、言葉の終わりは少し言い淀んだ。
「アディムはこう、趣味の悪いゴテゴテした大きい指輪かブローチって持ってないかな?無ければこれで買ってご寄付を募った時に大袈裟に箱に入れて欲しいんだ。誰か一人が入れてくれると、釣られて入れてくれる人が増えるものだから…」
 
 えへへ、とクルスは決まりの悪い笑いを浮かべ頭をかいた。服の隠しから出した金貨をアディムに差し出すが、アディムはそれを押し返した。


「ぼっちゃん。もし、劇団がお金に困っているようだったら幾らでも寄付してあげますよ。そもそも劇団ってぇのはお金がかかるもんなんでしょう?」


 ううん、とクルスは慌てて手を振った。
「今回だけ、今回だけなの。だから見栄えだけする目立つ安物でいいの。…だめかな?」

 アディムがクルスのおねだりに否と言うはずがなかった。
 しかし、絶対に高価な物は入れないでと再度念を押される。遠慮をしなくてもいくらでも助けるのにと思いつつ、何処の劇場かと聞いて仰天した。

 広場や野っ原にテントを張るような安っぽい劇ではなく、国で一番大きく由緒ある劇場である。



 なんとそこで歌うと言う。


 アディムは眼を白黒させ心配になり、蜂蜜の瓶を渡し、それでは心休まらず自分が首にかけていたネックレスの容器に竜の肝を詰めてクルスに手渡した。
「ぼっちゃん、その…その…声は大丈夫なんですかね?そのあたしゃそんな事とも知らずに、そのぅ…ぼっちゃんの喉がおつらくなるような…ええっと、その…」


「…アディム、そんなに恥ずかしがらないでよ、大丈夫だよ…きもちよかったし…。あの、これ、ありがとうね」

 二人はお互いに照れた。

 送ると言ったが、いつも一人で街を歩いていると言われてアディムは付いて行くのを諦めた。傍にいることで悪目立ちしては申し訳なかったからだ。馬車を出そうかと言うと、それも目立つからとクルスは一人で帰ると言う。

 
 アディムはクルスに家の控えの鍵を押し付けた。
「いつでも来てくださいね、閉まっていてもこの鍵で入ってくださいねぼっちゃん。朝でも夜でもいつでもね」

「…僕また来ても良いんだね…」
 クルスはきゅっと巨体に抱きついて小さな声でありがとうと言った。

 アディムはその声に、ますますこの少年がこの場所に戻って来ることが無いのではと不安になった。


「行って来るね」
 と手を振る姿を裏口から見送り、少年の笑顔を目に焼き付ける。
 
 愛や夢や希望といったものが手から溢れ落ちていく気がして、アディムはよろめいた。

 少年の姿はもう雑踏の中に消えていた。
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