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業の国
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『あ、クルスが村娘からお姫様みたいな格好に変身か。早着替えだな』
舞台の上に組まれた大きめの日陰棚は、蔓や下がり花が絡んだような見た目になっていた。
壇上で歌い終えた少女に扮した少年が日陰棚の後ろに隠れるなり、そこで村娘の衣装をぱっと脱ぎ、衣装係が一、二の呼吸で上からドレスを被せるように着せかける。前身頃から腰に向けてリボンを結ぶと姫の衣装はほぼ出来ていた。その間に別の衣装係が右左と花のついた付け髪を少年の髪に刺し、クルスは頬紅をはたき、飾りのついた靴を履く。
表舞台では他の役者達がそれぞれの役柄を演じている。クルスの恋人役の青年が、銀紙を貼って眩く輝く斧を持って戦場に向かって行く。前に同じ演目を行った時は、手に持つのは槍だったはずだ。
ただ槍は遠目だと手を振り回しているようにしか見えず、輝く銀の斧は灯りに照らされて前よりずっと見栄えが良かった。
ここまでのあらすじはこうだった。
狩の途中で獣に襲われた王様を、勇敢な青年が助けて、褒美に騎士に任命される。喜びも束の間戦が始まり青年は戦場に向かわねばならない。青年には美しいが孤児の貧しい許嫁がおり、彼女を一人村に残していくのは心配だと言う。すると王様は、彼女を安全な王城で預かってくれると言う。青年は許嫁に必ず帰って来ると誓い涙ながらに別れを告げる青年の独唱が終わると、許嫁の少女は青年の勝利と無事を祈って歌うのだ。
許嫁の少女の役がクルスだった。
村娘の姿はどこから見ても、素朴ながら少女そのもので、高い声も相まってもしかして観客の中には女の子だと思っている者もいるだろうなと、凩は顎をこする。
王の登場を告げるラッパが鳴り響く。
衣装係が日陰棚を回しながらさっと隠れる。日陰棚は裏面が豪華な王宮の飾り壁になっていた。
黒い衣装をつけた王様に手を取られてドレスを着たクルスがゆっくりと歩き出す。一歩踏み出すたびに、周りの役者がクルスの髪に赤やピンクの花を差し込む。
舞台の最前面に立つ頃には、クルスの頭は豪華な花冠をつけた花の女王のように輝いた。
「あの花の一つ一つが、美しさや清らかさへの賛美や崇拝のしるしなのよ」
観客の誰かが連れに説明する声が、凩にも聞こえた。
王様の衣装は前は赤と黄金色だったような気がするんだけどと凩は首をかしげる。白と黄金色だったかもしれない。黒衣装は舞台では分かりやすく悪者の色なんだけどなぁ。凩は舞台を見続ける。
安全な場所で、美しく着飾らせ、たくさんの贈り物をして王は娘に恋人を忘れさせようとする。その様を歌や踊りで見せる。
お前に恋をしたと歌う王様の独唱が、最初は切なく響く。少女が拒絶し青年への変わらぬ想いを歌う。それぞれの独唱が重唱になり、王様が激しく誘惑し、着飾った群舞が舞台の上を埋める華麗な踊りと合唱になる。
人のものを奪ったり、誘惑はいけないと思いながら、凩はこの場面が好きだった。歌が美しい。凩が名前を知らない楽器の旋律が良く、そして歌い踊るクルスがとても美しい。
女官が揺らす裾の長く翻る黄色い山梔子色の女袴と目の覚めるような瑠璃青の衛兵の外套の二十余もいる群舞の合間をクルスと王が追いかけっこをする。
クルスはひらりひらりと身をかわし、王はよろけながら女官に抱き着いたり、衛兵を蹴ったり外套をめくったり無様に追いかける。
クルスが王様に捕らえられて押し倒される場面には客席から悲鳴が上がるが、次の瞬間離れた別の女官の女袴の陰からクルスがまろび出て、捉え損ねた王様は拳で地面を打つ。
そしてまたクルスは、青年への愛を歌い、王様への拒絶を歌いながら逃げ惑う。
『なんで誰も王様を止めないんだろう』
脚本のある劇であるので、考えても仕方のない事なのだが凩は思ってしまう。恋人同士幸せにしてやれよ、と思ってしまう。
今まで考えもしなかった愛について考えてしまうのだ。熱波と束風がお互いに愛し合っていたら、そこに凩が入る隙は無い。あの二人人目も憚らず激しく抱き合っていた。
凩を捕えようとしたのは砂塵で、砂塵が欲しいのは身体だけのように思えた。
クルスとアディムのように違う方向を向いていた愛が、同じ方向を向いてとけあう事もある。
クルスが、あまりにも心地良さそうに甘く喘ぐので、凩も、あんなふうに愛されたいと思うようになってしまった。
お互いの名前を呼び合って、抱きしめて、口付けをして一つに繋がって溶ける。それが、羨ましかった。
愛は方向を何時変えるのだろうと凩は、思った。永遠に一つの者に進み続けるのか、別の者を愛して進み先を変えるのか。
独りが長すぎたあやかしの身には愛を考えるのは難し過ぎた。
舞台の上に組まれた大きめの日陰棚は、蔓や下がり花が絡んだような見た目になっていた。
壇上で歌い終えた少女に扮した少年が日陰棚の後ろに隠れるなり、そこで村娘の衣装をぱっと脱ぎ、衣装係が一、二の呼吸で上からドレスを被せるように着せかける。前身頃から腰に向けてリボンを結ぶと姫の衣装はほぼ出来ていた。その間に別の衣装係が右左と花のついた付け髪を少年の髪に刺し、クルスは頬紅をはたき、飾りのついた靴を履く。
表舞台では他の役者達がそれぞれの役柄を演じている。クルスの恋人役の青年が、銀紙を貼って眩く輝く斧を持って戦場に向かって行く。前に同じ演目を行った時は、手に持つのは槍だったはずだ。
ただ槍は遠目だと手を振り回しているようにしか見えず、輝く銀の斧は灯りに照らされて前よりずっと見栄えが良かった。
ここまでのあらすじはこうだった。
狩の途中で獣に襲われた王様を、勇敢な青年が助けて、褒美に騎士に任命される。喜びも束の間戦が始まり青年は戦場に向かわねばならない。青年には美しいが孤児の貧しい許嫁がおり、彼女を一人村に残していくのは心配だと言う。すると王様は、彼女を安全な王城で預かってくれると言う。青年は許嫁に必ず帰って来ると誓い涙ながらに別れを告げる青年の独唱が終わると、許嫁の少女は青年の勝利と無事を祈って歌うのだ。
許嫁の少女の役がクルスだった。
村娘の姿はどこから見ても、素朴ながら少女そのもので、高い声も相まってもしかして観客の中には女の子だと思っている者もいるだろうなと、凩は顎をこする。
王の登場を告げるラッパが鳴り響く。
衣装係が日陰棚を回しながらさっと隠れる。日陰棚は裏面が豪華な王宮の飾り壁になっていた。
黒い衣装をつけた王様に手を取られてドレスを着たクルスがゆっくりと歩き出す。一歩踏み出すたびに、周りの役者がクルスの髪に赤やピンクの花を差し込む。
舞台の最前面に立つ頃には、クルスの頭は豪華な花冠をつけた花の女王のように輝いた。
「あの花の一つ一つが、美しさや清らかさへの賛美や崇拝のしるしなのよ」
観客の誰かが連れに説明する声が、凩にも聞こえた。
王様の衣装は前は赤と黄金色だったような気がするんだけどと凩は首をかしげる。白と黄金色だったかもしれない。黒衣装は舞台では分かりやすく悪者の色なんだけどなぁ。凩は舞台を見続ける。
安全な場所で、美しく着飾らせ、たくさんの贈り物をして王は娘に恋人を忘れさせようとする。その様を歌や踊りで見せる。
お前に恋をしたと歌う王様の独唱が、最初は切なく響く。少女が拒絶し青年への変わらぬ想いを歌う。それぞれの独唱が重唱になり、王様が激しく誘惑し、着飾った群舞が舞台の上を埋める華麗な踊りと合唱になる。
人のものを奪ったり、誘惑はいけないと思いながら、凩はこの場面が好きだった。歌が美しい。凩が名前を知らない楽器の旋律が良く、そして歌い踊るクルスがとても美しい。
女官が揺らす裾の長く翻る黄色い山梔子色の女袴と目の覚めるような瑠璃青の衛兵の外套の二十余もいる群舞の合間をクルスと王が追いかけっこをする。
クルスはひらりひらりと身をかわし、王はよろけながら女官に抱き着いたり、衛兵を蹴ったり外套をめくったり無様に追いかける。
クルスが王様に捕らえられて押し倒される場面には客席から悲鳴が上がるが、次の瞬間離れた別の女官の女袴の陰からクルスがまろび出て、捉え損ねた王様は拳で地面を打つ。
そしてまたクルスは、青年への愛を歌い、王様への拒絶を歌いながら逃げ惑う。
『なんで誰も王様を止めないんだろう』
脚本のある劇であるので、考えても仕方のない事なのだが凩は思ってしまう。恋人同士幸せにしてやれよ、と思ってしまう。
今まで考えもしなかった愛について考えてしまうのだ。熱波と束風がお互いに愛し合っていたら、そこに凩が入る隙は無い。あの二人人目も憚らず激しく抱き合っていた。
凩を捕えようとしたのは砂塵で、砂塵が欲しいのは身体だけのように思えた。
クルスとアディムのように違う方向を向いていた愛が、同じ方向を向いてとけあう事もある。
クルスが、あまりにも心地良さそうに甘く喘ぐので、凩も、あんなふうに愛されたいと思うようになってしまった。
お互いの名前を呼び合って、抱きしめて、口付けをして一つに繋がって溶ける。それが、羨ましかった。
愛は方向を何時変えるのだろうと凩は、思った。永遠に一つの者に進み続けるのか、別の者を愛して進み先を変えるのか。
独りが長すぎたあやかしの身には愛を考えるのは難し過ぎた。
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