こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 舞台の上は群舞が一瞬にして瑠璃青の衛兵の外套マントで埋め尽くされ、女官役も皆頭から青い布を被り背を向ける。

 舞台の壇上には恋人役の青年が立ち、炎に照らされながら右に左にと斧を振るった。そして客席に背を向ける。

 青年の背で、血糊をつけられた斧が交差する。赤い紙吹雪がぱっと投げられる。
 客席からは青年の首が切り落とされたように見えるだろう。
 
 倒れた青年を踏みつけるようにして王様が現れ、血糊のついた斧が舞台はじに飛ばされる。
 王の歩みと共に女官の女袴スカートは白に、衛兵のマントは黒にと舞台が染められて行く。

 舞台から華やかな色が消え去り白と黒で埋め尽くされると、舞台に設置された階段の一番高い場所に少年クルスが立つ。その足場は肩幅ほどの広さしかない。


「それは嘘、それは夢、それは悪い夢、私は信じない」

 台詞を述べてから、クルスの歌が始まる。

 あの声だ。

 こがらしを魅了した風のような花のような、天上から降るような声だ。何故こんなにもこの声に心惹かれるのだろうと、凩はそっと寄り添い耳を澄ます。
 
 舞台でただ一人花冠をつけたまま美しい衣装で歌う。
 青年を恋慕う歌詞から、青年の訃報を聞いての驚愕と混乱と悲しみをニちょうの弦楽器を伴奏に負けぬ広い音域で歌い上げる。



 私を置いていかないで、あの日私達は離れるべきではなかった


 その部分を聴くと、凩はぶわっと目が潤む。


 私を置いていかないで、いつまでも共にいると約束をした



 凩は我慢できずに鼻を啜った。

 客席からも同じように啜り泣きを堪えたり抑えたりするような音があちこちから聞こえる。本当は誰一人死んではいないのに、お芝居であっても少年クルスの声は凩を震わせる。声の奥に深い悲しみがある。

 歌いながら階段からゆっくりと降りるクルスの髪から花が引き抜かれ、衣装の袖、リボン、ドレスについた飾りが群舞によってむしり取られる。

 舞台の真ん中で立つ頃には美しい衣装は灰色になっている。群舞は全て黒い衣装になりどれも皆王の影のように王の手足のように見せて蠢く。

 青年が王の裏切りによって殺された事を知らぬ娘は青年への愛を歌い続け、王は最初は慰め、慰め、慰め次第に声と歌が欲望を隠しきれぬ怪しげなものに変わっていく。

 それは王役の俳優の力量と貫禄で、観客の目を惹きつける。大人の男にしか出せないような色気を客席に向けて振り撒きながら控えめな声と優しい動きは、次第に誘惑し、絡みつき、最後には王に腕を取られたクルスは舞台の上をくるくると踊りながら周り、王の手が灰色の衣装を荒々しく剥ぎ取り、二人の体は舞台の上に倒れ、群舞が赤と白い花のような紙吹雪を飛ばす。


 初めて見た時は、これは何だと思った凩も今は二人が倒れる意味も、赤と白の紙吹雪が撒かれる意味を理解している。

 王様に奪われてしまった。


 クルスはこの演目は嫌だったんじゃないか、と凩は思う。

 王様に奪われて、役でも王様に奪われて、嘘でもこの劇の役柄を演じるのは辛くて嫌だったろうなと思う。役者だから断れなかったのかと舞台の梁に座って足をぶらぶらさせて眺める。


 舞台はまだ終わらない。


 毛皮や黄金の飾りのついた真っ赤な赤い外套マントに首元までしっかり包まれて、クルスが一人で壇上に立つ。


 その横に女官とは異なる赤紫の麗しいドレスを着た女性が近づき、青年が王の命令で殺された事をこっそりと告げる。

 さらにその横で血糊をつけた瑠璃青の衣装の男性が二人で「罪の重さに耐えかねて」と王の命令に逆らえず、どのように青年を殺したのか重唱で歌い上げ青年が最後に「あなたへの愛を叫んで死んだ」と告げて赤紫のドレスの女の手を取りゆっくりと消える。


 クルスの最後の歌が始まる。

 凩は、その姿を眺めた。

 「愚かにも騙されて」「神のみもとにこの身ひとつ」
 最初は王の手管に騙された愚かな自分を嘲笑う歌だ。凩はこれを聞くと、歌詞の中にもっと王様への罵詈雑言があっても良いのにと憤る。美しく豪奢なものに騙された自分が馬鹿だったと自分を卑下する歌でしかないのだ。

 王様が悪い、王様を諌めなかった周りの者が悪い、青年を殺した者も悪い、王の悪事を知りながら伝えなかった者も悪い。悪いものだらけの舞台なのにと凩は、虚構の世界に憤激する。

 そして次の歌で悲しくなる。

 王に、王宮に、黄金に、宝石に、美しい衣装に何の意味があろうかと、クルスが、赤い外套マントを脱ぎ落として歌う。


 外套の下は薄い白い布一枚だ。

 讃美歌の「神のみもとに」とは歌詞が違うのねと、客席からひそと声がする。「自死する者は神様のもとには行けないからよ」とまた囁く声があり全てが歌に呑まれていった。


 静まり返り、澄んだ悲しい歌声の間に漣のようなすすり泣きが聞こえる。


 そんな酷いことがあるかい!と凩はまた悲しくなる。あやかしの世界に神はいないが、この世界の神という奴は何て了見が狭いのだろう。好きあった者同士引き合わせてやれよ、と床に打ち伏した。我慢出来ず手足をバタバタさせた。

 クルスが自分の首に短剣を当てて横に引いて銀の斧が飾られた棺の上に倒れて幕が下される。

 
 こんな終わりが良いはずがない。後を追って死ぬなんて。だからといって、許嫁を殺された少女に復讐の刃を持たせて、王に一撃でも喰らわせればそれで良いのかと自問すると、凩は答えに詰まってしまうのだ。

 無力な村娘にできただろうか?

 クルスには?クルスは王に復讐しただろうか?

 では自分は?こんなことが身に降りかかったとしたら立ち向かえるだろうか?

 ただ悲しくなるだけで、凩は何の答えも見出せずにいた。
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