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業の国
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「ぼっちゃん、盾や剣もそうだがね、鎧なんてものはまず着てみてあわせてみないと。使う本人が店に来なきゃあお話にならないよ」
武器屋のおやじさんが口ひげをひねって整えながら云うのを聞いて、クルスがあの落とされ騎士のために武器防具を買いにきたのだと凩にもわかった。
「彼は動けません。呼んだ先に武器防具と職人を連れて来て欲しいのです。かかるお金は僕が払います。これが前金です」
少年が懐から袋を出し、ずしりとしたそれを机に乗せた。袋の口を開くと金貨が見える。金貨の他に真珠や赤い宝石も。
ひぇっとおやじさんが仰け反る。
「こ、これはこれは…。お小姓さん、あんたのご主人様は一体どういう方なんだい。普通はねぇ、普通はこんなことはしないもんだよ。で、どこへ向かえば良いんだい?」
「僕は小姓でもないし、あの人の主人でもありません。でもあなたが向かってくださるのなら必要な全てを持って闘技場へ。闘技場の『落とされ騎士』の装備を整えてください」
ええっっとおやじさんはもう一度仰け反り、入口を伺い、右を向き左を向き、机の上に置かれた金貨の入った袋を見つめ、最後に少年の顔を眺めた。
「…ぼっちゃん、ちょいと奥へお入りくださいな」
袋の口を握ると、武器屋のおやじさんは悩まし気な顔で店の奥へと入って行く。少年がその後を追う。凩もふよと漂いながら店の奥の部屋と続いた。
「ううん、何と言ったものかな」
部屋の扉を閉めるなり、突然武器屋のおやじが頭を掻きむしった。
そこは恐らく商談用の部屋で小奇麗で応接机と座り心地の良さそうな椅子や長椅子が置いてあった。
「まぁ、お掛けになってくださいよ。まず確認したいんだがね、ぼっちゃん。あんたは誰かのお小姓でもないし、お貴族様でもないね?」
長椅子の端に座らされクルスは頷いた。
「どこかの商家でもないね?うちは手形は扱わないから、足りない分も全部金貨と質の良い宝石で払ってもらうよ?」
クルスはまた頷いた。
「それから、まさかとは思うんだがね、あんたはどこかの賭け事屋の使いで来た、ってわけでもないね?
少年は首を傾げ、考えるようなしぐさを見せた。
「僕は賭け事をしたこともないし、賭け事屋なんてものも知りません。僕はただ彼に勝って欲しいだけです。彼が勝てるように剣と鎧を準備したいんです」
武器屋の煮え切らない様子に、少年はきっぱりと言い切った。
凩は少年の上で漂いながら、嫌だな、と思った。
貴族ではないと頷いた時から、武器屋のおやじの眼がぬらぬらと…少年の顔や、服から覗く首や、労働者ではない白い指を舐めるように見始めたような気がする。
まさか、まさかと思いながら、凩はふっと少年のつむじに息を吹きかけた。激情に駆られた少年がどんな無茶をするかもわからない。冷静に冷静になれよと冷たい風を吹きかける。
「まぁ、賭け事屋の使いでないなら安心したよ。うちが『竜殺しのズオルト』に武器を卸していると聞いて来たんだろう?奴はまぁ性根は腐りきっているが腕だけはいいからな。実際は腕だけでなく使ってる剣も楯も鎧もとびきり良いのを使っているからだが」
凩はクルスの表情を見て、またあれ?と思った。顔にそんなことは知らなかったと書いてあるも同然だった。凩にさえ分かるのだから幾つも商談をまとめて来たであろう武器屋のおやじには丸わかりであっただろう。
「まぁ、うちはこの国一番の店だからねぇ。置いてあるどれもこれも世界中の目利きが選りすぐった業物ばかり扱っているからねぇ。知らずに来たとしてもぼっちゃんのお目が高いし、あたしも鼻高々ですわ。それでねぇ、まぁ、これでお分かり頂けたとは思うんですが、うちは表向き『竜殺しのズオルト』を応援しているわけでねぇ」
クルスはすくっと立ち上がった。その顔には今度はこんな場所で時間を無駄にした、そして一番の店では買えないという悲憤の表情が浮かんでいる。
「まぁまぁ、ぼっちゃん。そんな悲しいお顔をしないでくださいよ。あたしだってねぇあんなズオルトみたいな残酷野郎は好きじゃぁないんですよ。あの野郎綺麗な顔や身体をめちゃくちゃに引き裂くのが好きだなんて、酷い奴だってのはぼっちゃんもよぉくご存じでしょう?相手が月の化身、水仙の花みたいな美少年の時でさえねぇそりゃむごたらしく引き裂いて。あんなのはイけねぇですよ。あたしはね仕事で仕方なく仕方なくやっているんですよ。それにねぇ、ズオルトを次の祭りになんとかして負かしてやろうと賭け事屋が色々企んでいるようなんでね、あたしも用心しないといけなくてねぇ、ねぇわかるでしょう、ぼっちゃん?」
少年の両手首は武器屋のおやじにがっちりと掴まれていた。
「ただねぇ、ぼっちゃんがあの『落とされ騎士』のためにどうしてもと言うなら。あたしだって考えないこともないんですよぅ?」
凩は少年の肩を叩いた。
『出よう!!』
ここに居て良いことはない。だが少年は動かない。動かないように見えて、その実二人の顔はゆっくりと近づいてゆく。
『クルス!出よう!!』
凩は叫んだ。
唇はつかなかった。良かった、と凩は思った。視線が絡み息が触れる距離で少年は嫣然と微笑んだ。
武器屋のおやじさんが口ひげをひねって整えながら云うのを聞いて、クルスがあの落とされ騎士のために武器防具を買いにきたのだと凩にもわかった。
「彼は動けません。呼んだ先に武器防具と職人を連れて来て欲しいのです。かかるお金は僕が払います。これが前金です」
少年が懐から袋を出し、ずしりとしたそれを机に乗せた。袋の口を開くと金貨が見える。金貨の他に真珠や赤い宝石も。
ひぇっとおやじさんが仰け反る。
「こ、これはこれは…。お小姓さん、あんたのご主人様は一体どういう方なんだい。普通はねぇ、普通はこんなことはしないもんだよ。で、どこへ向かえば良いんだい?」
「僕は小姓でもないし、あの人の主人でもありません。でもあなたが向かってくださるのなら必要な全てを持って闘技場へ。闘技場の『落とされ騎士』の装備を整えてください」
ええっっとおやじさんはもう一度仰け反り、入口を伺い、右を向き左を向き、机の上に置かれた金貨の入った袋を見つめ、最後に少年の顔を眺めた。
「…ぼっちゃん、ちょいと奥へお入りくださいな」
袋の口を握ると、武器屋のおやじさんは悩まし気な顔で店の奥へと入って行く。少年がその後を追う。凩もふよと漂いながら店の奥の部屋と続いた。
「ううん、何と言ったものかな」
部屋の扉を閉めるなり、突然武器屋のおやじが頭を掻きむしった。
そこは恐らく商談用の部屋で小奇麗で応接机と座り心地の良さそうな椅子や長椅子が置いてあった。
「まぁ、お掛けになってくださいよ。まず確認したいんだがね、ぼっちゃん。あんたは誰かのお小姓でもないし、お貴族様でもないね?」
長椅子の端に座らされクルスは頷いた。
「どこかの商家でもないね?うちは手形は扱わないから、足りない分も全部金貨と質の良い宝石で払ってもらうよ?」
クルスはまた頷いた。
「それから、まさかとは思うんだがね、あんたはどこかの賭け事屋の使いで来た、ってわけでもないね?
少年は首を傾げ、考えるようなしぐさを見せた。
「僕は賭け事をしたこともないし、賭け事屋なんてものも知りません。僕はただ彼に勝って欲しいだけです。彼が勝てるように剣と鎧を準備したいんです」
武器屋の煮え切らない様子に、少年はきっぱりと言い切った。
凩は少年の上で漂いながら、嫌だな、と思った。
貴族ではないと頷いた時から、武器屋のおやじの眼がぬらぬらと…少年の顔や、服から覗く首や、労働者ではない白い指を舐めるように見始めたような気がする。
まさか、まさかと思いながら、凩はふっと少年のつむじに息を吹きかけた。激情に駆られた少年がどんな無茶をするかもわからない。冷静に冷静になれよと冷たい風を吹きかける。
「まぁ、賭け事屋の使いでないなら安心したよ。うちが『竜殺しのズオルト』に武器を卸していると聞いて来たんだろう?奴はまぁ性根は腐りきっているが腕だけはいいからな。実際は腕だけでなく使ってる剣も楯も鎧もとびきり良いのを使っているからだが」
凩はクルスの表情を見て、またあれ?と思った。顔にそんなことは知らなかったと書いてあるも同然だった。凩にさえ分かるのだから幾つも商談をまとめて来たであろう武器屋のおやじには丸わかりであっただろう。
「まぁ、うちはこの国一番の店だからねぇ。置いてあるどれもこれも世界中の目利きが選りすぐった業物ばかり扱っているからねぇ。知らずに来たとしてもぼっちゃんのお目が高いし、あたしも鼻高々ですわ。それでねぇ、まぁ、これでお分かり頂けたとは思うんですが、うちは表向き『竜殺しのズオルト』を応援しているわけでねぇ」
クルスはすくっと立ち上がった。その顔には今度はこんな場所で時間を無駄にした、そして一番の店では買えないという悲憤の表情が浮かんでいる。
「まぁまぁ、ぼっちゃん。そんな悲しいお顔をしないでくださいよ。あたしだってねぇあんなズオルトみたいな残酷野郎は好きじゃぁないんですよ。あの野郎綺麗な顔や身体をめちゃくちゃに引き裂くのが好きだなんて、酷い奴だってのはぼっちゃんもよぉくご存じでしょう?相手が月の化身、水仙の花みたいな美少年の時でさえねぇそりゃむごたらしく引き裂いて。あんなのはイけねぇですよ。あたしはね仕事で仕方なく仕方なくやっているんですよ。それにねぇ、ズオルトを次の祭りになんとかして負かしてやろうと賭け事屋が色々企んでいるようなんでね、あたしも用心しないといけなくてねぇ、ねぇわかるでしょう、ぼっちゃん?」
少年の両手首は武器屋のおやじにがっちりと掴まれていた。
「ただねぇ、ぼっちゃんがあの『落とされ騎士』のためにどうしてもと言うなら。あたしだって考えないこともないんですよぅ?」
凩は少年の肩を叩いた。
『出よう!!』
ここに居て良いことはない。だが少年は動かない。動かないように見えて、その実二人の顔はゆっくりと近づいてゆく。
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凩は叫んだ。
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