こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 こがらしは短い間に少年クルスの事が、特に歌声がすっかり好きになっていたけれど、どうしても彼の趣味だけは好きになれなかった。

 クルスは戦いを見る為にお金を払う。その戦いと言うのが酷く残酷だった。勝てば罪人でも報酬が与えられ、負ければ子供でも殺されてしまう。そんなもののために時間を費やしお金を払い、人々が熱狂する理由が凩にはさっぱり分からなかった。
 一対一で戦う時も有れば、多くの奴隷や罪人を競わせてただ一人が、生き残る場合もある。
 戦う相手が獣の時もあった。勿論、負ければ喰われる。


 少年が応援する側が勝った時、クルスの喉からほとばしり出る叫びはあの天上の声でなかった。周囲の怒号に包まれて歳相応の少年らしい叫びのようで、彼がこの残酷な戦いの中に男らしさや強さや、何か凩には理解の及ばぬ物を求め得ているのが分かる。
 痛いのも怖いのも嫌な凩は目を瞑る。耳を塞ぐ。

 しかし耳を塞いでも闘技場の観客が足を踏み鳴らし、みっともなく負けた男に「死を!死を!死を!」と声を揃えて絶叫すると、聞こえてしまい心から人間が恐ろしくなった。

 その敗者の最後の生死の境を分けるのが、闘技場の一番良い席に座る人で、彼が立ち大袈裟に首を掻き切る仕草や、ただ静かに親指を下に向けるだけで命の終わりが決まる。
 ごく稀に華やかな装いの女性がその腕に取りすがり死が覆される事がある。
 
 その僅かな静寂さえ、凩は恐ろしく少年が向かう先を察して舞台の柱に抱きついて、行くものかとへばりつくのだが、糸を引かれる凧のように身体ごとふよふよと引きずられ、いつもその残酷な遊戯を見ざるをえなかった。

「勝った!勝った!」
 クルスが歓声を上げて飛び跳ねる。彼が応援しているのは紋章を削り取られた盾を持つ背の高い戦士のようだった。
 前回も彼を応援していたように思う。

 凩から見てもあれ?と思うぐらいに戦士の格好はちぐはぐだった。身につけている物がまるで身体にあっていない。

「ありゃあ、あの落とされ騎士は今日は勝てたが次の祭りにゃぁ負けるな」 

「どうして!?」
 濁声の男の声に振り返ったクルスは叫ぶように問うた。凩も何故か解らず首をひねる。あいつ、そこそこ強いじゃないか。武器や防具があれでも、身のこなしが良い。
 それから落とされ騎士ってなんだろう?とまた首を傾げる。

 耳を済ませば色々聞こえた。

 あれだろ?王様の愛妾に色目を使ったやら寝取ったやらの男だろ?いやいや、それは濡れ衣で、愛妾が己の美貌になびかぬ騎士を奴隷に貶めたらしいぜ?人は噂が好きなようでぼろぼろと葡萄の実をもぐように話がそこかしこから聞こえてくる。

「落とされ騎士は、あの格好だろう?裸一つで勝ち上がって剣も盾も奪ってきたが。次の相手は竜殺しのズオルトだぜ。とてもあの格好じゃ勝てやしねぇよ。一、二回打ち合えばあのボロ剣は折れちまうだろうし、あの盾だって真っ二つさ。後はあのおきれいな顔から身体が挽肉みたいに刻まれるんだぜ。ズオルトはそういうのが殊更好きだからな」
 
 凩はクルスを見た。少年が燃え上がる一つの青い炎のように見えた。

「おじさん、教えてくれてありがとう」
 クルスは礼を言うと身を翻す。

 凩は何故少年が劇場に駆け戻るのか全くわからなかった。

 広場の噴水で顔と手を洗い、劇場の裏口から階段を駆け上がり、衣装部屋に飛び込む。梁が軋むほど掛けられた衣装の中から綺羅々な服を取り、髪を整え、気弱げに見える眉をきりりと描き足した。
 どこから見ても貴族の少年に見える。

 驚いた事にクルスはいつものようには歩かずに馬車を呼び、武器屋の前に乗り付けた。
「…彼は負けない。僕が勝たせてみせる」

 そう呟いて武器屋の扉を潜る少年の背を、凩は慌てて追いかけた。
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