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業の国
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しおりを挟む重い飾りの羽衣装をつけて細い板の上を駆け下りる少年の足元が危なく見えて、凩は渾身の力で下から風で押し上げる。
こんな幅!お前が落ちたら死んでしまう!!
劇とはいえ、檀上の少年のいつ死んでも構わぬというような鬼気迫る気迫と、聴くものの魂を震わせるような声に観客は固唾をのみ、手に汗握り、今も少年の危うさを見た少女がああと声をあげて失神するのが見えた。
失われたものは戻らないものの肉体の傷が癒えるにつれ、少年は変わっていった。姉の陰で小さな蚤のように手足を縮こめ自信なげに俯く姿はもうない。
顔は舞台の化粧に濃く彩られ、髪を結い、飾りをつけ、衣装を変えることで王権と正義の象徴である天の御使いなり、人々を惑わせる妖婦になり、触れるのも躊躇われるような儚い美少女に变化した。中性的な容貌もさることながらそれも全てこの声あってのことだ、と凩は思う。
魅力され虜になった人々が、舞台の終わりに花や贈り物を持って楽屋の扉の前に列をなす。だが扉が開く気配はない。
人々が、がっかりと肩を落としてだがやはりあれは人でなく天に帰られたのではないか?と噂にまでなる。
だが実の所は少年は舞台裏の隠しで重い衣装をどさりと脱ぎ落とし、床に横たわり汗みずくで疲れきっていた。
「おまえまた、助けてくれたね」
地面に伏したまま、少年が陽炎の揺らぎに手を伸ばす。凩は冷たい風をふぅーっと額や首に吹きかける。
少年から凩の姿は見えないはずけれど、話しかけられたり、手を伸ばされたりする。
凩からの声も届かぬようなので、返事替わりにこうして風を吹きかける。
「おぅい、クルスや。またそこで寝るつもりかい?綺麗な家があるってのに。変わった奴だ。お衣装壊してないだろうなぁ?ダチョウやらキジの羽やらわんさか白く染めねぇといけねぇもんだからまいるぜ。まったく。見に来た奴らも羽をむしろうとするし。羽一枚だって無料じゃねぇっちゅう事をわかって欲しいもんだよなぁ。まったく」
「爺さん、明日観に行きたいものがあるからここで寝てくよ」
がっちりとした老人がまったく、まったくと言いながら少年の白い衣装を抱えて行く。少年はのろのろと白いズボンとブーツを脱ぎ、そのまま舞台の裏の小さな寝床ですぅすぅと寝始めた。
目覚めの朝は早く茶色のチュニックとサンダルを身につけて最後に、つぎはぎのフードを被る。
もう街頭に紛れればそれが至高の歌い手とはわからぬ姿になっていた。
「行こうか」
少年がまた手を差し出してくる。それに息を吹きかけながら、凩はおれ、飼われる犬か猫にでもなったみたいだと思いながら、少年にまとわりついた。
異国の街並みは少年の歩みとともに、蜃気楼のように揺らいだり、冬の陽炎のように橙、黄色と幻想的に色を変えて流れては揺れ、合間に異国情緒あふれる鮮やかな布や壺や焼き物の店や、かと思えば金、銀、宝石の鎖、その隣に首を切られた獣の頭がぶら下がったり肉の塊が釣り下がったりしている。
混沌とした賑わいに、目を瞬かせた。
『朝なのにすげぇなぁ』
「市場には世界中の物が集まるから今日も混んでいるね」
凩の驚きが伝わったのか少年が囁く。
クルスの足は、劇場とは反対にある闘技場に向かっている。
闘技場に向かうのはこれが初めてではない。ゆらゆらと揺れ動く景色の中で、何故かそこは鮮明で、力にあふれ、時に残酷で、凩はとても最後まで見ている事が出来ないのだが、少年が無くしたものの替わりの何かをそこで得ているのがわかるので、うひゃぁ、ひぇぇと慄きながら、少年の背に張り付いていた。
熱波に似た王にも、あの蠍の騎士にも会わないまま、少年が進む残酷な物語はまだ始まったばかりだった。
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