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業の国
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風の悪戯で捲られ、劇の幕のように下りて紗で隠された影に、騎士の心が動かされる。
可憐な姿に心震わせ、恋に落ちる…。
…などという都合の良いことは起こらなかった。
『誰が死のうと私には関係のないことだ』
騎士の心の声を聞いても、凩はなぁなぁと声をかけ身体をゆすったが、もはや何の答えも返ってはこなかった。
アディムは呻いた。
闘技場で働く者に対戦表を持ってこさせたのだ。
本来ならば祭りまで人の目に触れることのないものである。
裏で繋がり大金を動かすアディムだからこそ見れる表である。
くじで公平に戦う相手を決めるようにみせて、あらかじめくじに細工がしてあるのだ。『落とされ騎士』の相手は確かに『竜殺しのズオルト』だった。
だが知らぬ間に対戦の方式が一対一ではなく、三対三になっている。
しかもズオルトと組むのはモンスア、リンド、どちらも闘技場で最終戦を勝利で飾って来た剛の者だ。しかもどちらも猛者、手練れ、言い方をどのように変えても勝つためならば手段を選ばない残忍な男達だった。
一方落とされ騎士と組むのは…名前ではなくこう記されていた。
樵
掏児
名前が記されていないということは、闘技場で一度も戦ったことのない者なのだ。
樵がなぜ?とアディムは思いはしたものの、掏児は犯罪者だ。
だが、掏児なら軽犯罪で、本来なら闘技場に送られるはずがない。
運悪く捕まったのだろう。祭りの日の見世物として殺されるために。
アディムにはなんとなく見えた。
恐らく二人は開始すぐに槍の的かなにかにされてすぐに絶命するだろう。要は前座だ。
奴ら三人は惨たらしく騎士を殺すだろう。
ただ殺すのではなく、これ以上はないというほど騎士の尊厳を地に貶め犯すに違いない。
最後は目も鼻も舌もない頭の下に背骨だけがぶらさがった状態にでもされるだろう。
そして最後ぐちゃぐちゃになった骨の残骸は犬にでもしゃぶらせ喰わせるつもりだ。
今までだってそうした残虐な見世物を見て来たし、命を絶つための武器を用立ててきたのは外ならぬ武器屋のアディムである。
人々は残虐な見世物に常に渇望していて、大挙して闘技場に訪れ、狂喜し、大枚を落としていく。
アディム、いつも通りじゃぁないか、アディム、どうした何を躊躇う。買っても負けてもお前の好きな金貨が待っているぞ。入場料の一部が、掛け金の一部が、武器の売り上げからの金貨がお前の懐に入ってくるぞ。これは俺の声かとアディムは自問する。
ほら、金貨だぞ、この世界でお前が唯一信じられる金貨だぞ。
あの子との約束?ズオルトを裏切ると口走ったこと?何を気にする。今までだって口八丁手八丁でやってきたじゃないか?剣も鎧も適当に良い奴をみつくろって、此処に置いていけば良い。一式用意することが俺の仕事で、そこで終わりだ。あるのに使わない、鎧を着ない騎士が悪いのだから。
だがあの子が見たら、どんなに悲しむだろう。いや嘆き悲しむ心の隙に付け込んで少年を慰めるふりをして自分の家に閉じ込めて、もう何処にも出さぬようにして、逃げられるようにして自分しか見えぬようにしてしまえばいいではないかと心の内の悪魔が囁く。
この大きな国で、あの人の流れにもみくちゃにされるような街の雑踏の中から一人いなくなったとして、誰が気が付くだろうか?失せ人、行方知らずの数など星の数ほどいるはずだ。あの子をその中の一人に…
アディムは首を振った。
おかしなことばかり考えてしまう。
俺はどうするのだ、この子を選ぶのか、この子を騙してズオルトをとるのか。
黒いベールの下で地獄の窯で茹でられたようにアディムはだらだらと汗をかいた。
可憐な姿に心震わせ、恋に落ちる…。
…などという都合の良いことは起こらなかった。
『誰が死のうと私には関係のないことだ』
騎士の心の声を聞いても、凩はなぁなぁと声をかけ身体をゆすったが、もはや何の答えも返ってはこなかった。
アディムは呻いた。
闘技場で働く者に対戦表を持ってこさせたのだ。
本来ならば祭りまで人の目に触れることのないものである。
裏で繋がり大金を動かすアディムだからこそ見れる表である。
くじで公平に戦う相手を決めるようにみせて、あらかじめくじに細工がしてあるのだ。『落とされ騎士』の相手は確かに『竜殺しのズオルト』だった。
だが知らぬ間に対戦の方式が一対一ではなく、三対三になっている。
しかもズオルトと組むのはモンスア、リンド、どちらも闘技場で最終戦を勝利で飾って来た剛の者だ。しかもどちらも猛者、手練れ、言い方をどのように変えても勝つためならば手段を選ばない残忍な男達だった。
一方落とされ騎士と組むのは…名前ではなくこう記されていた。
樵
掏児
名前が記されていないということは、闘技場で一度も戦ったことのない者なのだ。
樵がなぜ?とアディムは思いはしたものの、掏児は犯罪者だ。
だが、掏児なら軽犯罪で、本来なら闘技場に送られるはずがない。
運悪く捕まったのだろう。祭りの日の見世物として殺されるために。
アディムにはなんとなく見えた。
恐らく二人は開始すぐに槍の的かなにかにされてすぐに絶命するだろう。要は前座だ。
奴ら三人は惨たらしく騎士を殺すだろう。
ただ殺すのではなく、これ以上はないというほど騎士の尊厳を地に貶め犯すに違いない。
最後は目も鼻も舌もない頭の下に背骨だけがぶらさがった状態にでもされるだろう。
そして最後ぐちゃぐちゃになった骨の残骸は犬にでもしゃぶらせ喰わせるつもりだ。
今までだってそうした残虐な見世物を見て来たし、命を絶つための武器を用立ててきたのは外ならぬ武器屋のアディムである。
人々は残虐な見世物に常に渇望していて、大挙して闘技場に訪れ、狂喜し、大枚を落としていく。
アディム、いつも通りじゃぁないか、アディム、どうした何を躊躇う。買っても負けてもお前の好きな金貨が待っているぞ。入場料の一部が、掛け金の一部が、武器の売り上げからの金貨がお前の懐に入ってくるぞ。これは俺の声かとアディムは自問する。
ほら、金貨だぞ、この世界でお前が唯一信じられる金貨だぞ。
あの子との約束?ズオルトを裏切ると口走ったこと?何を気にする。今までだって口八丁手八丁でやってきたじゃないか?剣も鎧も適当に良い奴をみつくろって、此処に置いていけば良い。一式用意することが俺の仕事で、そこで終わりだ。あるのに使わない、鎧を着ない騎士が悪いのだから。
だがあの子が見たら、どんなに悲しむだろう。いや嘆き悲しむ心の隙に付け込んで少年を慰めるふりをして自分の家に閉じ込めて、もう何処にも出さぬようにして、逃げられるようにして自分しか見えぬようにしてしまえばいいではないかと心の内の悪魔が囁く。
この大きな国で、あの人の流れにもみくちゃにされるような街の雑踏の中から一人いなくなったとして、誰が気が付くだろうか?失せ人、行方知らずの数など星の数ほどいるはずだ。あの子をその中の一人に…
アディムは首を振った。
おかしなことばかり考えてしまう。
俺はどうするのだ、この子を選ぶのか、この子を騙してズオルトをとるのか。
黒いベールの下で地獄の窯で茹でられたようにアディムはだらだらと汗をかいた。
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