こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 アディムは紗をかけられた部屋からクルスを連れ出した。


「…ぼっちゃん。諦めませんかこれは、この騎士は死ぬ気で戦うつもりもなく、剣を受け取る気もない。しかも一対一じゃぁなくてね、向こうは三人とも剛を揃えた戦いだ。こっちは素人が二人と落とされ騎士ですよ。一人分あつらえたって勝てやしません」


 アディムは己のなけなしの良心に従った。

「ぼっちゃん、この騎士でなくとももっと戦う気概のある奴がいくらでもこの闘技場にはいるんですよ?ぼっちゃんに剣を捧げて戦ってくれる凛々しい奴だってきっと。あたしがどれだけだって見つけて…」

「彼と一緒に戦うのは誰ですか?」


 少年の瞳は悲しげに紗の向こうの騎士を見ていた。

きこり掏児すりの子で、名前はわからないんですよ」

 
 少年の手がするっと伸びた。顔は陽に向かって微笑む花のように、手は日を遮る影を求めたつたのように。

「あなたなら調べられる。僕のために調べてください」


 此処で待っています、だから調べてください。少年は囁く。

 此処はいけません、貴人の待合室にお連れします。私が調べて来る間にその部屋から一歩も出てはいけませんよ、絶対にいけませんよとアディムは固く固く念を押した。
 

 街の雑踏からも喧騒からも遠ざけられた静かな部屋でクルスは案内された椅子に座った。闘技場の中にあるとは思えないような品の良い貴族の私室のような作りだった。



 騎士の反応に、思った以上に傷ついていた。
 自分は思い上がっていただろうかと自問した。手段はどうあれ、最高の物を準備さえすれば心のどこかで喜んで受け取ってもらえると思っていた。


 歯牙にもかけぬ、一顧だにもされぬと言う事は、こんなにも心が苦しく重いのかと、クルスは深いため息をついた。


 扉が開いて誰かが顔を覗かせた。
 良く陽に焼けた青銅ブロンズ色の肌、赤黒い髪は長い前髪が落ちてこないようにするためか黒い額当てをつけている。眉が太く、鼻筋も太く猛々しい顔つきだった。


「あ、驚いた!こんな可愛いお嬢さんだとは一言も奴が言わないから」

 クルスは相手が誰か分からず、小さく頭を下げて会釈した。


「あんた、ズオルトの対戦相手のつらを拝みに来た武器屋の連れの子だろ?もうじきこの部屋にズオルトと奴の情婦が来ちまうから、部屋をすぐに変わってくれと伝えてくれって言われたんだよ。あの武器屋、興行主に捕まって連絡できねぇもんだから、替わりに俺が来たんだが…。あんた他に付き添いの女将おかみさんか、お姉さんはいないのかい?すぐに移動しないと、奴ら部屋に入るなりおっぱじまっちまうぜ?あ、こりゃ失礼」


 クルスは椅子から立ち上がった。どうしよう、部屋から一歩も出てはいけないと言われたのに、しかも案内に来た男の顔も知らず、もしこの部屋が使われるならば此処にいるわけにもいかない。


 手を組んで悩んでいるうちに、下品な男の笑い声と、婀娜っぽいいかにも商売というような女の声が近くなった。
あ、どうしようと思っている間に額当ての男に手を取られた。互いに手袋をしていて肌が触れることはない。クルスは何故かその事でほっとして、手袋をしていて良かったと思った。


 手を引かれて部屋を出るなり、派手なドレスを着た女二人を抱いた大柄な男とかち会った。
背が恐ろしく高く小山のようで、何人も突き殺した闘牛のように太い首と盛り上がった肩をしている。

「ほどほどに」
と背にクルスを隠すように額当ての男が言う。

「は、あるだけ喰うに決まってるだろ?」
大男はニヤリと笑って女二人の胸を揉みしだいた。


 女を連れて男が部屋に入り、バタンと扉が閉まる。あれだけ喧騒からクルスを遠ざけていた部屋なのに、あの三人がはいるなり部屋の中からは夜の寝屋で響かせるような声が漏れ始めた。

「え!?」
 流石にクルスもこれには狼狽した。

「な?」
 何がな、なのか頷けなかったが、男の言った事は正しかった。


 あれがズオルト…。クルスは苦々しい思いに駆られた。クルスの騎士はあんなに静かに座って己の終わりを見つめているかのようだったのに…。


「お嬢さん、まさかとは思うがずっとこれを聞いていたいわけじゃないだろ?貴人の部屋は此処だけじゃないから、あの武器屋が来るまでいられる静かな部屋に案内するよ。それにしてもズオルトの顔を知らないとは。日曜の大きな勝負には必ず出てるのに、見たことがなかったのかい?」


 クルスはベールをつけたままの姿で小さく頷く。
「日曜は家から出られないので」

 かぼそく作った声で嘘をついた。日曜は昼も夜も歌劇がある。どんなに大きな催しがあってもクルスはほとんど見に行く事が出来なかった。

「そうか」
 手は離されたが、男の後についてクルスは歩いた。
 この男も随分背が高く身体つきはしっかりしていた。ああ、こういう風に生まれたかったと少年は小さく細いため息をついた。

 
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