こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 クルスの暗い顔つきを見てこがらしは不安になった。ああ・・言っていたし本当は凄く喉の調子が悪いのではなかろうか?喉を冷やすと良くないので、凩は出来るだけ離れてクルスを見ていた。 

 あれだけの舞台をやり遂げ、たくさんの寄付を集め、エイダを主役とした演劇の構成を座長らと話し合い、踊りもほぼ変わらない。歌がエイダの持ち歌に変わるだけで奏者も大丈夫だと太鼓判を押す。その後半の大胆な構成と幸せな終わりに皆乗り気になった。


 歩くクルスの顔は一寸先も見えない道を行くようだ。疲れているにしても鬱々として墓場の中を歩くような目になっていた。少年が珍しく劇場の裏から馬車に乗り、アディムの家の行き先を告げた時、凩は安堵した。帰れる場所があるのなら、そこに行くべきだと。


 
 馬の低いいななきと共に馬車が止まり揺れる馬車から降りて、クルスは控えめに扉を叩いた。
 訪問するにはあまりにも遅すぎる時間である。家の主が寝ていてもおかしくは無い。

 クルスは渡された鍵を取り出し、暫し思案し、扉を見つめて暗い足元を見つめて項垂れた。

「…寝ているのを邪魔しては悪いものね…」
とその場を離れニ、三歩歩いた時だった。

 どどどどと闘牛が駆けるより重い音が家の中からした。ずばん、と扉が開く。元の場所に立っていれば扉にはね飛ばされたかもしれなかった。

「ぼっちゃん!?」

 明かりも無いのにその場にともったように凩には見えた。

 喜色満面とはこの事で、たたずむクルスの姿を捉えたアディムの心からの喜びの笑顔がその場を照らし出すようだった。

「さぁ、入って入って、おつかれだったでしょうに。うちに来てくれるなんて…食事にされますかい?それともお風呂ですかいねぇ?」


 少年クルスの両腕は重りをぶら下げた様に酷く震えていた。その震える腕が躊躇いながらアディムの胴に回される。

「…ただいま」

「…クルス、クルス…よく来て、よく帰って来てくれたねぇ…さ、さ、うちへ入ろう」


 そう言って少年の身体をぎゅぅと抱きしめたアディムは、クルスの顔に千も接吻の雨を降らせたい様な顔をしていた。
 人の顔つきというものはこんなにも変わるのかと、凩が驚く程だった。

 初めて会った時にいやらしい舐め回す様な目で見ていた男と同一人物だとは到底思えぬ表情だった。



 クルスはアディムの家に入ると、一つの包みを出した。
「アディム、今日は来てくれてありがとう。でもねこんな高価な物を入れちゃ駄目だよ。家が買えちまうって、座長が目を回してこれは返してきなさいって」

 包みの中に入っていたのは、たくさん宝石のついた飾り帯だった。アディムが箱の中に入れた物だった。
「え!?ぼっちゃん。それは本当にあたしの気持ちで…」


「来てくれただけでも嬉しいのに、貰いすぎだよ。アディム本当にありがとう」
 抱きつかれたアディムの方が初心な少年の様に顔を赤らめた。


 たっぷりと湯を使わせて身体と顔を洗い、柔らかい寝巻きで包まれ、アディムに甲斐甲斐しく世話を焼かれてクルスは寝台に横になった。
 そのまま身体が沈んでいきそうに疲れていた。


「…ねぇ、アディム。今日、どうだった?」

「…素晴らしすぎてね、席に座ってから劇場を出るまで一生忘れられないですよ。ぼっちゃんがねぇ、あんなにすごい歌い手だとは…さぁ、今日はもう寝ましょうや。ゆっくり休んでまた明日お話ししましょうねぇ」


 アディムの中に欲望が無い訳ではなかった。話したい気持ちもある。だが疲れ切って瞼が落ちそうになっているクルスに無体を働くほど今は獣にはなれなかった。

「…アディム、横に来て、隣にいてよ…」
 
 その声は雷に怯える小さな子供の様だった。
 アディムは寝台に上がり、そっとクルスの身体の脇に寄り添い少年が眠るまで宥める様に髪を撫で続けた。

 それはとても、静かな夜だった。
 
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