こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 クルスが斧を運んで行くのは大変だからと、アディムは馬車を呼んでくれた。クルスが他にも祭りの前に寄りたいところがあり、今日は遅くなって戻れないかもしれないと告げると、アディムは非常に残念な顔をしたものの「どうぞ無理せずにね」とクルスを送り出した。

 こがらしは白銀の斧から離れる様に、馬車の壁に張り付いた。なんだかあやかしの身体もずっぱりと切ってしまいそうな威力の漂う斧なのである。
 正直、近くにいるのは落ち着かなかった。

 
 しかし、せっかく良い斧が手に入り、綺麗な鎧も見たと言うのに少年クルスの表情は冴えなかった。馬車が走り出した途端顔付きが変わったと言っても良い。
 死を前にした老人の様な沈鬱な表情に、凩はまたしても不安になった。

『クルス、大丈夫かよ?疲れてるのか?』
 凩がふっと息を吹きかけても、気付く様子もなくクルスは物思いに沈んでいる。


 そのうち馬車が劇場ではなく、闘技場へ向かっていることに凩は気がついた。
『…なんで闘技場に?…なんであんな嫌な場所に?』

 いや、舞台で、闘技場にいる不幸な境遇の方に食事を届けたり薬を塗ってあげたいと言っていたけれど…。


 クルスが鞄の中から白い頭巾のついた外套と、青い首にかける様な帯飾りを取り出して身につける。そして持っていた布で斧を丁寧にくるみなおした。


 クルスは馬車を降りると堂々と闘技場の中へ入って行く。頭巾を深々と被っているのに怪しまれる素振りもない。
「司祭様が祭りの前で大変お忙しいので、諸事は私に任せるとおっしゃいましたので、本日は助任司祭ではありますが私が祭儀を執り行います。祭りの日に体良く処刑されるきこりがいますね。そこへ案内してください」


 凩は目を丸くした。クルスがその司祭やら、助任司祭やらのわけがない。何故こんな妙な事をしているのか?
変に思っても実体の無い凩はふよふよと漂いながら着いて行くしか無い。


 クルスは小柄なものの、大変堂々として淀みなく話すもので係のものは怪しむ事もなく、どうぞこちらへと歩き出した。


 闘技場で罪人が死ぬ前に罪の赦しを乞うたり、告白したりするのは日常茶飯事であった。司祭の替わりが来る方が多かったので係も変に思わなかったのだった。


 クルスは離れた牢の前に案内された。そこは複数人が収容される雑居房ではなく独房だった。

 格子の奥に男が独り転がっている。


「無実の罪で捕まり、王に妹を殺されたのは貴方か」


 凩は、初めて少年クルスを恐ろしいと思った。何故今こんな声で倒れている男に声をかけるのだろうと。まるで姿もさながら神の使いの様な声で、何を語るのか。

「王に辱められ、無残な死を選ばざるを得なかった娘の兄は貴方か」

 檻の中の男は動かなかった。

「あなたがそこで全てを諦めると言うのなら、私はここで死者のための祈りを捧げよう」


 耳も聞こえぬのかやはり男はぴくりとも動かない。


「しかしあなたが一太刀でも復讐を望むならその為の武器と秘薬を授けよう」

 それはあまりにも小さな音だった。
 爪でわずかに地面を掻いたような、誰もが聞き漏らす様な哀れな音だった。酷く打ち据えられ朦朧とし、生死の境を彷徨いながら、何かに縋りつこうとした男の足掻きだった。
 復讐では、なかったのかもしれない。

 ただ哀れな妹の為に何かしなくてはと、立とうとしただけかもしれなかった。

 純朴だったきこりの耳に少年は歌う様に告げた。

 もうじき幸せになるはずだった彼の妹がどんなに酷い目にあったのかを。美しかったばかりに王に見染められ、兄は罠にかけられ、兄を救いたければ自分の物になれと取引を言い出され王に辱められ、それだけではなく続いた妹の悲劇を。

 気の優しい樵を復讐の徒に変える心を狂わす歌を、クルスは歌ったのだった。
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