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業の国
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しおりを挟む掏児の子の牢を聞いてからあの係の者を解放すれば良かったと、クルスは後悔した。闘技場の地下や半地下の牢の数は膨大で、収容されている人数も多かった。
別の係の者捕まえて尋ねてみれば「ここに収容されている奴は大抵が掏摸かこそ泥だよ」と少年をせせら嗤った。
「祭りの日の最後に殺される子が収容されている牢だよ」
と少年が言えば、詳しくを知らない係の者はこう言い返した。
「此処にいる奴らはほとんど、祭りの日の最後に見世物で殺される奴等ばかりだよ」
何人収容されているのか分からないが、かなりの数の人を殺すと言うのか。余興や見世物として。
クルスは今まで自分が金を払い闘技場へ来ていた事を苦々しく恥ずかしく思った。あの騎士を応援していた事に対しての後悔は無い。だがこれまで殺されて来た者達に対して心の奥底から申し訳なく思った。
遊びで殺されて良い命があるはずがない…。
罪人であるのならば、それは正しく裁かれるべきだ。
牢のある場所を歩いていると、牢の中の者から睨まれ、ある者は唾を飛ばしてクルスに命乞いをし、誰かはすっかり狂っており、酒に溺れている者、死んだように寝ている者、この中から目的の子が本当に見つかるのかと不安になった。
「…うなじの毛がちりちりするから来てみれば、お前か」
非常に嫌な聞き覚えのある声だった。振り返りたくない、このままどこかへ駆け去りたくなる声だった。
視界の先でクルスにそっと冷たく風を送る小さな幻が怯えたように瞬き揺れるのが見えた。
クルスはゆっくり振り返った。
ズオルト。
顎がうっすらとした髭で黒いのを除けば全て見覚えがある。無邪気そうな人好きのする顔、素晴らしく引き締まった肉体。
上半身は見せつけるかのように裸で、波打つような筋肉が目のやり場に困るほどだ。
改めてこの男を目にした時、その肉感的な生々しさと常人離れした覇気…肉体から立ち昇るような気はクルスが知っている人に驚く程似ていた。
この男も、王だった。この狂った場所の絶対的な王者だったと改めて認識した。
「また、抱かれに来たのか?」
クルスを観察し終えたのか、男が聞いた。
息をするように人の気を逆撫でることができるのだなとクルスは唇を噛んだ。
後退りそうになる自分に腹を立てた。
「嘘だよ、お前みたいなのは一回犯れば十分だ。しかしおっかしいなー。来たと思ったのに。一人で来たのか?誰かツレがいるんじゃないのか?」
ズオルトがクルスの背後を透かし見る。
不思議な事にあの小さな風の塊が幼児のように怯えているのがクルスに感じられた。
「いないよ、一人で来たんだ」
乱暴された怒りは渦巻いているが、氷で足下に押し固めたようにまるで何もなかったようにズオルトを見た。
もし自分が、日曜にこの闘技場に通っていたならば負け知らずと云うこの闘技場の王者を応援していたかも知れなかった。もしそうだったとしたら。過ぎた過去は何一つ変えられないけれど、もしこのズオルトを応援していたら、あの部屋に連れ込まれた時に自分はうっとりと頬を染めて、男の言う事に諾々と従っただろう。
犬のように這い、忠実な召使いのように仕え、あの商売女達のように喜んで上になり下になり尻を振っただろう。そう思えると、乾いた笑いが漏れた。
「あんたじゃなくて、祭りの最後にあんたに殺される掏児の子に会いに来たんだ。知っている?」
「知るわけないだろう」
…といつもの俺なら言うんだけどな、とズオルトは歩き出した。
「ついて来な、案内してやるよ」
案内してやると言いながらズオルトは立ち止まった。石像のように固まったかと思えば次の瞬間にはクルスの背後にいた。クルスのことなど目にも入らぬ様子で中空に両手を突き出し何かを掴んだように見えた。
白い靄、淡い影、あるいは消えそうな細い首。
クルスのドレスを裂いたような手つきではなかった。
この傲岸不遜な男でも、万人を引き裂き思いのままにして来たであろうこの男が戸惑うなどと言う事があるのだろうか?
高い窓から溢れる細い光に両手を差し入れたような姿でズオルトは立ち止まり、溜息をついた。ほんの一、二秒の事なのにもっと長くクルスには感じられた。
あの白い影のような顔。
知っている人ではない。それは確かな事だった。
その時クルスは、いつも側にいた小さな風の気配が消えた事に気がつかなかった。
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