こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 こがらしは顔を上げた。その時流れた涙が恐怖からくるものなのか、あの場から離れられた安心感からくるものか分からないままにだぁだぁと涙を流した。

 首に触れた。

 醜い痕が残るがちゃんと繋がっていた。


 身体は西洋甲冑よろいむしゃのいるあの部屋に引き戻されていた。部屋全体が揺れていると思ったが、凩の身体が震えているだけだった。

 この西洋甲冑にも首を切られたのに、恐怖の度合いがまるで違う。
 ズオルトに触れられると魂まで砕かれるような脅威と苦痛を感じる。



「お前、大丈夫か?」

 凩の顔のすぐ上に兜があった。面頬を下ろし顔の分からぬ異形の蠍の騎士。

「…どうしよう」
 どうしよう、どうしよう、どうしようまた少年クルスを一人にしてしまった。あんな恐ろしい奴の所に独り残して身体が逃げてしまった。

「…どうしよう、怖くて行けないんだ」
 涙の止まらぬ顔で凩は呟く。


 面頬の暗い穴から色の分からぬ目が凩を見下ろす。
「…もう、行かなくて良い。お前の頭を砕いた奴がそこにいるんだろう?何も無理して行くことはない」


 行かなくて良いと言われると心の奥底の一部が安堵に身震いする。
 だが身体は安堵とは真逆のものに襲われ唇は震え、目からはあられのように涙が落ち、拭おうとする指も震えている。


 うまくものが考えられなかった。

 もし、行かなければ、ゆっくりと此処でついえるのかもしれない。

 
 多分凩が先に消えて、この西洋甲冑はその後に。いつともしれぬ時に一人ぼっちで。


 結局の所此処に残るのも行くのも恐ろしい。





 ただ脳裏に、踏み躙られ傷ついてもこんなのなんてことないと呟いた、クルスの涙の滲んだ瞳が思い出された。


 美しい声で人の心をあんなにも動かしたのに、闘技場の係の男を呪うような声で脅迫し鍵を出させ、死にかけのきこりに復讐の斧を手渡した。

 ズオルトが恐ろしい。

 そしてクルスがしようとしている事、待ち受ける未来も恐ろしい。

 今まで戦ったこともなく、吹けば流される風の気性そのままに生きてきた凩は、何かに立ち向かうのが恐ろしかった。出来るはずがないと思ってしまう。


 閉じ込められた西洋甲冑よろいむしゃの足を貫く黒い鎖をなんとか出来ないかと潜った先で、こんな事が起こるとは全く考えもしていなかったのだ。


 何故この黒い鎖は、少年クルスのいる世界に繋がっていたのだろう。クルスと凩は細く頼りない見えない糸のようなもので繋がっていて、凩とこの蠍を取り込んだ西洋甲冑は今は見えない糸で繋がれた関係だ。
 あまりにも脆く繋がったひとつなぎに、何の意味があるのか…。ただの偶然で、なんらかの意味を見出したいだけなのか…。


 凩は鼻を啜った。
 自分の身体を支えている西洋甲冑よろいむしゃを見た。


 クルスの舞台で見た目の覚めるような瑠璃青の衛兵の外套マントひるがえる青にばかり目を奪われていたけれど、鈍い色の鎧が似ているように見えた。鎧など皆同じ作りかもしれない。


「…あんたは王様の衛兵だった?」

「…王の剣と呼ばれたこともあったが、疎まれてこうなった…ように思う」


 凩の思う王と、西洋甲冑が仕えた王が同じとは限らない。それに凩は王の名も知らなかった。王の顔は怖いほど熱波しむんに似ていた。


「歌のすごく上手いクルスって子を知らない?それから…闘技場の竜殺しのズオルト…」


 凩の呼んだ名前を、男は無言で反芻しているように見えた。
「…わからない」
 

 男は苦し気に言った。
「…すまん、長く戦っていたことしか思い出せない」

 何の手掛かりもないまま、凩は両手を甲冑の胸に当てた。地面に寝ていたはずなのに抱えられている。


 進むも地獄戻るも地獄という言葉が故郷の地にはあった。
 少なくとも、俺の場合戻る場所は地獄じゃない、こうして抱えてくれる奴が今はいる。

 少年クルスを、彼が進む道をなんとかして逸らすなり引き止めるかしないといけない…そんな気がするのだ。どうしてクルスと繋がっているのかはわからないが、あの無謀にも突き進む姿が他人とは思えないのだ。


 風のあやかしに血は流れていないけれど、同じ血を分けたような不思議な感じがするのだ。


 凩はまたあの美しくも恐ろしい世界へ戻るために目を閉じた。


 
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