こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 クルスの背後で立ち止まった男の顔は、蜻蛉か蝶を捕まえ損ねた小さな子供とそっくり同じ表情だった。

 何故それが手の内にないのか理解できず、相手の事情をんだり鑑みたりすることのない無邪気な傲慢さが顔と体に滲んでいる。




 おかしいな、と舌打ちをして歩き出したズオルトの後に続きながら、クルスの中に嫌悪と不安感が無いわけではなかった。
 目が合えば肺から空気が全て押し出されるように息苦しくなる。

 馬鹿正直について行ってまた酷い目に遭うとも限らない。




 だがこの人非人が何故大手を振って闘技場内を闊歩しているのか少しだけ気にもなった。

「あんたはなんで自由に歩けるの?囚人じゃないの?」



「あんた、ではなくズオルト様と呼べよ。この体でいる時はな」

 この男はおかしな言い回しをする、とクルスは思った。おそらく頭がいかれているのだろう。こんな場所に長くいるのだから。

「俺は囚人じゃない。退屈だからここにいるのさ」

 その後暫く無言で歩いた。

 不思議な事にすれ違う誰もが、ズオルトがそこにいる事に気がつかないようだった。名の知れた者が歩けば当たり前にある反応が全くない。人の間を風でも吹いたようにすり抜けて行く。

 そのまま歩き続ければ、闘技場の外へ出てしまうのではないかと思うほど歩き、クルスは一度も見た事のない場所に出た。

 そこは闘技場というよりは植物園か何かのようで闘技場の壁は厚く緑に覆われ、所々に見たこともない異国の植栽がある。
 古風な食卓の上には誰かをもてなすように茶器や菓子や花が山盛りになっていた。
 瀟洒な造りの椅子が一脚でない所を見ると、それなりに誰かの利用があるのだろう。







「あ!ズオルト様おかえりなさいませ」

 緑の壁のような間から、大好きな主人を喜び勇んで出迎える犬のように飛び出してくる影があった。クルスよりもまだ少し幼いかもしれない。痩せぎすで目ばかり大きく、だからこそ隠しようのない喜びで瞳が輝いているのが見てとれた。

 艶々した栗毛の子で、眩しいほど白い衣装をつけ腕には金の腕輪をしている。
 大事にされているのだろう。


「七番目、昼は食べたか?」

「いいえ、まだです。待っていました」



 クルスは呆気にとられた。ズオルトと小姓の茶番を見に来たわけではないのだ。
 時間に余裕があるわけでもない。


「ズオルト、僕は遊びに来たわけじゃない。掏児すりの子に会うために来たんだ。早くあ」

「ここにいるだろう」

 
 会わせてくれと、クルスが言う言葉をズオルトはやわらかくさえぎった。



 ズオルトは栗毛の子をひょいと抱き抱げ、薔薇色の頬にちゅっと口をつけた。
 七番目と呼ばれた子は喜んで反対側の頬を差し向け口づけを受けると、額にも鼻先にも顎にもくすぐるように口をつけられてきゃらきゃらと笑い出した。


「…ズオルト?」

「ズオルト様って呼ばなきゃだめだよ」


 栗毛の子にたしなめられて、クルスは彫像になったかのように動きを失い二人の顔を見つめた。


 幸せそうだった。

 腹の奥底から怒りや嘔吐感にも似た何かが、小麦をいっぱいに詰めた袋を掻き切ったように飛び散りそうになった。だが、抱えられた少年の頬を染めはにかんだ笑顔をみると、怒りは急速にしぼんでいった。


「…オレねぇ、市場で盗みをしてて捕まって、罰だって闘技場ここに連れて来られたんだけど、ズオルト様が助けてくださって。この後もずっと盗みをせずに良い子にしていれば罰を受けなくて良いって、すごく良くしてくださるんだよ。ここ、町よりずっと良い所だよ。美味しいものはたくさんあるし、服もボロを着なくて良いし、寝るところもあるし。それにズオルト様は優しいし。…その、それであんたは何をしに来たの?」


 祭りの最後に殺すと言うのは嘘だったのかと、クルスの手からゆるっと力が抜けた。騎士ときこりの運命は変えられないかも知れないが、この子は幸運を掴んだのだなと、クルスは悲しく安堵した。


 ズオルトのことは自分にした事を思えば屑悪党だが、一つでも良いところがあるのかと、ズオルトを見た。


 ズオルトは人を不安にさせる優しい悪魔のような顔で微笑わらっていた。

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