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業の国
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しおりを挟む凩は少年の影のようにぴったりと張り付いていた。クルスが王に認められず城から出てしまった事、それから声が出ないのを悲観して自ら命を絶ってしまうのではないかと危ぶんだ。
しかしクルスは雑踏で涙ぐんだものの、自らの足で立ち劇場に向かい座長に自分の声のことを書いて示した。座長はすぐにエイダと弦楽の奏者の二人を呼んだ。声の事を座長が伝えて変わるがる抱きつき背を叩いて励ます。
「また、歌えるようになるんでしょう…?私だってあんたと歌いたいもの、早く良くなって」
「そうですよ、まだまだたくさん歌ってもらいたい楽曲もありますしね。ゆっくり休んで良くなったら必ず戻ってきてくださいよ。それまだに指が砕けるほど練習しておきますからね」
砕けちゃならないだろうと、奏者は突かれながら少年の手を握る。「必ず舞台に戻ってきてくださいよ」
見送られながら、クルスの足は街の中心の武器屋へ向かう。
アディムのいる店だ。おかしな事に人がいない。
品物が並べられた店先はなんだかくすんでいるようにクルスには見えた。砂の多いこの地域では、羽箒やはたきをつかわないと薄らとほこりを被ったようになってしまう。クルスは飾られた鎧の肩先をふっと息を吐きかけた。遅れて小さな風がひゅるりと巡る。
…アディムはいないのかな?掃除や手伝いをすれば下働きみたいにして置いてもらえるかな…?
クルスは台に無造作に置かれていた羽箒を取ると、高いところから細かい砂埃を払い始めた。盾や鎧の目立つ部分からくすみが落ちる頃、力の無い足音が聞こえた。
振り返ると青褪めて目の下に黒い隈を作った男が亡霊でも見たような顔で立っている。
「アディム」
その声は踏み潰した蟾蜍でももっと良い声がするのではないかと思うような醜い声だったが、アディムは飛びつくようにクルスに抱きついた。
もう帰ってきてくれないのではないかと思ったとアディムは鼻を啜った。劇場に行き闘技場に行き街中を探し、早鐘の後に少年を乗せた馬車が王城に駆け去ったという話を人に聞いていても立ってもいられなくなった。王城に行ったのならもう戻らぬかもしれない。それでも未練がましく王城の門の付近に行っていたとアディムは告げた。二人は見事なまでにすれ違っていた。
「ぼっちゃん、なんてひどい声だ。竜の肝を舐めないと」
掃除なんてしなくて良いとその手から羽箒を取り上げて、部屋の奥へと押し込み、奴隷に声をかけて蜂蜜を持って来させる。
クルスはアディムを見つめた。自分は何度アディムから竜の肝を貰うのだろう。何度助けてもらっているのだろう。何も返してはいないのに。迷惑と心配ばかりをかけて。
クルスはアディムに抱きついた。
自分を一番に愛してくれる者を同じだけ愛せたら良かったのに。この男を一番愛おしく思う事ができたら良かったのに、と思いながらクルスの胸の中を占めるのは感謝と後悔で愛では無い。
「…そんなに竜の肝を食べたら僕竜になっちゃうよ」
突拍子もないクルスの子供っぽい発言にアディムは笑った。
「坊ちゃんがもし竜になったら、ぼっちゃんに駱駝の替わりに荷駄を運んでもらいましょうかね。海の向こうへ船を出すときは千頭もの駱駝に荷をいっぱいに乗せて砂漠を渡らないといけないんでねぇ、それだけの数の商隊を組むにはなかなか大変なんですよ。竜がいたら商いが楽になりますねぇ」
アディムに撫でられながらクルスは竜になる夢を見る。竜はきっとたくさん食べるからアディムは破産しちゃうよとくすくすと笑った。そりゃぁ大変だ今以上に商いで稼がないといけませんねぇとアディムはクルスの話に付き合った。ただただ優しく抱きしめて髪を撫でて、王城で何があったかなどアディムは一言も尋ねなかった。
クルスはそれが嬉しかった。
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