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業の国
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しおりを挟む「アディムはちゃんとお店をしてね、僕今日は必ず戻ってくるから。闘技場で炊き出しの手伝いをしてくるだけだから」
少年に釘を刺されてアディムは呻いた。本当は着いて行きたい、否、闘技場など行かせたくはない。だが劇場で皆に約束をしたのだから炊き出しの手伝いに行くと言ってきかない。もう劇団の座長から教会に連絡して煮炊きに大釜や薪、食料なども準備できているらしい。
準備が出来ているのなら、クルスにはまだ家でゆっくりと休んで欲しかった。
クルスの声はまだ戻らず、喉はそこに太った大猫を何匹か飼っているかのようにゴロゴロ音がする。
「だってねぇ、ぼっちゃん…声がまだそんなにひどいのに。たくさんの手伝いを無言で出来ないでしょう?どうしたって喋らなきゃいけなくなるでしょう?また痛くなってしまうじゃないですか」
「じゃぁこうやって口元を隠すから。ね、大丈夫だから行って来るね」
クルスはするりとアディムの手をすり抜けて行ってしまった。
後ろ姿を見送りながらアディムは内心ではすぐにも追いかけたいが、商人として仕事も全うせねばとも思う。必ず戻って来ると言ってくれたのだから、今日は信じて待とう。立っていてはうろうろと歩き出してしまいそうなので椅子にどっかりと腰を下ろしてアディムは剣の手入れを始めた。
クルスは闘技場のすぐ外に設けられた炊き出し場で大鍋をかき混ぜていた。根菜と肉がごろごろと入った豪快な塩鍋だった。
冷たい風が足元から上がったり、襟足をくすぐったりとまとわりついているおかげでクルスは他の者より幾分楽に手伝いが出来た。
汚れても目立たない茶色の服を着て、口元を隠す布をつけるとクルスが劇場の歌い手である事はほとんど誰も気づかないようだった。この食事の提供さえ、王か教会の提供だと思われている節があったが、クルスにはもうそれはどうでも良い事だった。闘技場にいる者がお腹いっぱい食べることができればそれで良い、という気分だった。
「ほらちびすけ、おまえさんも飯の休憩をしてきな」
ちびすけなどと呼ばれた事のないクルスは目を白黒させたが、汁の入った木の器と顔のように大きな硬いパンを渡されて顎で指された門の陰へ向かった。何人かが日陰で座って食事をしている。
手で千切れぬ程硬いパンは、ちびちびと汁に浸して齧るしかないが、汁を吸うと固さが嘘のように消えてもっちりとして美味しかった。冷たい風は額あたりに張り付いていたのだが急にひゅるりと首の後ろからクルスの背中へ入ってしまった。
あれ、なんだか影が濃くなったと思って見上げると知った顔が立っていた。
会っても全く嬉しくない顔である。…ズオルトが眉根を寄せた不満な顔をして立っていた。今日はなんだか貴公子のような小綺麗な格好をしている。やっぱりこの男は奇妙だ、とクルスは思った。
周囲で食事をしている者が誰も気づいていないかのようなのだ。
「どうしていつもおまえなんだ…」
ズオルトの言葉にクルスは怪訝そうに見返すしかない。
ズオルトの服まで剥いで舐め回すような射殺すような目つきにクルスはぶるりと背を震わせた。
「そんなおっかない目でみるのはやめてよ!食事中なんだから」
クルスはズオルトから視線を引き剥がし、パンと器に目をやった。嫌いな奴だけれどクルスの視線を奪う磁力のようなものがズオルトの立ち姿にはあるのだ。
「なぁお前、きょうだいはいないか?」
それは意地悪な男の声ではなかった。なんだか砂漠で迷って水を求める弱った旅人のような声だった。
「…いないよ」
いるといえばこの男は姉の所まで行って迷惑をかけそうな気がしたし、クルスの心の中で『何も覚えていない』と言った姉はまだ心の中で許せていなかったのだった。
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