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業の国
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しおりを挟む「僕は孤児だから兄弟なんていない」
そうだ、男の兄弟はいない。そして美人な姉がいたが、今はいない。そう思えば心の内はすっきりとした。
ズオルトは、ふぅんとクルスの頭のてっぺんから足先まで見下ろした。クルスは炊き出しの手伝いをするために薪の煤や汁の汚れがついても良いように茶色い服を着ている。孤児か貧しい家の人にしか見えなかったのだろうズオルトはクルスをむかっとさせる一言を言った。
「おい、お前。俺の所で使ってやっても良いぞ」
クルスはちらりとも視線をむけずに汁をつけたパンにかぶりついた。もっちゅもっちゅと行儀悪く頬張り、汁物をずずずずっとすする。炊き出しの賄いにしては肉の旨味が効いた良い味だ。
「俺の所に来ればそんな汚れるまで働かなくても良いし毎日遊び暮らして好きな食べ物がたらふく食べられるぞ」
クルスは汁物の中に入っていた小さな骨の欠片を道の端へぷっと口から吐き飛ばした。
「聞いているのか?そんな骨しか入っていないような汁物を啜らなくても良いし、医者にもかからせてやる。その酷い声だって治るだろう」
もしクルスが路地裏でひもじい思いをして、明日どうやって生きていくのかわからず怯えた子供だったならばズオルトの言葉に喜んで着いて行っただろう。だが今はそうではない。
「あんたは頭がおかしいよ。あんたは俺にどんな酷いことをしたか忘れたの?」
何故何もなかったように声をかけてくるのか、正気の沙汰とは思えなかった。
「…?最後にはお前闘技場の端か街へまで聞こえそうな声でよがっていたじゃないか。またあんな風にして可愛がってやっても良いんだぜ、おっと…」
クルスはズオルトの最後の言葉を聞くより先にまだ残っていた固いパンをズオルトに投げつけた。
残りの汁物をかきこんで憤然と立ち上がった。
抱かれれば身体がそうなるように王に仕込まれたのだから、それはもうクルスにはどうのしようもないことだった。しかし言われれば腹が立つ。喜んでなどいなかったと断言する。
「じ、自分にどんな自信があるんだかしらないけど、そういうのこそひとりよがりって言うんだよ。そんなんだから…」
言いかけてクルスはぎりぎりと奥歯を噛んだ。何かを言ってまたひどい事をされてはかなわない。今日は炊き出しの手伝いに来たのだし、後で樵の様子も見に行きたかった。喜ばぬだろうけれど、騎士の顔も見たかった。
それにアディムに帰ると約束をしている。
クルスは端に落ちていた石ころで地面に『鉄樹開花』と書いた。教会にいる間に習った言葉だ。
鉄の木に花が咲くことはありえない。見込みがまったくないという例えだ。
文字の書かれた木の札をなぞって字を覚えたが、今あの札を思いっきりこのズオルトの顔に投げつけてやりたかった。
この男は誰かに会いたいようだが、一生会えなければ良いと思ってクルスは背を向ける。おいと呼ばれても振り返らなかった。
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