こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

文字の大きさ
68 / 79
業の国

67

しおりを挟む

 温かな食事をしてもらいたいと云うクルスの思惑は半分成功して、半分は失敗した。食材も人手もあったが器が足りなかった。
 教会では炊き出しを行う際、貧しい者は自宅で使っている木や素焼きの器を持って並ぶ。

 闘技場では素焼きの器を使う事を禁じているようだった。聞けば器を割ってその破片で殺傷沙汰を起こした事が過去にあったらしいのだ。

 鍋を闘技場の中に運んで行くことは出来る。だが器の無い者にはその両手を合わせた中に汁物を注ぐと云うやり方はクルスの思うやり方ではなかった。


「それじゃぁ木の器を買ってくるよ」
 クルスが言うと、教会の者は言った。
「皿を買う金でもっと良い施しができるだろう。それにその皿を洗う者も、洗う水も十分では無い」


 それはクルスが考えた事もない、考えの及ばない現実だった。

「助けてやろうか」


 ふざけた声がした。からかいならやめて欲しかった。クルスは遊びで手伝っている訳ではなかった。闘技場の中にいる人々が明日をもしれない命を前に少しでも幸福を感じられたらと思ってやった事だ。

 劇場で歌ったのは、闘技場の中にいる人々がただ遊びで殺される存在でいる訳ではなく自分達と同じ人間である事を伝えたいためだった。

 ただクルスはそれを伝えることが出来てもその後のことについては、人の手を借りてさえまだ及ばぬ事があるのだと歯噛みした。


「困っているんだろう?うんと言えよ」


 クルスは振り返って声のあるじを睨んだ。なぜこいつは付き纏うのかといらいらしたが、睨まれた方は全く気にした事もなく鷹揚としている。

「あれだろう?最後の晩餐ばんさんというやつだろう?くっくっく、良いじゃないか」


 やはりヒトの気を逆撫でる物言いだった。クルスは腹が立った。

「俺が助けてくれって言ったって、お前なんかに何が出来るんだよ!」
「できるさ」

 声の主人はぱちんと指を鳴らした。
「俺の世界でお前らなど、豚か牛の家畜同然さ、家畜に餌をやるぐらいわけないさ」


 猛烈に腹が立った。家畜などでは無いと言おうとして唇が動きを止めた。クルスには一瞬時が止まったように思えた。周りの人も風も煙も、鍋の下で燃え盛る炎さえ絵のように全てが動きを無くしたように思えた。クルスの心の中の怒りさえ、形のないまま止まったように思えた。

 砂という砂は全て意のままに動くのだからと言ったズオルトの言葉と彼のした事はクルスには理解が出来なかったが台車には茶色い皿が積み上がり大きな土鍋の中には熱い汁物が湯気をたてていた。

「…あんた魔法使いなの?」
「さあな。手伝ってやるのだからお前が押していけよ」
 クルスは言われた通りに台車に手をかけた。
 重い衣装を着るのは慣れていたが、重い台車を押すのはまたそれとは勝手が違っていた。思うように進まず、クルスが呻く。

「非力なやつだなぁ」
 とズオルトは鼻を鳴らしてクルスには分からぬ何かをした。滑らかな大理石か氷の上を滑るように台車は動き始めた。

 どうしてこうなったのだろうとクルスは混乱しながら、同時にこのズオルトとの出会いがああいう形で無ければ良かったのにと思った。

 ただ過ぎた時は誰にも変えられない。
クルスは黙々と鍋と皿の載った台車を押して給仕の手伝いをはじめるのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...