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業の国
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常ならば檻の中は粗野な言葉で囃し立て、卑猥な言葉を叫んだり殴り合ったりしているのだが、ズオルトが立つと皆柔順な奴隷のように大人しく通路の縁に並び、クルスから汁物の入った深皿を受け取った。
クルスが並んでと声をかける必要もなかった。
拝領の儀式のように恭しく皿を受け取り汁を啜り具を食べてしまうと、ほんの少しの間目を虚ろにしていたが、寝ぼけていた者が目覚めたようにはっとする。食べてしまえばその後は猫が飛び込んだ鳥小屋のように騒がしくうるさくなった。
やはり不思議な事に、檻の中の者にはズオルトの姿は見えていないか、違う者に見えているようだったし、台車を押すクルスの姿も捉えていないようだった。
魔術使いの中には人を意のままに従え動かしたり、物を生きているように動かす事ができると物語か何かで聞いたように思う。クルスがまだずっと小さい頃に聞いたような御伽噺だ。
ズオルトは興味の無いようにぶらぶらとしながらそのくせ不意打ちのように振り返ったり、何かを探す様に目を細めてクルスを見る時があった。
「…この俺がこんなくだらない事につきあうなんて」
確かにこういう善行と言うには偽善じみているが、誰かへの施しに手を貸すような男にズオルトは見えなかった。
むしろ首切役人のように容赦なく剣か鉈を振るう姿の方が想像しやすい。
「でもとても助かったよ。ありがとう」
クルスは淡々と言った。
全く好きにはなれないが、この件については感謝した。
手を器にして熱い汁物を注ぐなど、逆に拷問に思えてしまう。それを当たり前のようにしようとする教会の人間の考え方はクルスには理解し難いものだった。
「ふ、ふん…」
満更でもない感じでズオルトは鼻を鳴らす。
「あとは適当にやっておいたらどうだ。どうせ皆すぐに死ぬんだ。死ぬ前に喰うメシが一食増えた所で」
「そういう言い方はやめてよ」
せっかく少し見直したのにズオルトの発言は残念極まりない。
「あんたはせっかく不思議な素晴らしい力があるんだから、もっと良いことに使うべきだよ」
器を渡す動作をしながらクルスが言うと、ズオルトはつまらなそうに欠伸をした。
「良い事っていうのはどんなふうに?」
「皆を幸せにするような事をすれば良いじゃないか」
具体的な事は思いつかなかったのでクルスはそう言ってズオルトを見上げた。
「こいつらが幸せになって俺になんの得がある?力の無駄遣いで何の得もないし楽しくもない。俺が幸せになれる訳でもない」
全ての興味を無くした目で見返される。狂犬でさえ理性があるのではないかと思わせるような濁った瞳で、黒い瞳孔から何もかも落ちて行きそうな無力感に襲われる。
クルスは自分の行いの全てが徒労に終わっているような無力感にひたりながら、それでも差し出される誰かの手に汁物を注いだ皿を乗せた。
クルスがズオルト対してできることは何も無いように思えた。きっと彼だってクルスに期待していないだろう。
「ありがとう、もういいよ。今日は本当にあなたのおかげで助かりました」
この場から解放してあげるのが一番だろうと、クルスは礼を言った。
ズオルトの手はまたクルスの襟元に伸びて掴みかかりそうだったが、彼は手を下ろしゆっくりと去っていた。
通路を歩く後ろ姿は綺麗な衣装を身に着けていても暗い影そのもので、闘技場の勝者や王者ではなくまるで亡霊のようにクルスには見えたのだった。
クルスが並んでと声をかける必要もなかった。
拝領の儀式のように恭しく皿を受け取り汁を啜り具を食べてしまうと、ほんの少しの間目を虚ろにしていたが、寝ぼけていた者が目覚めたようにはっとする。食べてしまえばその後は猫が飛び込んだ鳥小屋のように騒がしくうるさくなった。
やはり不思議な事に、檻の中の者にはズオルトの姿は見えていないか、違う者に見えているようだったし、台車を押すクルスの姿も捉えていないようだった。
魔術使いの中には人を意のままに従え動かしたり、物を生きているように動かす事ができると物語か何かで聞いたように思う。クルスがまだずっと小さい頃に聞いたような御伽噺だ。
ズオルトは興味の無いようにぶらぶらとしながらそのくせ不意打ちのように振り返ったり、何かを探す様に目を細めてクルスを見る時があった。
「…この俺がこんなくだらない事につきあうなんて」
確かにこういう善行と言うには偽善じみているが、誰かへの施しに手を貸すような男にズオルトは見えなかった。
むしろ首切役人のように容赦なく剣か鉈を振るう姿の方が想像しやすい。
「でもとても助かったよ。ありがとう」
クルスは淡々と言った。
全く好きにはなれないが、この件については感謝した。
手を器にして熱い汁物を注ぐなど、逆に拷問に思えてしまう。それを当たり前のようにしようとする教会の人間の考え方はクルスには理解し難いものだった。
「ふ、ふん…」
満更でもない感じでズオルトは鼻を鳴らす。
「あとは適当にやっておいたらどうだ。どうせ皆すぐに死ぬんだ。死ぬ前に喰うメシが一食増えた所で」
「そういう言い方はやめてよ」
せっかく少し見直したのにズオルトの発言は残念極まりない。
「あんたはせっかく不思議な素晴らしい力があるんだから、もっと良いことに使うべきだよ」
器を渡す動作をしながらクルスが言うと、ズオルトはつまらなそうに欠伸をした。
「良い事っていうのはどんなふうに?」
「皆を幸せにするような事をすれば良いじゃないか」
具体的な事は思いつかなかったのでクルスはそう言ってズオルトを見上げた。
「こいつらが幸せになって俺になんの得がある?力の無駄遣いで何の得もないし楽しくもない。俺が幸せになれる訳でもない」
全ての興味を無くした目で見返される。狂犬でさえ理性があるのではないかと思わせるような濁った瞳で、黒い瞳孔から何もかも落ちて行きそうな無力感に襲われる。
クルスは自分の行いの全てが徒労に終わっているような無力感にひたりながら、それでも差し出される誰かの手に汁物を注いだ皿を乗せた。
クルスがズオルト対してできることは何も無いように思えた。きっと彼だってクルスに期待していないだろう。
「ありがとう、もういいよ。今日は本当にあなたのおかげで助かりました」
この場から解放してあげるのが一番だろうと、クルスは礼を言った。
ズオルトの手はまたクルスの襟元に伸びて掴みかかりそうだったが、彼は手を下ろしゆっくりと去っていた。
通路を歩く後ろ姿は綺麗な衣装を身に着けていても暗い影そのもので、闘技場の勝者や王者ではなくまるで亡霊のようにクルスには見えたのだった。
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