こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 汁物が無くなると同時に皿も代車も消えて無くなるのだから、やはりあのズオルトは魔法を使うのだとクルスは思った。あの力が有れば、この国から飢える人をなくせるのにと残念に思う。


 クルスは煮炊き場に戻り、小さな素焼きの壺に入った汁物を受けとった。
 きこりに届ける分だった。
 樵のいる牢へ向かうと、彼は背中を壁に預けて座っていた。クルスの置いていった助司祭の青い飾り帯が男の足元に畳んで置いてあった。そのせいで樵の細身の姿は川辺の葦のように見えた。

「…温かい食事を持ってきたんだ」
 クルスが声をかけると樵の男はゆっくりと瞬きをした。

「…悲しいことに何もしていなくとも息をしているだけで腹が減ります」

 男は相変わらず痩せて、しかし全く生きる力の無かった目には男の思慮が揺らぐ川辺の流れる水面のように見えた。ただクルスがそう見えたように思いたかっただけかもしれない。

「あなたが銀の斧を持って来てから、この銀の斧を看守に賄賂として差し出して逃げようかとか、闘技場でこの斧を思い切り投げ飛ばしたら王に届くかとか、自分の首を落とす事も考えましたが、どれも出来そうにありません。結局こうして背の後ろに隠しています。何も出来ないと思っていても、これを盗られるのが嫌で隠しています。生きているのも辛く、死を考えるのも辛く、どちらにしても何をしていても腹が減るのが辛いです…」

 男は立ち上がると食事を出し入れする隙間から、クルスが置いた壺を手に取った。

「今まで誰かの死を願った事はありませんでしたが、王が死ねばと思います。もっと早くに王が死んでいれば良かったのにと思います。そうすれば私の妹も死ぬ事はなく好きな者と一緒になって来年の夏か秋には子供が生まれて私は可愛い甥か姪の顔を見れた事でしょう。王が今死んでくれれば喪に服すため特赦か何かで私達は解放されて自由になれたのにと思います。言っても仕方ありませんが、誰かに言わずにはいられなかった」



 男の言葉にクルスは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 王一人が死ねば、闘技場の中の多くの者はその特赦やらで解放されたというのか?クルス特赦などという言葉を知らなかった。聞いた事も無かった。誰かの生を捻じ曲げたせいで、誰か他の人の人生が狂ったというのか?
 クルスの額から一筋の汗が流れた。


「最近死んだ母の言葉を思い出すのです。うちはとても貧しくて惨めな家庭でした。私は力もなく痩せっぽっちで根性も無く、顔もこの通り冴えないし、頭だって良くありません。母にどうして私を産んだのかと聞いたら母は言いました」

 樵の男が脈絡もなく話し出した言葉にクルスは引き止められた。

「本当はもっと良い家の子で、何の苦労もせずに生まれる予定だったのに、神様の元にいた貴方は順番を待ちきれずに今のその身体が良いと言ってその身体で無くては嫌だと言って飛び込んだのよ。その身体に入るべき魂を押しのけて、どんな苦労も辛い事も厭いません、その身体が良いのですって言ってね」

 樵の言葉を聞いて動きを止めたのは、クルスだけでは無かった。

 どうして自分がここに漂っているのか分からぬままでいたこがらしもまた男の言葉に衝撃を受けていた。ただの親が子供を慰める為だけに言う御伽噺かもしれない。

 あやかしと人の生は異なるかもしれない。けれどこがらしは長く生きた。束風たばかぜの指を吸って力を貰い、本来ならもっと昔についえて消えてしまうはずだったのにずるずると生き汚く永らえた。何をするでも無くただ漂い、世のため人のために何かをした事はない。

 少年クルスの元に引き寄せられ、クルスが辛い目に遭うのを見るたびに、心の奥底で薄らと感じた事があった。この少年が負っている苦痛は、本当は自分が負うべきものだったのではないかと。

 凩が長らえたせいで狂った歯車が世界の誰かの人生を大きく狂わせてしまっているのではないかという、漠然とした恐怖を樵はずばりと言い当ててしまった。

「あなたを助ける事が出来なくて…」
「いいえ、良いのです。つまらぬ事を言いました」

 クルスは泣きそうな顔でその場を走り去った。

 凩はクルスの走りに引きずられるように、だが牢の中で佇む葦のような影を胸が潰れるような思いで見た。

 樵の言葉は忘れようにも忘れられなかった。
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